第86話 薬草を求めて
「邪精霊士を確保しましたっ!」
ハンターズギルドに駆け込み、捕縛した男を床に放り出すとギルド内が一気に緊張した。すぐに職員が駆け寄り、男の装備品などを素早く外していく。
「捕縛に至った経緯を聞かせてもらいたいのですが」
「わかりました」
エイダさんは気になるがギルドに説明しないわけにもいかないよねえ。
男は奥へと連行されていったけれど、私は奥の客間らしきところに通された。なんとジュースまで出てきた。いいのかな。
「邪精霊士は人々の、そして自然の敵ですからね、捕縛に感謝します。それでは、詳しい経緯をお聞かせください」
今朝の出来事を説明する。無論、【索敵】については話せないので、ヨナの鼻を頼りに男の位置を特定したことにしておく。そして最後に重要なことを。
「あの男が持っていた吹き矢を徹底的に調べてください。病の精霊がどうとか、うわごとで言ってました」
もちろん嘘だけど、自分が精霊と話せるとか説明しだすと長くなりそうだから許してほしい。
私の説明を受けた職員の顔色が変わった。
「病の精霊……まさか」
「なにかあったんですか?」
「……内密に願いたいのですが、実は昨夜からガラン熱の患者が急増しているんです」
「ガラン熱ですって? あれは冬場に流行る病気ですよね」
ガラン熱は冬場に流行する、この世界のインフルエンザみたいなものだ。感染者は何日も高熱にうなされ、体力を消耗して最悪死に至る。感染力が高いと言われていて、患者は隔離されるのが普通だ。また、患者が出た家などは誰も近寄らなくなる。孤児院のあった町でもたまに流行し、何人も死んだのを覚えている。
「祭の最中ということもあって情報統制されているのですが、これ以上患者が増えれば隠せなくなります。薬の材料の採取を緊急依頼として出しているのですが、この時期外れの流行が邪精霊士の仕業だとすると、かなり厄介ですね」
職員は別の職員を呼び、ガラン熱の流行は邪精霊士が病の精霊の力を用いた可能性を伝え、邪精霊士の尋問を早く進めるよう指示した。
「私はこの件をギルドマスターに報告してきます。マイさんの褒賞については受付でハンター証を提示してください」
「わかりました」
慌てて出ていく職員二人を見送る。さて、なんだか大事になってきたぞ。エイダさんが心配だ。
だがまず、受付で褒賞を受け取る手続きをしておく。ハンター証を受付のお姉さんに預けると、お姉さんは例の水晶の台座にハンター証を挿入して手続きを開始する。
「褒賞は大銀貨五枚になります。……あら、マイさんが邪精霊士を捕まえたのは二回目ですか、凄いですね」
「なんか縁がありましてね」
水晶に私のデータが映し出されているんだろう、驚くお姉さんに苦笑を返した。
銀貨を受け取り、ギルドを出る時、職員が大声で精霊士を募集していた。ガラン熱が病の精霊によるものならば、治療には精霊の祝福が必要だから。
ただ、数の少ない精霊士が近くにいるかどうか……。
ギルドをあとにして急いで『燃える岩』へと走った。
情報統制がうまく機能している町中は祭ムードそのままで、足元に流行り病の影が忍び寄っていることに気づいている様子もない。それでも注意して見れば、昨日は通れた通りが通行止めになっていたり、稼ぎ時なのに店が閉まっていたりする。祭は今日で終わりだから今日だけでも乗り越えられればいいんだろうけど、後が怖いな。
「この町に訪れた皆様に祝福を」
広場で、通りで、神官たちが人々を祝福している。昨日はいなかったけれど、急になんで……あ、そうか。病気への抵抗性を上げる祝福か。
孤児院のあった町でも、冬になるとガラン熱を警戒して抵抗性を上げる祝福が行われていた。これ以上感染者を増やさないよう、町長が手配したのかもしれない。
ただ、神官の魔法には抵抗性を上げる魔法はあれども、病を癒す魔法はない。病を治すには薬師の力が必要なんだけど……。
「マイ様っ!」
「マイちゃん」
『燃える岩』の前にヨナとライラックさん、そしてリモさんがいた。
「どうしてここに?」
「出発の時間なのに二人が戻ってこないから捜しにきたんだよ」
「そうだったんですか。ところで、エイダさんの容態は?」
問いに三人は顔を見合わせる。え、なに、この嫌な感じ。
「急に発熱したエイダさんをケビン君と一緒に店まで運んだあと、すぐに薬師さんを呼んだのですが……断られてしまって」
「断られた!?」
「どうもガラン熱の治療に使う薬草がここ数日で買い占められていたみたいで、薬師の手元にはもう薬は残っていないそうだよ。なので、今できることは感染を拡げないために患者を隔離することだけなんだ」
このタイミングで買い占め? あまりにもタイミングがよすぎる。邪精霊士が裏でなにかやってたのか?
そういえば、ギルドで薬草採取を緊急依頼として出していたんだっけ。そうなると、あとの問題は精霊の祝福だけかな。
「そういえばケビンは?」
「エイダさんの治療に薬草が必要だと聞いて、薬草を探しに行きました」
「なるほど。じゃあ、私たちも探しにいこうか」
「そうしたいけれど、どうにも雲行きが怪しいのよ」
そう言うと、それまで黙っていたリモさんが重く口を開いた。どういうことなんです?
「ガラン熱の治療に使われる薬草は二種類あるのよ。フェブロ草とクドケ茸なんだけれど……ギルドで聞いた話では、フェブロ草が食害に遭っていて量が確保できないって」
「食害?」
「フェブロ草だけじゃないのよ。ロクスターが急に増えているみたいで、町周辺の農作物にも被害が出てるみたい」
ロクスターってたしか、草食昆虫だ。バッタとトンボを組み合わせたような、虫嫌いな人は「ぎゃーっ」な姿をしていたはずだ。どこにでもいるごく普通の昆虫なんだけど……。
「クドケ茸は?」
「あれは毒キノコだから」
なるほど。毒も使い方によっては薬になるってやつだね。毒だから虫も食べないのか。
それにしても薬草が確保できないとなるとマズイな。エイダさんと『燃える岩』も心配だけど、もう事態はケイノそのものの行く末を占うレベルに危険な状況じゃなかろうか。まともなフェブロ草が確保できれば、ドリアードにお願いして複製&祝福してもらえるとは思うけれど、ハンターたちが走り回って十分な量が確保できていないとなると望みは薄そうだ。
「どこかにフェブロ草の群生地でもないだろうか」
「群生地……あ」
ライラックさんの言葉にリモさんがハッとする。
「心当たりが?」
「えっと……」
その場にいる全員の視線を受け、しばらく視線を泳がせていたリモさんは、やがて諦めたようにため息をついた。
「口外しないって約束してちょうだい」
もちろんです。ヨナとライラックさんも頷く。
リモさんは周囲を窺い、声を潜めた。
「私の故郷のボダ村なんだけど……昔、別の流行り病で大きな被害を受けたあと、村の有事に備えて薬草園を作ったというの。辺鄙な村まで中央の支援が届かなかったから、自分たちでなんとかしようってことで」
「そこにフェブロ草が?」
リモさんは頷く。
「でも、そこは村が自分たちのためにって作った薬草園だから、村外の者に場所を知られたくないのよ」
「少しだけわけてもらうわけにはいかないんですか?」
「どうかしらね……。その昔、村が大変な時にケイノはなにもしてくれなかったじゃないか、なんて長は言いそうだけど……」
リモさんの口調は苦い。
今でこそボダ村とケイノはうまくやっているそうだけど、過去を思い出させる出来事を前にしたらどうなるかわからないらしい。うーん、これは厄介な。
だけど、フェブロ草を確実に手に入れられるのならば、やれることはやってみたい。それにもともと向かう予定だったし。
リモさんもそれはわかっているようで、再び小さくため息をついた。
「一応、私からも村長に話してはみるわ。どうなるかは、わからないけれど。まあ、最悪、村人がよそ見をしている間に、偶然に薬草園を見つけた旅人が少し採っていくことはあるかもしれないけど……」
それ、見逃してくれても窃盗じゃないですかヤダー。できれば交渉して譲ってもらいたいな。
そんなことを思いつつ、私たちはボダ村を目指して出発した。
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