第88話 情報収集するよ

 影の世界を移動し、手近な男たちの近くで顔だけ出す。茂みの中だし、見つかる心配はないはずだ。

 男たちは槍と松明を手に二人一組で歩いている。夜の散歩とかではなく、明らかに巡回の動きだ。普通の村人がやることじゃないな。

「あの旅人、どうするって?」

「薬の入った水を差し入れたってさ。一時間ぐらいしたら様子を見て、あとは……ぐふふ」

 二人して下卑た笑いを漏らす。うん、ギルティ。思い通りになると思うなよ。

 二人を見送り、そのまま村長の家に向かう。一番大きい家だし、やつらのリーダーがいるならここだろう。

 【索敵】を使えば、村長の家を中心にして何組もの巡回がいるのがわかる。いつもこうなのか、私たちを警戒しているのかは不明だけど、華麗にスルーして明かりが漏れている窓に近づく。この世界、一般的な家庭で窓にガラスを使っている家なんて、まずない。村長の家も御多聞に漏れずに窓は木製の雨戸だけだ。音はよく聞こえる。

「─────ということだ。本国はなんと?」

「工作隊が到着するまで気づかれるな、と。あと、我々の作戦には関係ないのだが……ミローネ王女が捕まったそうだ」

 ざわり、と。室内の空気がざわついた。え、本国とか、王女が捕まるとか話が大きくなってきてるけど、この人たちリトーリア王国の人間じゃないのか。ボダ村から少し西に行けば国境の渓谷があるというし……まさかサイサリア王国の人間?

 山賊かなにかが村を占拠しているのかと思ったけれど、予想外に面倒なことになっちゃってる?

「落ち着け。我々がここで騒いだところで、どうにもならん。我らに選択肢は……無いのだ」

 リーダーらしき男の言葉に室内のざわつきが収まる。……なんだろう、好きでやってるって感じじゃなさそうだけど。でもまあ、村を占拠して村人を地下に監禁しているとなれば、許してはおけないけれどね。

「デンブルから連絡は?」

「いや、ない。町でなにかあったのかもしれん」

「誰か向かわせるか……いや、あの旅人たちは町から来たはずだな。情報を聞き出すか」

「薬はもう少しで効き目がでると思うが」

「あとで様子を見にいかせろ。眠っていたなら、武装を奪って村人と同じ場所に放り込み、話を聞く」



 その後もしばらく聞き耳を立てていたけれど、彼らの正体と目的がわからないので、会話の内容はよくわからなかった。ただ、次のことはわかった。

 隣国サイサリアがリトーリアに侵攻してくる可能性は高いらしい。

 彼らは侵攻の前に、リトーリア国内を混乱させるために行動している。

 この村で、その準備を進めている。だけど、具体的になにをしているのかはわからない。

 デンブルという仲間がケイノで活動していたらしい。

 あと、彼らは命令に従っているだけで、任務に乗り気ではないらしい。

 ミローネ王女が捕まったことを、どうやら悲しんでいるみたいだった。

 ギルドでサイサリアが侵攻してくる可能性を聞いたけれど、彼らの任務はその布石なんだろうか。

 そうこうするうちに睡眠薬の効果を確認しに行く時間になったというので、そっとその場を離れて空き家に戻った。

「ただいま戻りました」

 ドアも開けずに室内の死角からひょっこりと帰宅したので、リモさんはビックリしていた。だけど声を出さなかったのは凄い。

「なにかわかったかい?」

 ライラックさんの問いに、わかったことを簡潔に話して聞かせる。私たちが眠っているかどうか確認する者たちが近づいてくるので急がないとね。

 私の説明を、険しい表情ながら黙って聞いていたライラックさんだったけれど────。

「あと、そういえば。ミローネ王女が捕まったとかなんとか言ってました」

「なんですってっ!?」

 慌てて口を塞いだけれど、遅い。見張りらしき男と接触していた男たちが、一瞬、動きを止めた。一人だけ村長の家に戻ろうと動き出し、残った六人がこちらにゆっくりと向かってくる。

「……ひとり、報告に戻るみたいです」

「う……すまない」

「報告に向かった男は、私がなんとかします。ここは任せても?」

「ああ、わかった。ヨナちゃんも手伝って」

「はい。マイ様、お気をつけて」

 頷き、室内の死角から影の世界に入る。そして引き返した男を追いかける。さて、騒がせずに無力化するにはどうしたら……いや、あれをやってみよう。

 男の風上に回り込み、マナを注ぎ込みながら植物に話しかける。

『草木よ、悪意ある者を眠らせたまえ』

 甜菜が対不審者として使った眠りの霧だ。

 効果はバッチリ。男はふらふらと力なく座り込み、いびきをかきはじめた。っと、静かな村ではいびきは思ったより響いた。巡回していた男たちがこっちにやってくる。まあいい、もう一回、眠りの霧だ。

 夜の闇に、いびきの三重奏。……美しくなあいっ!

 眠った三人を一応拘束し、村はずれに戻る。眠っているはずの私たちを襲おうとした六人の男たちは、全員が床に転がって呻いていた。

「私が声を出してしまったから、もっと警戒してくるかと思ったんだけどね。少なくとも窓から様子を窺っていたようだけど」

「床に転がって眠っているフリをしていたら、寝言だとでも思ったみたいで、あまりにも無防備に入ってきました」

「いえ、あなたたちが強いだけだからね?」

 さすがに狭い室内で六人を瞬殺するとか、相手の油断もあっただろうけど、リモさんが言うように二人が強いんだろう。まあ、騒がれるよりはずっといい。

「これで残るは中央の連中だけだね。何人いたかな?」

「村長の家に十五人前後、近くの二軒に五~六人ずつ。見回りが八人いますね」

 あまり正確な数を伝えると勘繰られそうなのでボカすけれど、村を占拠しているのは全部で四十五人だ。まあ、小さな村を占拠するには十分な人数なんだろう。

 できれば全員、生かして捕えたいんだけど、一番の問題は残りがほぼ一ヶ所に集まっていることかな。少しでも争うような音を出してしまえば、残りの者が村人を人質にするかもしれない。そうなったらお手上げだ。

 ……なんだけど。

「私にひとつ、作戦があります」

「うん、聞かせて」

「リモさんは危険なので、ここにいてください。準備しながら話したいので────」

 リモさんを家に残し、ライラックさんとヨナを連れて外に出る。巡回は……大丈夫、遠いな。

「それで、作戦なんですけど────」

 巡回者に気づかれないよう、月明かりを避けて進みながら、声を潜めて作戦を伝えると、ライラックさんは苦笑しながら頷いた。

「マイちゃんにしかできない力技ね」

「でも、私はいいと思います」

「そうね。……たとえ気づかれても、マイちゃんなら、なんとかしちゃいそうだって思うのは何故かしらね」

 なんだかライラックさんの中で私の株がグングン上がってるような気がする。なぜだろお。そんなにいろいろやったか……なあ?

「じゃあ、巡回は私とヨナちゃんで片づけるよ。家の中の者は、マイちゃんに任せる」

「わかりました、気をつけて」

 二人を見送り、私は村長の家の向かった。

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