第95話 軟禁希望です!

「彼女たちは────」

 ベルゼック伯爵の問いに胸を張って、今までの経緯とともに私たちを紹介するライラックさん。仲間のハンターに対する悪感情を知った今、ハンターである私たちを紹介するのは躊躇われるはずなのに堂々と。正直言って凄い。この二人は信頼できる、と態度で表してくれたわけで、とても嬉しかった。

 まあ、だからといって相手の受け取り方が良くなるかというと、そうでもないわけで。

「ハンターですとおっ!? そのような下賤な輩、この場で斬り捨ててしまいましょう!」

「落ち着きたまえゲハール殿。……皆もだ」

 ベルゼック伯爵は冷静だったけれど、彼の背後から現れた小太りの頭頂部が寂しい、多分お貴族様が私たちを指差し、唾を飛ばしながら物騒な主張をしてくれた。ベルゼック伯爵が止めてくれなければ、その言葉に誘発された者が武器を抜きかねない勢いがあった。

 ゲハールを制したベルゼック伯爵は、そのままゆっくりと私たちに近づいてきた。止めようとする者もいたが伯爵はそれを制し、やがて目の前にやってきた。

「失礼。お顔を拝見してもよろしいかな」

 言われてフードを下ろすと、どよめきが起きた。ベルゼック伯爵もわずかに目を見張った。赤い瞳があるアンデッドを想像させたからなのは間違いない。

「彼女のその瞳は生まれつきなのですよ」

「なるほど、アルビノでしたか。まあ、吸血鬼が陽の下を歩けるはずもなし」

 ライラックさんがフォローを入れてくれる。伯爵の言葉に、周囲の緊張も解けたようだった。

 なのでフードをかぶろうと思ったのだけれど、伯爵がそれを許してくれなかった。彼はじっと私の目を見つめ、口を開いた。

「あなたたちは、いつ、フリーデ様の身分を知ったのですか?」

「……サイサリア出身だというのは、越境する直前にギルドの人から聞きました。王女様だと知ったのは、彼女が姫様と呼んだからです」

 どうしてわざわざ、こんなことを訊いてくるのか。そう思ったけれど、はぐらかすのは悪手だろう。正直に答えながら、リリロッテさんに視線を向けると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。いや、会話を聞いてなかったのか?

 伯爵はさらに質問を重ねてきた。

「つまり、あなたたちはフリーデ様が王女だと知らず、目的も言わずに越境したのを追いかけてきた、と?」

「身分は関係ありません。仲間が黙っていなくなれば捜しますし、行き先がわかれば追いかけます。目的がミローネ王女の救出だろう、というのは予想していましたけれど」

「リトーリア国民のあなたたちには、サイサリアの問題に関わる理由はないと思うのだが?」

「関係ないです」

「……関係ない?」

「私はただ、フリーデ様の力になりたいだけです。国の問題だとか、政変だとか、王族だとか、そういうものは後からついてきただけです。少なくとも私には」

 伯爵を正面から見返し、言い切る。

 そうだ、国とか王女とかはどうでもいい。私はライラックさんを助けたい。それだけだ。

 ふと、ヨナが私の手を握ってきた。伯爵から目を離すわけにはいかないから見えないけれど、手のぬくもりからなんとなく、ヨナは喜んでいるように感じた。

 その手を握り返し、伯爵と無言で視線を交わすことしばし。伯爵が身にまとう空気を和らげた。

「少なくとも、嘘を言っているようではなさそうだ。良い仲間に出会いましたな、フリーデ様」

 ……ひょっとして伯爵、嘘を見抜くようなスキルとか持ってる!?

 うわあ、割とヤバかったかもしれない。目の色についてもライラックさんがフォローしてくれなければ問い質されていたかもしれない。そうなったら本当に危なかったかもしれない。

 知らない内に危険な綱渡りをクリアして、幸いにも、ここのリーダーであろうベルゼック伯爵は私を認めてくれたようではある。これで敵意を向けられなくなればいいんだけど────。

「なりません! なりませんぞ、ベルゼック様。ハンターなどいつ裏切るかわかりません! 今は大人しくしているようですが、まだまだ子供、目の前で大金をチラつかせられれば、簡単に我らを裏切るに違いありません!」

 出たよゲハール。なにがあったか知らないけれど、この中では一番ハンターを憎んでいるようだ。

 だけど、伯爵が私たちを認めてくれたせいか、先ほどよりは周りの人の敵対視は和らいでいる。少なくとも剣に手をかけるようなことはしていない。ゲハールひとりがヒートアップしている状況だ。……そんなに怒ってばかりいるとハゲるぞ? 今でも相当危ないのに。

「ゲハール男爵、今までのマイの行動を見ても、彼女は損得で動いたりはしませんよ」

「フリーデ様はハンターという連中を知らなさすぎませんか? やつらは信用できませぬ」

「では、私も信用できないのですね。私は身分を隠すため、ずっとハンターとして生活していましたから」

「フリーデ様を信用できないとおっしゃりますか、ゲハール殿!」

「い、いや、そんなことは……」

 ライラックさんの言葉に自身の迂闊さを知るゲハール男爵。しかも怒りのリリロッテさんが今にも剣を抜きそうだ。姫様ひとすじって感じだものな、リリロッテさん。そりゃ怒るわ。

 っていうか、ゲハールは男爵だったのか。まあ、貴族にも色々あるんだろう、ベルゼック伯爵のように好意的には見られないし。

 ただ、こういう人物は追い込まれるとなにをしでかすかわからない。特に今は仲間内でさらし者にされている状況だ、面子にこだわるような人物だと逆ギレして八つ当たりされるかもしれない。

 しょうがない、ちょっと介入するかな。

「あの~、ひとつよろしいですか?」

 場の緊張をブチ壊すように間延びした口調で割って入る。なんだこいつ、空気読まないな、みたいな視線は軽くスルーして、私は提案する。

「情報交換もしたいでしょうし、ミローネ王女様の救出計画も立てたいところでしょう。時間が惜しいというのに、私の扱いで時間をとらせるのは気が引けます。なので、手っ取り早く私たちをどこかに軟禁でもしてください」

 ライラックさんは驚愕の表情を隠せなかった。

 ベルゼック伯爵は「ほう……」と呟いて口角を上げた。

 リリロッテさんは、なんか面白そうなこと言い出した、というような顔をした。

 ゲハールは「なにを企んでいるんだ」みたいな感じに顔をしかめた。

 それ以外の人々は顔を見合わせて明らかに戸惑っていた。

 そりゃあね、自分から軟禁を希望するような人はいないと思う。でも、ここで時間を無駄にすることもないだろう。

「今すぐ信じてもらえるなんて思ってませんよ。だから、重要な情報が耳にできない場所にでも、どうぞ軟禁してください。行動を開始する時には、ギリギリのタイミングで目的や目標を教えてもらえればいいです」

 そう言ってライラックさんに視線を向ければ、彼女はそれを理解してくれた。

「……ベルゼック伯爵、適切な場所はありますか?」

「は……。先日、物置用にと拡張したばかりのスペースがあります。まだ物も多く置いてありませんので、そこならば適当かと」

「ならば、すぐに準備を。他の者は通常の仕事に戻りなさい。ベルゼック伯爵にゲハール男爵、そして騎士団の者は会議のできる場所に集合を、すぐに情報交換と今後の方針について話し合いを始めます」

 ライラックさんがそう告げると、集まっていた者たちは素早く持ち場に戻っていく。非戦闘員も多いけど、かなり動きがいい。よく訓練されているみたいだ。

 ライラックさんはリリロッテさんに先導されて、どこかの入り口に向かう。私の方を見ることなく、だ。

 うん、それでいい。あまり私をかばうとゲハールあたりがうるさいからね。

 ライラックさんを見送っていると、伯爵に指示された若い男性が近寄ってきた。どうやら軟禁場所に案内してくれるらしい。ライラックさんとは別方向のようだ。ああ、今のうちに言っておこう。

「この隠れ里はいいですね。がいない」

「……虫?」

 大きな声でそう言うと、何人もが「何言ってるんだ?」という顔で見てきたけど気にしない。ライラックさんには伝わったようなので。

 フリーデ王女の帰還に全員出てきたようなので、全員を【スキャン】、【解析】しておいたのだ。

「さあさあ、早く軟禁場所に案内してください」

「お前……変なやつだな」

 男性は奇妙な生き物を見るような目を向けてきたが、それ以上は言わずに私たちを先導して歩き始めた。

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