第87話 ボダ村の異変

 もともと出発する予定だったから改めて準備は必要なかったけれど、ジェフにお見舞いを伝えたり、ギルドで最新の情報を仕入れたりしていたら出発が昼前になってしまった。ケビンにもひと声かけたかったけれど、薬草探しでいなかった。やはりフェブロ草の採取は芳しくないらしい。

 町から出る時、神官から祝福を受けた。感染した人が病気を広めないように、とのことだと思う。念のためヨナ、ライラックさん、リモさんを【解析】してみたけれど、幸いにも感染はしていなかった。え? 私? そもそも病気にならないので。

 ボダ村に向かう馬車は無いので徒歩での移動になる。リモさんの足に合わせたとしても、夕方には到着できるだろうとのことだった。

「思ったよりも整備されているんですね」

「荷馬車くらいは通るからね」

 うねる山道は予想外に整地されていて歩きやすい。まあ、勾配だけはどうしようもないけれど。

 それにしても……。

「なんか、あちこち枯れてません?」

 山道の周囲の木々の葉が見当たらない。全滅とは言わないけれど、所々に葉のない木が散見される。今は春だというのに。下生えも消えて地面が露出している場所すらある。

「もしかして、ロクスター?」

「まさか、こんなに?」

 もしそうなら、予想をはるかに超えて被害が大きいんじゃないだろうか。ボダ村も被害を受けていなければいいんだけど。

 ここで推測を話していてもしかたないので、私たちは先を急いだ。

 そして夕暮れ前にボダ村に到着した。森の中の小さな平地に、家と畑が寄り添うように存在している。村の周囲に広がる畑に男性が数人いるだけで、他に人影はない。まあ、時間が時間なので夕食の準備で家の中にいるんだろう。

 人口は、リモさんが五年前に来た時には百人前後であったらしい。

「う~ん……」

「どうしたんですか?」

「う~ん、なにか記憶と……」

 記憶にある村となにかが違うのか、村に続く農道を進みながらもリモさんは首を傾げている。

「何年も帰っていないから、村も変わったのでは?」

「確かに帰省はしてないけど、仕事の関係で五年前に来たことはあるのよ。だけど、その時に比べても……」

 違和感の正体はわからないらしい。

 そうこうするうちに村人もこちらに気づいた。一番手前の畑にいた男性が、明らかに警戒するそぶりを見せた。

「……あの畑は……」

「どうしたんですか?」

 リモさんが呟き、足を止めた。なにか考えているようで、問いかけにも反応しない。不安になってライラックさんに視線を向けると、彼女もなにやら難しい顔をして周囲を見回している。え、なにか起きてる?

 立ち止まった私たちを不審に思ったのか、畑にいた男性たちが集まりだした。不安からリモさんの袖を引くと、彼女はようやく歩きだした。

「……ライラックさん、念のため釣ってみてくれる?」

「ふむ、わかった」

 え、なにかの隠語?

 訊く間もなく、私たちは男性たちと接触した。

「誰だ? なんの用だい?」

 まるで壁を作るように男たちが進路に立ち塞がる。知らない人間を村に入れたくないのはわかるけど、警戒しすぎな気がする。

「失礼、ハンターだ。アズル君に用があって来たんだけど、いるかな?」

 アズルというのが、魔法剣士の弟の名前なのか。そういえば今まで聞いてなかったなあ。

 話している間にも、畑にいた男たちが集まってくる。誰もかれも立派な肉体を持っていて、野次馬というより筋肉の壁で村に入るのを拒んでいるみたいだ。非常に暑苦しい。その暑苦しい男は、他の男たちと視線を交わしてから言った。

「アズルはいねえよ」

「いない?」

「ああ、ハンターになるんだって、少し前に町に行って戻ってこねえ。どうしてるかは知らないな。……アズルになんの用だったんだい?」

「お姉さんの形見を届けに来たんだが……そうか、いないのか」

 そう呟くが、ライラックさんはさほど残念そうではない。なんとなく村を見渡す視線は鋭い。

 さすがの私も、事ここに至って理解した。ちょっと【索敵】を使ってみる。……ええっ、なんだこりゃ。

「まあ、せっかくここまで来たんだ、今日は一泊していくといい」

「ふむ……どうしようか、

「……そうね、お言葉に甘えましょうか。あ、食事は自分たちで用意しますから、場所だけ貸していただければ」

 ことさら名前を強調するライラックさん。リモさんも他人行儀に話を進める。

 ヨナが思わず「リモさんの家は」と言いかけたので慌てて口を塞いだよ。危なかった。

 こうして、私たちは村はずれの空き家を借りることになった。

「あの、なにが起きてるんですか?」

 さすがのヨナも、なにかがおかしいと気づいたようだった。家に入っても落ち着かずにいる。

 【索敵】に反応は……うん、少し離れた場所で動かない反応があるけれど、少なくとも声が届く範囲には誰もいないな。

 私が頷くと、ライラックさんは暖炉に薪をくべながら、まずはリモさんに発言を促した。

「おかしいな、って思ったのは、あの男がいた畑がパル婆さんの畑だってことね」

「畑にいただけで?」

「ええ、そう。パル婆さんは頑固な人でね、他人に畑に入られるのをすごく嫌ったわ。五年前、仕事で村に来た時、パル婆さんは腰を痛めていて畑仕事ができなかったんだけど、その時ですら畑に他人が入るのを良しとしなかったの」

 ……ひょっとして、すでにお亡くなりになっているという可能性はないだろうか?

 失礼とは思ったけれど、その可能性を問うとリモさんは首を振った。

「自分が死んだら畑に墓を作ってくれ。それがパル婆さんの口癖だったの。だけど畑に墓は無かった。どうにもおかしいと思ったから、ライラックさんに釣ってもらったのよ」

「釣る?」

女性剣士彼女の弟は、アズルという名前じゃないんだよ」

 ヨナの問いにライラックさんが答える。なるほど、「釣る」とは「カマをかける」の隠語か。ハンター間でのみ通じる言葉だろうか、あとで聞いてみよう。

「それに、ライラックさんが私の名前を呼んでも男たちは反応しなかった。これでも村では有名なのよ、私」

「つまり、男たちは村の人間ではない?」

 ヨナの言葉に私たちは頷く。

 そう、何者かは知らないが、村人のふりをしているのはなんらかの武装組織の一員だと思う。思い返してみれば、農民にしては身体の鍛え方が違いすぎた。

「マイちゃんは、なにかわかった?」

「村の中央の三軒の家に、大量の人が不自然に集まってる気配がありますね。住んでいると言うには無理がある密度で」

 【索敵】でわかったのは、村の中央の家周辺に人間の反応が密集していたことだ。多分、村の人間すべてが集められているような密度で。村の周辺に散らばっている反応を含めると、今村には百五十人前後の人間がいることになる。五年で増えた、と言えなくもないだろうけど、他の家に人がいないのは不自然すぎる。

 私の言葉を聞いたリモさんが、頷く。

「中央の家は村長の家で、広い地下倉庫を持ってるわ。もしかすると、そこに村人が集められているのかも……」

「問題は、やつらの目的がわからないことかな。手を出してきてくれれば、迎え撃って情報を得ることもできるだろうけど、村人のふりを続けて手を出してこなかった場合、こっちから踏み込むための大義名分が必要になるし」

 難しい顔をしてライラックさんが続く。

 確かに、相手の目的がわからなければ適切な行動がとれない。となれば、やはり……。

「偵察に行ってきましょうか」

「えっ!?」

 ギョッとしたのはヨナだ。そして猛然と反対してきた。

「マイ様にそんな危険なことっ。偵察なら私がっ」

「ありがとう、ヨナ。だけど、夜なら私の方が向いてるとわかるでしょ?」

 なんといっても吸血姫、夜は私のフィールドだ。【索敵】もあるし、今の状況で私ほど偵察に最適な者もいないと思う。

 ヨナはなにか言いたそうだったけれど、適切な反論ができなくて結局頷いた。うんうん、可愛いな。帰ってきたらモフらせろ。

 っと、この家に近づいてくる反応が一つ。すぐさま、簡単な食事の準備をしているふりを始めるとドアがノックされた。やってきたのは男性が一人、手には大きめの壺を持っていた。

「喉が渇いてるだろう。使ってくれ」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 リモさんが余所行きの笑顔で応対する。疑っている相手からの差し入れ、警戒しないはずがない。

 男が去った後、壺の中の水をなんとなく【解析】してみると……。

「うわあ、睡眠薬が入ってますよ」

「どうやら、私たちを帰す気はないみたいだね」

 恐らく、私たちが寝込んだタイミングで襲ってくるんだろう。

 この世界の睡眠薬、飲んでから効果が出るまでの時間はわからない。だけど、あまりゆっくりはしていられないようだ。

「じゃ、ちゃちゃっと偵察行ってきます」

 っと、そういえば見張りっぽいのがいたっけ。

 私は玄関のドアを少しだけ開けて月明かりを招き入れると、ライラックさんたちに見えない位置から、できた影に飛び込んだ。

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