第89話 服従の結末
ドンドンドン!
力を加減して村長の家をドアを叩く。いや、必死さをアピールするなら力一杯叩くべきなんだろうけどさ、私が全力で叩いたらドアが壊れる。あとで修理とか言われても面倒だしねえ。
あー、そんなこと考えている場合じゃなかった。さて、演技演技。
「助けてくださいっ! 家に知らない男たちが押し入ってきて襲われそうになりましたっ!」
扉の向こうで人が動くのがわかる。ふむ、頭から信じてはいないようで、何人かは壁に張りついて動かない。いい判断だ。
「お願いです、助けてっ!」
そう叫んだ時、わずかにドアが開いた。隙間からこちらを見た男たちは、すぐに目を剥いて慌ててドアを開いた。
ドアの向こうには三人の男がいた。三人が三人、驚きの表情の中で好色な視線を隠そうともしていない。まあ、当然だよねっ、なんせ私、ちょっとあられもない恰好をしてるからさっ。
襲われたアピールのために服を大きくはだけさせ、両肩はおろか胸元まで大きく開けている。自分の身を守るように両腕で身体を抱き締めれば、自分で言うのもあれだが大きな胸が強調されて胸の谷間が凄いことになる。さらに自分は【魅惑】なんてスキルも持っているわけで、まあ、なんですか……割と簡単に異性をたぶらかすことができるわけですよ。したくないけどさっ!
どうせ誘惑するなら可愛い女の子がげふんげふん。
ともあれ、まんまと男たちは私の
『よし、今だ』
言うと同時に、背後から不自然な風が吹く。周囲の空気が村長の家の入り口目がけて殺到する。今まさに、私を捕まえようとしていた男たちの身体が弛緩し、バタバタと倒れていく。家の中でも同じように倒れる音がする。やがて、村長の家の中で動く者はいなくなった。
『ありがとう、もういいよ』
振り返って親指を立てると、大木に設置した【マイホーム】の入り口でドリアードとシルフが手を振った。
なにをしたかといえば、【眠りの霧】だ。まず、シルフに頼んで家の周囲の音を遮断してもらい、隣家に音が届かないようにしてもらう。そして相手がドアを開けた瞬間、ドリアードが発生させた濃密な【眠りの霧】を、シルフに屋内に一気に送り込んでもらった。結果は見てのとおりだ。
念のため屋内を調べてみるけれど、全員寝ている。野郎ばかりが折り重なっているのは、なんとも暑苦しい。
「古いアパートでバ〇サン焚いた時みたいだなあ」
あの時は凄かったもんなあ。帰ったら室内がGでいっぱいになってて……いや、思い出すのはやめよう。
全員、拘束したいけれど隣家の動きがわからないのでそちらを優先しよう。どうせ、強い刺激を受けないと起きないし。
一度【マイホーム】を解除して、次の家に向かった。
◆
「村長さん!」
「おおっ、リモか。まさかお前が助けに来てくれるとはなあ」
感動の再会の声を背に聞きながら、私たちは村を占拠していた男たちを拘束して広場に集めていた。
隣家には地下室がなく、村人も屋内にいたので一緒に眠らせてしまったけれど、実にあっけなく男たちは全員拘束された。さすがに五十人近くを縛るにはロープが足りなくて村のを拝借したけれど、助け出された村人からは文句はでなかった。
ちなみに、大半の村人は村長宅の地下室に押し込められ、なにやらロクでもない作業をさせられていたようだ。隣家に連れ出された村人は食事を作らされていたらしい。
助け出された村人たちは口々にお礼を言って、心配だった自宅の様子を見に行った。中には男たちに暴力を振るおうとした人もいたけれど、とりあえず止めた。気持ちはわからなくもないけれど、憂さ晴らしで暴力を振るうのはよくないと思ったし。それに男たちは村人を脅迫こそしたものの、無意味な暴行はしなかったようだし。まあ、だからといって村の占拠が許されるわけじゃないけどね。
さて、村人がなにをさせられていたのかを聞くのはリモさんに任せて、私とライラックさんは男たちの尋問だ。
とりあえず数人を起こすと、彼らは自分たちが拘束されていることにとても驚いていた。
「自主的に話してくれることを願う。……君たちは何者だい?」
冷えた雰囲気を身に纏い、ライラックさんが問う。色々と思うところはあるんだろうけれど、無理矢理それを抑えつけて問いかけているみたいだ。内に渦巻く熱が感じられて、ちょっと怖い。
男たちもその圧を感じて視線をさまよわせていたけれど、素直に口を開くつもりはないらしい。黙って下を向いてしまった。
「……サイサリアの者だね?」
ビクリ、と男たちの肩がわずかに揺れた。
「なにが目的なんだい? リトーリアへ侵攻するための布石かい?」
「…………」
やはり男たちは答えない。
よほど上に忠誠を誓っているのか……いや、なにか様子がおかしい。男たちはなにかに怯えるようにして、自然と一人の男に視線を向け始める。ひょっとして隊長かな。
ライラックさんも気づいた。隊長らしき男の顎を掴んで上を向かせ、真正面から見つめる。
「私の顔をよく見て答えてほしい。……君たちは誰の指示で、なんのためにこんなことをしたんだい?」
「…………ま、まさか、あなたは……」
「さあ、答えて」
男の目が驚愕に見開かれる。なんだ? ライラックさんになにを感じた?
だけど男の動揺はそこまでだった。静かに目を閉じ、再び開いた時には、なにか覚悟を決めたような表情になっていた。
「……部下の命だけは助けていただきたい」
「隊長、それはっ!」
「隊長っ!」
「お前たちは黙っていろ」
動揺する部下たちを静かに一喝し、隊長と呼ばれた男性はライラックさんに向き直る。
「どうか、部下の命だけは」
「それは、私が決めることでは────」
「いえ、すぐにわかります。ですから、どうかお下がりください。……我々の目的は────」
なぜだか、やたら丁寧にライラックさんに下がるように言う隊長。ライラックさんが言われた通りに下がると、覚悟を決めたように目的を口にしようとして────。
めぎょっ。
そんな異音が聞えた気がした。
隊長の頭部が歪み、膨張していく。まるで世紀末な世界で、死を宣告された悪人のように。
なんだ? 一体、なにが起きている!?
「っ!? みんな、見るなっ!」
周囲にまだ残る村人たちにライラックさんが叫ぶ。その直後、表現しがたい破裂音とともに隊長の頭部が爆発した!
飛び散る脳漿、骨の欠片。血飛沫で視界が赤く染まるその中を、異形のものがライラックさんに向かって飛びかかるが見えた。
「ライラックさんっ!」
咄嗟に踏み込み、
「な……」
「なんだ……これ」
「うぷっ」
ライラックさんは言葉を失い、ヨナは吐き気に口を押さえた。
隊長の頭部を破壊して飛び出してきたのは、500mlペットボトルほどの大きさの……芋虫のような「なにか」だった。ブヨブヨと太った肉色の胴体はまあ、芋虫と言えなくもないけど、輪状に牙が並ぶ頭部はエイリアンとしか思えない。
【服従蟲の死骸】
【解析】してみると、そんな情報が。あ、まさか!?
顔色を失くしている男たちを【スキャン】&【解析】! ……あ、やはりだ。全員の頭部に服従蟲の卵が確認できる。
「部下の命だけは助けて欲しい……、そうか、そういう意味なのか」
ライラックさんが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。うん、私も理解した。情報を漏らそうとしたら、服従蟲に頭部を破壊される。それを隊長は身をもって教えた。部下を助けるために。
男たちの身柄はおそらく領主に預けることになるんだろうけど、尋問は意味を為さないだろうな……。
「……最後に一つだけ」
苦い表情のまま、ライラックは言った。
「ミローネ王女が捕まったというのは……本当なのか?」
当たり前だけど、返事はなかった。ただ、目覚めている全員が、打ち合わせたように視線を逸らしただけ。
それが、答えだった。
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