第72話 温泉町ケイノ

 ケイモンを出発して五日後、温泉町ケイノに到着した。

 道中、魔物は出なかったけど、野盗は出た。大型馬車二台を襲おうっていうのだから、かなりの規模の野盗が。とはいえ、護衛の人たちの適切な防衛戦で馬車にも乗客にも被害はなかった。

 ひとつ問題があったとすれば、ケビンが気分を悪くしてしばらく歩けなくなったことか。訓練していないケビンが戦えるはずもなく、馬車の近くでオロオロしていただけなんだけど、目の前で繰り広げられる命のやり取りにショックを受けたらしい。

 本来なら勝手についてきたケビンを置いて馬車は進むところだったんだけど、置いておくと逃げた野盗になにされるかわからない。

 しょうがないので、大事なことなので二回言うけど、本当にしょうがないので、私とヨナが歩き、代わりにケビンを馬車に乗せた。体調が回復するまでね。置き去りにしても文句は言われなかっただろうけど、ケビンになにかあったらスピナに泣かれそうで嫌なんだよね。

 無論、貸しひとつで。

「いつか……借りは返す」

「アテにしないで待ってるよ」

 それを除けば、実に安全な旅だった。まあ、馬車の揺れでお尻が痛くなったのだけは残念だけど。うーん、あれだ、馬車のサスペンションとか作れないかなあ。構造そのものをいじらないといけないから改造は難しいけど、アイディアだけなら出せると思う。あとで商業ギルドに行ってみるか。



 過去に地形を変えるほどの大噴火があったという火山も今は昔。逞しい草木に覆われて普通の山にしか見えない。ただ、鼻を衝く温泉独特の匂いと、湯気の立つ小川が、火山がただ眠っているだけだと教えてくれているけれど。

 火山の麓にあるケイノは、湯気がもうもうと立ち昇る川に囲まれていた。明らかに人の手が入っている川は、どうやら堀の代わりらしい。堀の中に熱湯が流れているようなものなので守りはなかなか堅いと言えるかも。

 ハンター証を提示して町に入ると、ケイモンに比べて雑然とした町並みが目に入った。

「ケイモンとはまた違った町ですね」

「火山と共存してきた町ですからね」

 リモさんによると溶岩が固まってできた地盤は不安定な部分が多く、また温泉が急に湧き出すことも多かったらしい。それら危険な場所を避けて建物を増やしていった結果が今の町なんだそうな。縦横に温水が小さな流れを作っていて橋も多い。これはこれで味のある町並みかもしれない。迷子になりそうだけど。

 建物はレンガ造りや石造りが多い。昔は小規模な噴火が定期的に発生していたそうで、町にまで溶岩や噴石が迫ることはなかったものの、火山灰で樹木に大きな被害が出ていたそうだ。なので木材家屋は貴重らしい。

 到着したのは昼前。さすがに今からボダ村に向かうのは無茶だということで、温泉宿にお泊りとなった。

「それでは私は宿を確保してきますね。あとで合流しましょう」

 顔見知りということもあって、私、ヨナ、ライラックさん、リモさんの四人は同じ宿に泊まることになった。ただ温泉町だけあって宿屋は多く、値段、部屋の大きさ、サービスの種類が多様すぎる。ここはギルドで観察眼が磨かれたリモさんに一任することにした。

「それじゃ、行こうか」

「はい」

 リモさんと別れ、私たちはハンターズギルドに向かった。ライラックさんは護衛依頼終了の報告に、私はヤボ用だ。

 え、ケビンはどうしてるのかって? ケビンなら……。

「……という依頼には注意が必要だ。なぜかわかるか?」

「え、あー……子供だと舐められる?」

「大人子供は関係ない。問題は当人が交渉しなきゃならないことだ。そもそも────」

 ハンターズギルドは半ば岩に埋もれたような建物だった。中に入ると岩むき出しの天井や壁。照明には発光する虫が入ったカゴがいくつもぶら下げられている。建物が溶岩に埋もれたというよりは、溶岩ドームを利用して作られたという方が正しいかもしれない。地熱のせいか少し蒸し暑く、職員たちは薄手の服だ。

 ケイモンとはあまりにも違うギルドを見回していると、一足先に護衛のハンターさんに引っ張られていったケビンが今、依頼掲示板の前でレクチャーを受けさせられていた。

 ケビンはこの五日の間で護衛のハンターたちに随分と助けられていた。かなり雑用を押しつけられてはいたけれど、代わりに食事をさせてもらえたんだから幸運だろう。

 ただ、あまりに行き当たりばったりなケビンの行動に護衛だけでなく乗客までもが不安を感じてしまったので、一から教育が必要だと護衛さんたちは判断した。野盗の時のこともあるし、ケイノに到着するなりケビンは護衛のハンターに引きずられていき、今に至るというわけだ。

 あ、目が合った。華麗にスルー。先輩ハンターが親切で色々教えてくれているのだから、頑張って学びたまえ。

「すみません、ちょっといいでしょうか」

「はい、どうしました……か!?」

 ライラックさんとは別の受付に行き、あえてフードを外す。赤い目を見たお姉さんが言葉を詰まらせ、周囲の視線が自分に集中する。うん、わかってたけど苦手だな、これ。

「あ、これは生まれつきなので」

「あ、そうなのですか。大変ですね。それで、ご用件は?」

 さすがは受付のお姉さん、理解と立ち直りが速い。

 ハンター証を提示しながら、いつか自分に因縁をつけてきたおじさんについて質問してみた。確かここの封印を破ったと聞いているけど、さてそれからどうなったのか。

 濡れ衣だってわかっているけれど、おじさんが封印を破壊した理由に名前が挙がってしまったから、ケイノに行くならハンターズギルドに顔を出しておくようにケイモンのギルドマスターから言われていたんだよね。気が重い。

 私のハンター証を確認した受付のお姉さんは手元の資料でなにかを確認したあと、少しお待ちくださいと言って席を外した。ヨナと二人っきりになると余計に周囲の視線が気になる。

「うわ、可愛い」

「胸でけぇ……」

 耳がいいので囁きもバッチリ聞こえる。フードをかぶって顔を隠しても、もう遅い。視線が胸に向かっただけだ。みなさん、巨乳が好きですねー。私? ええ、まあ、好きでしたけどねえ、自分についているとあまり興奮しないというかなんというか……。いや、なにを言わせるしっ。お姉さん、早く戻ってきてーっ。

「君、ケイノは初めてかい? よければ町を案内するよ」

 好奇の視線にさらされることしばし。恐れていたナンパキターッ!

 素早くヨナが間に入ってくれたけど、それで諦めるようなナンパじゃない。ヨナをかわすように周囲をグルグルと回りながら、慣れない町で不安を感じているであろう私 (男の妄想)に声をかけてくる。言葉は親切だけど下心が見え見えだ。

「連れがいるので大丈夫です」

「そんなこと言わずにさ、僕しか知らない観光スポットを教えてあげるよ」

 当たり前だけど諦めないなあ、どうしてくれよう。ライラックさんは順番待ちしてるので援護は期待できない。いや、ナンパくらいは一人であしらえないといけないんだろうけど……。

 【魅了】で追い返す……のはギリギリまで待とうか。問題のおじさんみたいに予期せぬ結果をもたらすかもしれないし。かといって無視を決め込んで逆ギレされたら面倒なんだよねえ、もうすでにイライラしてきてるみたいだし。

「なあ、人が親切で言ってるのに────」

「お待たせしました、どうぞこちらへ」

 救いの神がきたっ!

 さすがにお姉さんが戻ってくるとナンパは退散した。ってこらっ、露骨に舌打ちしただろう、聞こえたぞ。

「ヨナ、あの男のにおい、覚えた?」

「バッチリです」

「よし、要警戒」

 首を傾げるお姉さんに、なんでもないですよと誤魔化し、そのまま案内されて通路を進む。通路は地面をならした程度の溶岩洞で、ぐねぐねと曲がっている。所々に換気扇のような羽が回っているのは空気を循環させるためか。

 やがて到着したのはギルドマスターの部屋。お姉さんがノックする。

「マスター、マイとその奴隷をお連れしました」

「ああ、入ってもらえ」

 許可をもらって部屋に入ると別世界に来たようだ。いや、壁や床、天井の内装がごく普通なだけなんだけど、さっきまで溶岩が剥き出しの通路を歩いてきたものだから違和感がすごい。部屋の広さや調度類はケイモンのギルドマスターの部屋と大差ない。ただ窓がなく、光を放つ虫カゴが天井に吊るされていることと、天井付近で換気扇が回っているのが違うかな。

 室内にいたのはギルドマスターと秘書さん。ギルドマスターは初老の男性だけど体つきはそこらの戦士と大差なく、衰えというものをまったく感じさせない。ただ顔には深いシワが刻まれていて、肉体の分まで衰えを表しているように見えた。秘書さんは穏やかな空気をまとった、癒し系とも言えるお姉さんだ。

 さすがに顔を見せないのは失礼だと思ってフードを外すと、二人はまともに私の赤い目を見た。ギルドマスターが秘書さんに視線だけで問いかけると、彼女は手元のメモを読み上げた。

「受付の報告ですと、軽度のアルビノだそうです」

「なるほどな。さて、俺がここのギルドマスターだ。ケイモンから報告はもらっているが、念のため確認につき合ってくれ」

 私が無関係だとわかっているけど形式上の取り調べは必要ってことか。理解はするけど面倒なことで。

 ギルドマスターの机の上にあるのは……ああ、やっぱり嘘発見器の水晶だ。やはり受付で顔を見せておいて正解だったな。ここで問われてアルビノです、と答えても、水晶を起動したあとでは嘘だとバレる可能性があったしね!

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