第73話 トラブルの予感

 ギルドマスターの質問に自分は正直に答えた。水晶を見るギルドマスターの表情がまるで変化しなかったので、私が無関係だということは最初からわかっていたんだろう。

 質問が終わり、逆になにか聞きたいことはないかと言われて、おじさんの現状を訊いてみた。

「あいつは今、温泉宿のひとつで下働きをしてもらっている。時間が経てば経つほど記憶の整合性が崩れてきていてな、何者かに催眠、もしくは暗示をかけられていたのは間違いないだろう。目的はまあ、ケイモン近郊の吸血鬼の城の封印を解くためなんだろうが、誰がなんのためにかは不明なままだな」

「会えますか?」

「やめておけ。あいつ自身、お前になんで憎しみをもっていたのか、わからなくなってきているとは報告を受けているが、実際に顔を見たらどうなるかわからん」

 なるほど。顔を見た瞬間に暗示が再起動しても困るな。まあ、会ってどうこうするつもりはなかったんだけど、少なくとも元気でいるならいいや。

 あと気になると言えば、娘さんか。娘さんの状況を訊くと、なぜだか不思議そうな顔をされた。

「お前が気にすることじゃないと思うが」

「いえ、まあ、そうなんですけど。難病だと聞いてたので、ちょっと心配というか……って、なんでヨナは嬉しそうなのかな?」

「いえ、なんでも」

 ヨナがニコニコしている。私がおじさんの娘さんを気にかけるのがそんなに嬉しいのか。そういえば私のことを、困っている人を見捨てられない性格だって言ってたからなあ。とはいえ、私に病を癒す力はない。そういう意味でも、私が気にするのはなにか違うか。

「まあ、教会の神官たちがちゃんと世話をしている。お前は気にしなくていい」

「そうですね。……あ、最後に一つ」

 話は終わり、退室する時にひとつ思い出した。まあ、色よい返事は期待できないだろうけど。

「火の封印があった場所って、見に行けます?」

「行けるわけないだろ、立ち入り禁止だ」

 デスヨネー。



 ギルドマスターの部屋を辞して受付まで戻ってくると、女性ハンターに囲まれていたライラックさんが気づいて駆け寄ってきた。

「待っててくれたんですか?」

「さっきは助けられなかったからね」

 申し訳なさそうなライラックさん。さりげなく後ろを指差すのでチラリと視線をやれば、ああ、さっきのナンパがまだいるよ。睨んでいるみたいだけど目が合うと面倒だ、何事もなかったように三人でギルドを出る。って、女性陣の視線が痛いぞこらあ。

 入湯客でごった返す町中を三人で歩く。待ち合わせには、まだ時間があるなあ。

「ちょっと、商業ギルドに寄っていいですか?」

「構わないけど……ああ、そういえばマイちゃん、商業ギルドにも所属してたんだよね」

「必要に迫られましてねー」

 中央広場にある町の地図で位置を確認し、再び移動。反応は……まだある。しつこいな、ナンパ野郎。

「撒けませんかねえ」

「土地勘は相手の方があるし、難しいんじゃないかな」

「さっきの女性たちもですよ?」

「勘弁してほしいなあ」

 人気のない場所で行動に移すつもりなのか、それとも宿を特定しようとしているのかは不明だけど、いつまでも尾行させておくわけにもいかないよねえ。どうしたものか。

「マイ様は私が守ります」

「うん、ありがとう、ヨナ」

 ナデナデしながら商業ギルドに到着。商業ギルドも溶岩ドームを利用した施設だった。まあ、ハンターズギルドに比べると内装に気を遣っていて圧迫感は少ないかな。

 受付で新商品の売り込みに来たと伝えれば奥の部屋へと通される。さすがに尾行者は奥にはこれない。

「これなんですけどね」

 事前に創っておいた板バネのサスペンション見本を職員に提示する。まあ、板バネといっても素材や形は多種多様で、用途に合わせて専用の形に成形されるんだけど、今回用意したのはトラックの後輪などに使われている細長い金属板を束ねたあれだ。これを馬車本体と車輪の間に設置すれば揺れが軽減できると説明する。すると奥にある商品実演用のスペースに案内され、バネの効果をあれこれと試された。

 一通りの試験が終わると、職員は感嘆の声をもらした。

「これは……すごいですね。まさか板状の鉄を重ねるだけで揺れを軽減できるとは」

「まあ、表面処理をしないと錆びちゃうし、焼き入れ焼き戻しをしないといけないから、作るなら職人さんとよく相談してください。あ、そのサンプルは差し上げますので」

 本当ならステンレス製がいいんだけど、この世界じゃ難しいだろう。炭素含有率とか言っても通じないだろうから、あとは職人に任せる。丸投げ言うなっ。

 私の丸投げに職員がギョッとする。

「こんな貴重なサンプルを無料とはいきません」

「でしょうね。なので、バネの売り上げの一部を私の口座に入金してくれればいいです」

「……では、こちらで打ち合わせを」

 職員の態度が少しの警戒と後悔のそれに変わる。安く買い取っておけば良かったって思ってるんだろうなあ。

 バネが普及して馬車の揺れが軽減できれば馬車の速度を上げることができるし、商品が破損する確率も下がる。乗り心地が快適になるとわかれば、貴族たちが喜んで我が馬車に導入するのは目に見えている。その恩恵は計り知れない。今すぐ量産とはいかないだろうけど、長い目で見れば私の口座には膨大なお金が入ってくることになる。売り上げの何%を落としどころにするのか、きっと彼の頭の中では忙しく計算が始まっていることだろう。まあ、そんなに高い数字をふっかけるつもりはないんだけどさ。

「よく考えたね、こんなの」

「いえ、元の世界には普通にあった物ですよ」

 ライラックさんに小声で答える。

 別室に通され、お茶とお菓子を用意して職員は部屋を出て行った。多分、上司に「ほうれんそう」に行ったんだろう。それじゃあ、女子三人でまったりティータイムといきますか。


         ◆


「あの割合でよかったの?」

「ボロもうけしたいわけじゃないんで。この先、馬車の旅が快適になるんなら、それでいいですよ」

 裏口から商業ギルドを出る。尾行者を撒きたいので裏口を使わせてもらったのだよ。

 さて、予想通り、交渉にやってきた上司らしき人はサンプルを買い取らせてほしいと言ってきた。結構高い金額を提示してくれたと思う。まあ、ちょっと多く払ったとしても、長期的に見れば安く済むからね。

 職員さんは上司の隣の席で小さくなっていた。最初から買い取りを提示すればよかったのに、私に提案する隙を作ってしまったので、たっぷりとしぼられたのかもしれない。すまないねえ。

 でもって、私はヨナを奴隷から解放するという目的があるものの、あくどいやり方で稼ぎたいわけでもない。というか性格的にできない。なのでしょっぱなから格安の割合を提示した。あまりに割安だったので逆に疑われてしまったくらいだ。裏なんてありませんってば。

 あまりに格安すぎると人は不安になるもののようで、逆にギルドの方からいくらか値上げされた時は笑いそうになった。

 多分、あれだ。私の考え方が商人のそれとは違いすぎるから読めないんだろうな。だから裏があると勘繰ってしまうんだ。裏なんてありませんってば。

 ギルド側からの提案をあっさり受け入れて交渉は終了。なんの問題もなく終わったというのに、最後までギルド職員は釈然としないようだった。

「しかし、ギルド職員のあの顔は……」

 思い出して口許を隠すライラックさん。肩が震えてて笑ってるのバレバレですからね。ヨナもクスクス笑ってるし。

「あら、なにか楽しそうですね」

 待ち合わせの場所に到着すると、すでにリモさんが待っていた。笑顔だけど、なんかオーラが怖い。商業ギルドで思ったより時間がかかってしまったから待たせてしまったなあ。

「すみません、お待たせして」

「構いませんよ、昼食で手を打ちましょう」

 ちゃっかりしてるな! だけどまあ、宿を探してきてくれたんだし、昼食くらいはご馳走してもいいだろう。

「どこか、いいお店あります?」

「町の人に聞いたんですけどね、少し前にオープンしたお店が人気らしいのよ。行ってみませんか?」

 異論はなかった。だけど現実が異論を唱えた。お昼時ということもあったんだろうけど、そのお店────『月桂樹の冠亭』────に長蛇の列ができていたのだ。店自体は比較的大きい。だけど、客の動きと人数から考えると────。

「あと一時間は待たされそうですね」

「さすが人気のお店……」

「だけど、一時間は辛いね。ヨナちゃんが」

 苦笑するライラックさんの視線の先では、ヨナがお腹を押さえてソワソワオロオロしている。店からは温泉の匂いをかき消すほどに、肉の焼けるいい匂いが流れ出てきている。この匂いを嗅ぎながら一時間も待たされるとか、お肉大好きなヨナからしたら拷問だ。我慢しろと命令すれば従うだろうけど、そういう命令はしたくないんだよなあ。

「別のお店を探した方がよさそうだね」

「残念ですけど、そうしましょうか」

 肉の匂いに後ろ髪を引かれながら、別の店を探して通りを進む。と────。

「ふざんけんなっ、あんなので腹が膨れるわけねーだろうっ!」

「ま、待ってください、お客様っ!」

 怒りを隠さない男が二人、目の前の店のウエスタンドア────西部劇のアレ────を乱暴に押し開けて通りに出てきた。その後を泣きそうな女の子が追いかける。

 うん、トラブルのよかーん。

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