第94話 ハンター株大暴落

「ほら、涙を拭きなさい。可愛い顔が台無しでしょう」

「あううっ、姫さまぁ!」

 ライラックさんがハンカチで涙をぬぐうと、それに感動して満面の笑みになるリリロッテさん。ワンコだ、ワンコがいる。あるはずのない尻尾がパタパタ振られているのが見えるっ。

 場の緊張が一気にゆるんだ。包囲していた人たちも、警戒することもなく近寄ってくる。

 ……いや、一人だけ緊張したままの子がいたわ。

「マ、マイ様、あの人、ライラックさんを姫様って……」

「ああ、うん。言葉遣いには気をつけようか」

 ガッチガチに緊張しているヨナ。多分、今まで普通に話していたこととか、夜に三人でアレコレしたことが不敬にあたるのではないか心配してるのかもしれない。まあ、今からタメ口で話しかけたら問題だろうけど、今までは正体を隠していたんだから気にしなくても大丈夫だろう。

 それにしても姫、ねえ……。

「姫様、お帰りなさいませ」

「フリーデ様、ご無事でなによりです」

 集まってきた人たちが次々とライラックさんに膝を折り、帰還を喜ぶ。ライラックさんがそれに応える。

 しばらくその様子を見ていたけれど、ふとリーダー格らしき渋いおじ様がこちらに目を向けた。

「フリーデ様、あの者たちは?」

「ああ、紹介しましょう。マイと、彼女の奴隷のヨナ。二人ともリトーリア王国のハンターです」

 ライラックさんがそう言った途端、ライラックさんの仲間たちの間で敵意のようなものが膨らみ、視線とともにぶつけられた。私は平気だったけど、ヨナがちょっと怯えてしがみついてきた。

 え、なんで急に親の仇みたいに見られるん?

「……フリーデ様、なにゆえハンターなどと一緒に」

「皆の者、控えなさい。彼女たちは私の越境を助けてくれた恩人です、無礼は許しませんよ」

 そう言われて敵意を一旦収められる。とはいえ、まだ睨まれたままなんだけど、なにがどうしてハンターというだけでここまで睨まれなければいけないのか。

「フリーデ様、立ち話もなんですし、私たちの拠点にご案内します。話したいことがいっぱいありますぅ♪」

 ただ一人、張り詰めた空気をまるで気にしないリリロッテさんだけがマイペースだった。尻尾があったら間違いなくブンブン振っているであろう、場違いに明るい声に、幸いにも緊張感はほぐれた。天然なのかワザとなのかはわからないけど、今は感謝したい。

 ライラックさんが促し、誰も反対しなかったので、少なくとも私たちが拠点とやらに行っても問題はないようだ。少し遅れて後をついていくと、さりげなく二人の男が私とヨナの左右についた。監視かー。

 姫様の手前、反対はしないが警戒はするってことだろう。左手が腰の剣に添えられているので、少しでもおかしな行動をしたら問答無用で斬られそうだ。冗談じゃない。

 隣を歩く男に声をかける。

「ひとつ、伺ってもいいですか?」

「……なんだ?」

「お会いするのは初めてですよね。なのに、どうしてそんなに敵意を向けられなければいけないんですか? 私たち、あなたたちや姫様になにかしましたか?」

「私も知りたいと思いました。なにゆえ、恩人である二人に敵意を向けるのか」

 会話が聞こえていたようで、前を歩くライラックさんが私の問いに乗ってきた。

 王女様に問われれば答えないわけにもいかないのだろう、男たちは視線を交わし合い、諦めたようにリーダー格の男性が口を開いた。

 彼らが語るにはこうだ。

 二年前、この国で起きた政変で宰相は王族に罪をかぶせて国政を乗っ取った。すぐに宰相が暴君だと知れたらしいが時すでに遅し。

 こんな時に頼れそうなハンターズギルドは、なぜか活動を停止。仕事を得られなくなったハンターたちは、大きく三つの生き方に分かれたそうだ。


 一つ。故郷に帰り、平民として生きる道。この道を選んだ者は少ないらしい。


 二つ。傭兵として生きる道。ハンターズギルドの縛りが無くなったため、金さえもらえればどんな汚い仕事もやるらしい。そして雇い主は資金の豊富な者────つまり、宰相や宰相に従った貴族や商人が多く、ミローネ王女の下に集った反乱軍は、何度もハンター崩れの傭兵団の襲撃を受けて損害を出したという。


 そして三つ目。野盗や山賊といった、犯罪者に身を持ち崩す道だ。犯罪者の常として自分たちより弱い者を狙うため、反乱軍だけでなく一般人も被害を受けている。


 つまり、主に二つ目と三つ目の理由から、サイサリアではハンターは忌み嫌われる肩書になってしまったのだ。そのため、私とヨナがハンターだと知るや否や、彼らはものすごい敵意を向けて来きたわけだ。

 ……なんて迷惑な。

「……まさか、そこまで関係が悪化しているなんて」

 ライラックさんが呆然と呟く。伝書鳩では送れる情報に限度がある。多分、この問題は報告されなかったか、後回しにされたんだろう。

 ひょっとして、ライラックさんが単身で越境したのは正解だったのかもしれない。リトーリアで見つけた協力者たちはハンターが多いはずだから、大量のハンターが入ってきたらトラブルになったかもしれない。

「彼女たちとはリトーリアで何度も助けあった仲です。信用できます」

「フリーデ様がそこまでおっしゃるのならば、或いはそうなのでしょう。しかし、我々は協力してくれていたハンターに裏切られたことがあります。その二人がよこしまな考えを持ってフリーデ様に近づいた可能性を否定できない以上、警戒することをお許しください」

 リーダーは申し訳なさそうに頭を下げる。王女様の言葉にすぐに従えないほど、彼らの中ではハンターの信用は落ちているようだ。それがわかるんだろう、ライラックさんも言葉が続かないようだった。申し訳なさそうにこちらを見る彼女と目が合ったので、小さく微笑んで頷いておいた。

 とはいえ、露骨に警戒されるのは、やはり気分がよくないんだけどね。

 なんともいえない緊張感の中、歩くことしばし。

「……んえっ」

「マイ様、どうしました?」

「いや、なんでもないよ」

 ごめんなさい、嘘です。よくわからないけれど、前方から不快な空気が迫ってくる。……いや、逆だ。私が不快な空気に向かっているんだ。

 この不快感には覚えがあるな。そう、あの吸血鬼の城に侵入した時の、封印の不快感に近い。城の封印はこちらの力を弱めるようなものだったけれど、目前に迫る空気は力を封じるというより、不快感で寄せつけないのを目的としているようだ。なにもなければ近寄りたいとも思わないな。

 鳥肌が立ち、背筋に冷たいものが滑り落ちるような違和感。吐き気が増して朝食をリバースしそうになった瞬間……不意に不快感は消えた。思わず振り返ったけれど、特に不自然なものはない。

「なにしてる、早く歩け」

 どうやら立ち止まっていたらしい。監視に急かされて歩き出したけれど、あの不快感はなんだったんだろう。

 それからしばらくすると、【索敵】範囲に多くの人間の反応が。どうやらリリロッテさんが言った拠点が近づいてきたようだ。

 そして森が少し開けた場所に、その拠点はあった。だけど、建物がひとつもなかった。人間の反応は一杯あるのに。

 リーダーが指を咥えて鳥の鳴き声を思わせる指笛を吹くと、どこからともなく沢山の人が姿を現した。むき出しの大岩の隙間から、土手の中腹が開いてそこから、そして大樹のうろから。どうやら生活の場はことごとくカムフラージュされているようだった。よく見れば畑のようなものが点在しているし、ここで隠れながらライラックさんの帰りを待っていたんだろう。

「ベルゼック伯爵をお呼びしてくれ。フリーデ様のお帰りだ」

 リーダーが告げると、興奮がさざ波のように人々の間に広がるのがわかった。だけど大声を出す人はいない。必死に声を抑えているようにも見える。

「……静かだなあ」

「当たり前だ、魔物の山が近いし、我らを探す王国軍が近くにいないとも限らないのだからな。お前たちも、大声を出すようなことがあれば、姫様が止めようとも斬られると思え」

 監視の男性が呟きに答えてくれた。なるほど、言われてみれば納得した。

 だけど、こんな息苦しい生活を二年も続けていたのか、すごいな。

 続々と集まってきた人々は、非戦闘員らしき人の方が多そうだった。なんとなく体つきや歩き方で判断できるようになってた。なにかスキルでも覚えたのかな。後で確認しておこう。

 大人しく人々を観察しながら待っていると、やがてナイスミドルなおじ様が現れた。多くの人を従えるようにして進む姿は、この人が他の人より高い地位にあることを教えてくれる。どうやら彼がベルゼック伯爵のようだ。

「フリーデ様、ご無事でなによりです。このベルゼック、お帰りを心待ちにしておりました」

 恭しく臣下の礼をとる伯爵に、ライラックさんは鷹揚に頷いた。

「出迎えご苦労様です。皆の者も。……ですが私は、皆に謝らなければなりません」

 ライラックさんの思いがけない言葉に、動揺が静かに広がる。ライラックさんは集まってきた者たちをぐるりと見渡し、

「私は隣国で味方を増やすため、皆の助けを受けて越境しました。本来ならば多くの援軍を連れて帰還すべきところですが、姉上が捕えられたと聞き、単身戻ってきてしまいました。申し訳なく思います」

「フリーデ様、お顔を上げてください」

 ライラックさんの謝罪に一同の動揺は増すかと思われたけれど、動揺を感じさせないベルゼック伯爵の言葉が場を静めた。

「ミローネ様が捕えられたこと、すでにお耳に入っておりましたか……。我ら反乱軍にも動揺が広がっておりましたが、フリーデ様の早いご帰還はまさに僥倖。ミローネ様奪還のため、フリーデ様の名の元に一同は一つになれましょう。ゆえに謝罪は不要です」

 今まで反乱軍の象徴でもあったミローネ王女が王国の手に落ちた。ともすればそれだけで反乱軍の足並みは乱れて崩壊する可能性すらある。だけど、そこに妹のフリーデ王女が帰還して同志に檄を飛ばせば、同志を再び一つにまとめられるというわけか。確かに、そういう意味ではライラックさんが急いで戻った意味はあるんだろう。

 問題は、この状況で私ができることがあるかどうかなんだけどね。

「……ところでフリーデ様、あの者たちは何者でしょうか」

 ほらきた。

 仲間に連絡をとるよう指示していたベルゼック伯爵が、私たちを見た。

 面倒なことにならないといいんだけどなあ。

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