第85話 襲撃者
翌日、祭二日目。ウルカーンの肉がないので、今日の広場にはごく一般的な屋台が並ぶらしい。輪投げや玉入れのような屋台もあって、昨日とはまた違った賑わいを見せることだろう。その賑わいを見ることはないだろうけど。
『燃える岩』を監視していたであろう人物は気になるけれど、いつまでもケイノにいるわけにもいかない。ボダ村までは徒歩で半日もあれば着くそうなので、午前中には出発する予定だ。なので朝早くに、ヨナと一緒にジェフたちに挨拶に来た。
「そうか。少し寂しいが、師匠にも用事があるだろうしな。帰りには寄ってくれよな」
ジェフはちょっとしんみりしていた。
明日から店を直す工事が始まるので、しばらく休業を余儀なくされるようだけど、料理コンテストの賞金でなんとか生活は大丈夫らしい。一安心かな。
「そういえばナゲット屋台の話、進んでるの?」
「ああ、俺は屋台をやる余裕はないしな。師匠には申し訳ないんだが」
「構わないよ、いずれ誰かが同じものを作るって」
町としては、ナゲットは食べ歩きの食べ物として屋台で販売してほしいようで、ジェフに屋台継続の依頼がきた。祝勝会の最中だった。だけどジェフとエイダさんの二人で店を回している現状、屋台を営業する余裕なんて無い。なのでジェフは、知り合いにナゲットの屋台を任せることにしたのだ。当然、レシピを教えることになるので、そのことを申し訳なく思っているらしい。
だけど、ナゲットを作る工程で油で揚げるというのは、もはやケイノの料理人で知らない人はいない。これからはウルカーンの肉だけでなく、色々な揚げ物料理が試作されると思う。実際、フライドポテトとコロッケも作っちゃったしね。なのでナゲットのレシピを隠すことにそれほど意味は無い。だからナゲットだけじゃなくて唐揚げの作り方もジェフに教えておいた。これで屋台のメニューも増えるだろう。
「師匠には、なにかお礼がしたいんだが」
「またケイノに来た時に、なにか美味しいものでも食べさせてよ。……そういえば、エイダさんは?」
「火山の種をチャージしに行ってる。よければ会っていってくれないか、見送りもできないとなると、きっと悲しむ」
「ん、そうだね。行ってくるよ」
店を出、早朝にも関わらず賑わう通りを眺める。昨日感じた
店を離れ、火山の種をチャージしている溶岩洞を目指す。何人もの人とすれ違いながら木立の間の道を進んでいくと、前方からエイダさんと小さな木箱を抱えたケビンが歩いてくるのを見つけた。
「本当にいいんですか?」
「店までだろ、大丈夫だぜ」
ふむ。エイダさんが持ってきた火山の種をケビンが店まで運ぼうとしているのか。アピールに余念がないな、ケビンよ。
「あ、マイさん!」
「おう、マイじゃねえか」
「っ!? マイ様っ!」
二人もこちらに気づき、声をかけてきたと同時にヨナが身構えた。うん、私も気づいた。あの
身構える私たちを不思議そうに見る二人は置いておいて【索敵】を使う。右手の木立の奥の茂みに一人だけ反応があった。
同時に、常人には聞き取れないほど小さな風切り音がした。
「痛っ?」
エイダさんが二の腕のあたりを払うような仕草をした。虫に刺されたとでも思ったようだけど違う、極小の針のようなものが茂みから飛来して刺さったのが私には見えた。吹き矢か? 放ったのは位置的にも、隠れている人物だ。
「ヨナ!」
「はいっ!」
ヨナに迂回させ、自分は真っ直ぐ突っ込む。【索敵】の反応のある位置に人影はない。だけど代わりに蔓草が木に絡みついている。パッと見は不自然なところはないけれど、蔓草は中に人が入れるくらいの膨らみがある。迷わずそこに向かって駆ける。
「そこかあっ!」
『チッ……。草木よ、我の意に従いて獲物を縛れ』
小さな舌打ちに続いて聞こえたのは精霊語。邪精霊士か!?
唐突につまずいた。多分、足に蔓草が巻きつこうとしたんだ。藪の中だと対処が難しいな、植物バインド。
つまずいて速度が落ちたところに植物が殺到する。とにかく動きを止めようってことなんだろう、でたらめに蔓草が巻きついてくる。ドリアードのような芸術性もなにもないな。いや、芸術的に縛られたいわけじゃないよ? ないったらないよ?
絡みついてくる蔓草に話しかけようとして、ゾッとした。ドリアードが防衛のために設置した植物バインドには、なんというか、植物の意思が感じられた。だから会話してドリアードに用件を伝えてもらうことができたのだ。だけど今、絡みついてくる蔓草にはそういった意思のようなものがまるで感じられない。機械のように淡々と命令をこなしている、そんな感じだ。
(奪った精霊の力は、こんな無機質なのか……)
なんとも気分が悪い。だけど会話ができないのならば仕方ない、力任せに拘束を引きちぎる。ブチブチブチッとね。吸血姫の力を舐めるな。
「なっ!?」
「邪精霊士だね。見つけた以上、逃がさないよ」
「くそっ!」
拘束を全部引きちぎる前に微かな風切り音。咄嗟に目の前にかざした掌になにかが刺さった。エイダさんを狙った吹き矢か? 吹き矢といえば毒なイメージなんだけど……あ、抵抗してる感じがある!? 一般人に毒矢とか正気かこいつ!
「ふふっ、詰めが甘いな。さらばだ」
「甘いのはあなたですっ!」
「んなっ!?」
男の背後の茂みからヨナが飛び出す。
私がわざわざ大声をあげて正面から突撃したのは、迂回するヨナから男の注意を逸らすためだったんだけど、それにまったく気づいてなかったんだな。いや、植物によるカムフラージュが完璧で見破られないって自信があったのかもしれない。実際、臭いと【索敵】がなければすぐには気づかなかっただろうし。
まあ、でも、茂みの中を音もたてずに素早く迂回するとか、ヨナもさりげなく凄いな。私が囮にならなくても男に奇襲できていたかもしれないな。
「はあっ!」
「ぐほあっ!」
ヨナの掌底が蔓草の壁に叩きつけられる。あ、練習中の【貫】とかいう攻撃かな。防御を抜いて相手の体内にダメージを入れるという格闘技の一つだ。
掌底を打ち込まれた部位には変化がない。しかし蔓草の壁を内側から引き裂くようにして、口から泡を吹いた男が地面に倒れ込んだ。白目を剥いてビクンビクンと痙攣しているけれど、命に別状はなさそうだ。
「むう、踏み込みがもう少し……」
「ヨナ、反省はあとにして、エイダさんを急いで家に。そして医者を呼んで。この馬鹿、毒物をエイダさんに打ち込んだからっ。こいつは私がギルドに突き出す」
「わ、わかりました!」
走り出すヨナを見送り、まずは男を縛り上げる。猿轡も噛ませて口を封じると、近くの木に【マイホーム】を設置。
『みんな、ちょっと来てーっ!』
集まってきた精霊たちに、自分に刺さった針を見せる。
『邪精霊士が使ってきた針なんだけど、なにが塗ってあるかわかる?』
『これは……っ』
精霊たちの表情が強張る。え、なに? そんなにヤバイもの?
疑問に、ドリアードが代表して答えた。
『……病の精霊の力が感じられるな。この針に刺された者は重い病に侵されるだろう』
『病の精霊!? そんなのいるの?』
『普段はそれほど恐ろしくはないのだがな、たまに病を大流行させることがある』
インフルエンザとかかな。そうか、この世界の病気は病の精霊のせいなのか。
『問題は邪精霊士によって病の精霊の力が使われた場合だ。この場合、普通の薬では効果は見込めぬ。精霊の祝福を受けた材料が必要になるはずだ』
うげえっ、なんてものを使ってくれたんだ
精霊たちでは、どんな病かはわからないようだった。どういう病かわからなければ薬の材料もわからない。しかたない、まずはできることからやろう。
【マイホーム】を解除すると、男を担ぎ上げてハンターズギルドへと走った。子供が大の大人を担いで全力疾走とか目立ってしょうがなかったけれど、緊急事態だ、気にしないでくれぇっ。
「ママァ、あの人……」
指さすなあっ!
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