第90話 ヨハネ黙示録
ガタゴト ガタゴト……。
台車を牽いて夜の山道を行く。荷物は……首のない隊長だ。
村人は隊長の埋葬を拒否した。まあ、それは当然か。誰だって不法に村を占拠した者を村の墓地に埋葬したくはないだろう。これが戦国時代なんかだったら、見せしめのために野ざらしにされていたかもしれないけれど、この世界でそんなことしたら、ゾンビになるか、腐臭に惹かれて魔物がやってくる未来しか見えない。
なので、できるだけ村から遠くで処分を、というのが村人の総意だった。ちなみに村人は、謎の生物に寄生されて頭が爆発した人物の遺体を触るのは絶対に嫌だというので、台車だけ借りて私とヨナが運ぶことになった。
ちなみにライラックさんとリモさんは、村人に話を聞きながらギルドへの報告書をまとめるので忙しい。
……おかしいな、薬草を探しにきたのに、首のない遺体を埋葬することになるなんて。
あ、ちなみにライラックさんは女性剣士の弟に無事、形見の剣を渡すことができた。姉がハンターになった時点で覚悟はできていたのか、感情的になることもなくライラックの説明に耳を傾ける弟さんは大したものだと思った。
そして弟さんはライラックさんを責めるでもなく、姉の死を受け入れた。ライラックさんが少し残念そうだったのは、責められた方が気が楽だったからだろうか……。
「あの虫、誰かが寄生させた……んですよね?」
「多分ね」
ヨナが遺体を見ないようにしながら呟く。隊長だけに寄生していたなら、たまたま寄生されたという見方もできただろうけど、男たち全員が寄生されているので、何者か────多分、彼らに命令した者が寄生させたんだろう。反乱と情報漏えいを防ぐために。誰だか知らないけれど、えげつないことをする。
とりあえず私たちは村から国境の方へと移動している。リトーリアとサイサリアの間には広く、深い大渓谷が横切っていて天然の国境になっていると聞いた。その辺りなら埋葬しても問題ないかな、と考えてのことだ。根拠はないけどね。まあ、ひとつ理由を挙げるとすれば、サイサリアが見える場所に埋めてあげた方がいいかな、と思ったからだけど。少なくとも男たちは、自分の意思で工作に来たわけではなさそうだったし。
甘いかもしれないけどね。
……うん? なんだこれ。
【索敵】範囲内に国境の大渓谷が入ってきたんだけど、なにか人工物がある。ついつい足を伸ばして、森が途切れた先にそれを見つけた。
「……橋?」
「うはあ、マジかあ」
幅、深さ共に百メートルはあろうかという大渓谷。そこに長大な吊り橋があった。あー、位置的にも男たちが作ったものなんだろうなあ。これがあればリトーリアの兵に気づかれずに国境を越えることも可能だし、大量の兵士を送り込むこともできるだろう。とんでもない物を見つけてしまったなあ。
「こ、こんなの……どうやって作ったんですか?」
「まあ、作れないことはないんだよねえ」
よく見れば
まず、なんとかして数人を越境させ、この場に足場を作らせる。そしてサイサリアの方から、細いロープをくくった矢なりなんなりをこちら側に撃ち込む。そのロープを滑車に通し、今度はサイサリア側に撃ち込む。あとは細いロープに少し太いロープを結び、滑車を利用してロープを送り、また少し太いロープを結んで送り……を繰り返せば、最終的には頑丈なロープを渡すことができる。あとは頑張って吊り橋を作るだけだ。どれほどの時間と労力がかかったかわからないけど。
ただ、この橋を放置しておくと、サイサリアの兵が簡単に越境できてしまうのも事実。う~ん、どうしようか。
「マイ様、どうしますか?」
「……とりあえずは、このままで」
盗み聞きした内容では、今すぐにサイサリア側から兵が送られてくるようでもなかった。橋についてはギルドと領主に報告し、判断は任せてしまおう。存在を知られてしまった以上、この橋の戦略上の価値は失われたも同然だと思うし、壊さないでこちらが逆利用する可能性もあるだろうしね。
橋の近くに隊長を埋葬すると、私たちは村へと戻った。
村に戻り、国境の大渓谷に吊り橋が作られていることを伝えた。村長さんは、自分たちのすぐ目と鼻の先に進入路を作られていたことにショックを受けたようだった。
それから、村人たちから話を聞いたリモさんから報告を受けた。
「ロクスターを育てさせられた、ですか?」
「そう。……見てみる? 気持ちいいものじゃないけれど」
そう言って案内されたのは村長宅の地下。村人全員が閉じ込められていただけ会って相当に広い。その地下室の一角に、金属製の虫篭が大量に置かれていた。中からはカサカサと、Gを思わせる音がひっきりなしに聞えてくる。
「増やす理由は聞いてないんですよね?」
「そうね。ただ……飢えさせろ、という指示はあったみたい」
「飢えさせる?」
「ええ、そう。ギリギリの餌で、しかも死なせないように。最終的に共食いを始めるくらいになると、男たちは籠を持って出ていったらしいんだけど」
共食いするほど飢えたロクスターをどうするのか。……そういえば、ケイノ周辺でロクスターによる農作物の被害が出てたような……。
瞬間、前世の記憶と知識が今の状況と組み合わさった。
「……第五の天使がラッパを吹き鳴らす時、奈落の底から堕天使アバドンの手下が現れ、人々を五ヶ月間苦しめる」
「え、マイちゃん?」
「やつらのやろうとしていることがわかりました。飢えたロクスターを野に放って農作物を壊滅させるつもりですよっ」
サイサリアの連中、リトーリアで蝗害を引き起こすつもりなんだ!
生育密度の上昇で餌が足りなくなると、バッタは身が細り、羽が長くなって長距離が飛べる姿に変わる。そして大軍で食べ物を求めて大移動を始める。そして大軍は進路上のあらゆるものを食べ尽くしていく……。思わず呟いたヨハネ黙示録の一節は、実際に発生した蝗害をもとにしていると言われる。サイサリアはロクスターを飢えさせ、人為的に蝗害を引き起こそうとしているに違いない。
簡単に説明すると、リモさんは顔を青ざめさせた。
「流行り病の上にスタンピードまで加わったら、国は滅茶苦茶になるわっ」
あ、この世界では蝗害もスタンピードと言うのか。まあ、確かに、大量発生+暴走という意味では一緒か。
「まだ大量のロクスターが地下にいることを考えれば、計画も初期なんでしょう。急いで駆除すれば最悪の事態は避けられるはずです」
「ああ、もうっ。報告書がさらに増える……」
あ、そういえば。
机の上に新しい紙を用意するリモさんに、忘れていたことを聞いてみる。
「フェブロ草は、譲ってもらえそうですか?」
「ああ、その件ね。助けてもらったお礼にって、わけてもらえることになったわ。明日の早朝に採取に行って、その足でケイノまで戻りましょう」
「手伝いましょうか?」
尋ねると、リモさんは目を伏せて首を振った。
「お礼はするけれど、やはり部外者に場所は教えたくないそうよ。申し訳ないけれど」
「そうですか、しょうがないですね」
と応じつつも、実は場所はわかってるんだよね。【索敵】と【オートマッピング】に薬草の群生地がバッチリ表示されてるので。どうやら村の近くにある岩山の中の空き地らしいんだけど、まあ、知らないフリをしておくべきだよね。
「そういえば、ライラックさんは?」
吊り橋の報告をした時はいたけれど、地下から戻ってきた時には姿が見えなかった。
リモさんが、なんともいえない表情になった。
「ん~……色々と書くものがあるみたいでね。マイちゃんたちは、先に寝ててもいいわよ」
「……そうですか」
お言葉に甘えて先に休むことにした。場所は村長さんの家の一室を貸してもらえたので、ヨナと一緒に横になる。さすがに吸精はしないけどね。
しかし……どうにも村に来てからライラックさんが情緒不安定な気がする。リモさんはその理由を知っているみたいだけれど、公言するつもりはなさそうだ。まあ、無理に聞き出すことでもないし、いつか聞ければいいな。
そう思いながら眠りについたんだけど、まさか早々に理由を聞くことになるとは、この時は思いもしなかった。
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