第71話 行動力のある無計画は厄介だね

 ライラックさんが戻ってきてから三日。いよいよ出発の日がやってきた。ライラックさんの用事がなんなのかわからないけれど、よくギルドマスターの部屋に行っていたようだ。あ、詮索はなしなし。私に関わることなら事前に教えてくれるだろうから、教えてくれないってことはそういうことだ。

 どうせすぐに出発するだろうから、ということでライラックさんは宿をとらず【マイホーム】で寝泊まりするようになっていた。なんかもう家族だなあ。え、家族は夜にイチャイチャしないだろうって? サテ、ナンノコトカナー。夜更カシナンテシテマセンヨー。

 ちなみに精霊には改めてルールを追加した。どうやら入浴のルールは私とヨナとだけの契約だと思っていたらしく、初めて見るライラックさんには適用されないと判断してのおもてなしとなったようだったのだ。精霊はエルフや精霊士と契約して魔法を行使する、なので契約してないライラックさんには好き勝手していいと思ったんだって。怖いわ。

 なので、私が【マイホーム】に入れた人物には、私の紹介がない限りは接触しない、というルールを追加した。まあ、他に誰かを入れる予定なんてないけどさ、なにがどうなるかわかんないしね。

 そういえば、この三日、不気味なくらいにケビンを見かけなかった。スピナに訊いても「なんか知り合いのハンターたちの手伝いをしてるみたい」と言うだけで詳しいことは知らないらしい。ライラックさんへの弟子入りを諦めたとは思えないけれど、ライラックさんにつきまとわなかったのは良かったかな。ただでさえ忙しそうにしているライラックさんの邪魔になったりしたら弟子入りの話なんて吹っ飛ぶだろうし。

 ……でも、なんだろうなあ。なにかモヤッとする。ケビンのやつ、なにかしでかさなきゃいいけど。

 などとこの数日を思い返しながら、乗り合い馬車の待機場で出発の時間を待つ。温泉町のケイノにはそれなりに人が向かうようで、今回は二台の大型馬車での出発になるようだった。まあ、大型といっても幌馬車なんだけど。人数が多い分速度は犠牲になり、日程は長め。護衛の人たちも徒歩でついてくるらしい。

「しかし、偶然ですね」

「ええ、本当にねー」

 隣で笑うのはギルドの受付のお姉さん。ハンターズギルドの歴史を熱く語ってくれた、あのお姉さんだ。名前はリモさんという。たった今知った。

 なんでもリモさん、ライラックさんの目的地である国境近くのボダ村の出身だったのだ。子供のころから頭が良く、勉強のためにケイノへ、そしてケイモンへと出てきてそのままハンターズギルドに就職してしまったそうな。長らく帰っていなかったのだけれど、ギルドマスターからたまには帰れと無理矢理に休暇を与えられ、ライラックさんに同行することにしたらしい。

「村出身の私がいれば間に立てるしね」

 遺族がライラックさんに怒りの矛先を向けるかもしれない。確かに、その時は間に立てる人がいた方がいいだろう。気遣いができる女性だったんだなあ。まあ、ドリアードを見て涎を垂らしたりとか、ちょっとアレだけど。

「なにか、マイちゃんに不当に低評価されているような気が……」

「気のせいですよー」

「それでは、そろそろ出発になります。お客様は乗車をお願いします」

 護衛を連れた御者さんが告げると、各自荷物を持って馬車に乗り込み始める。ちらりと見ると、護衛の仕事を受けたライラックさんが馬車後部の荷物置きに自分の荷物を置いているところに目が合った。低速とはいえ、さすがに荷物を背負って馬車に並んで歩くのは大変だから、護衛の荷物は馬車の後部に括りつける形になっている。軽く手を振ると向こうも返してくれた。

 そうして全員の乗車が済むと、ゆっくりと馬車は進み始めた。町中ではそれほど速度は出せないのだ。

 門を出る時、思わず振り返った。冬の間を過ごしただけとはいえ、ケイモンには色々と思い出がある。少し離れるだけだけど、懐かしさのようなものがこみ上げてきて、町を目に焼きつけておこうと思った。

 だから、馬車を追いかけてくる小さな人影を見つけた時は驚いた。

「待ってくれーっ、俺もついていく!」

 ケビンだった。大声に護衛も気づき、様子見のためか馬車が停車する。そこにケビンが駆け寄ってきた。

「ええと、お客様で?」

「あ、いや、金は無い」

「は?」

「ただ、一人旅って危ねえし、同行させてほしいってだけだからよ」

 照れ笑いするケビンに御者と護衛────当然、ライラックさんも戸惑うしかない。だけど、旅は道連れってのはこの世界では普通のことだ。魔物はいるし野盗も出る。旅人が集団で移動することは珍しくない。

 まあ、商人なんかが自分では護衛を雇わず、他の馬車の護衛をアテにしてくっついてくるのは『寄生』と呼ばれて敬遠されるけれど、ケビン一人なら寄生には数えられないだろう。

 予想通り、子供一人がついてくるというなら特に問題にはならないだろうと判断され、馬車は再び進みだした。

 早歩きで馬車の後ろからついてくるケビンと、ふと目が合った。

「なんだよ、勝手についていくだけだからいいだろっ」

「まあ、それについてはなにも言わないけど、その装備はどうしたのさ」

 装備を揃える金などなかったケビンが、今はそれなりに装備を整えていた。だけど硬革製ハード・レザーの帽子や鎧は明らかにサイズが合ってないし、腰のベルトに挿した短剣の柄は何度も修繕したような跡があった。あまり中身が入ってなさそうな背負い袋はツギハギだらけ。明らかに中古だけど、さて、中古でもケビンには手が出せないはずなんだけどなあ。

 疑問が顔に出ていたんだろうか、ケビンが得意げに胸を張った。

「ふふん。俺、これでもハンターたちの知り合いは多いんだぜ、雑用で稼いでたからな。そんで、ライラックさんについて行きたいけど装備も旅の道具も無いって相談したら、お古を譲ってくれる流れになったんだ。もちろん、仕事の報酬として、な」

 なるほど、だからこの数日、姿を見なかったのか。なんという執念、この諦めの悪さは認めるしかないなあ。

「さあ、お喋りはこれくらいにしようぜ。俺は先輩たちの護衛の仕事を観察しなきゃいけねえ」

 言い捨ててケビンは馬車の横に出て行った。護衛の人たちがどう動いているか観察するわけか。行動は行き当たりばったりな気がするけど、少なくともハンターとして学ぶ熱意はあるようだ。その熱意が良い方向に向かうことを期待しておこう。



 適度な休憩を入れながら馬車は進み、夕方には何事もなく最初の夜営地に到着した。街道が整備されていたので実に順調だった。

「……砦?」

「半分正解ね」

 夜営地と言われた立派な建造物に呆然としていると、馬車を降りてきたリモさんが荷物を手に笑った。

 目の前にある夜営地は直径三十メートルはありそうな円形の建造物だった。屋根はないけど壁は高い。入り口はひとつで中央は広場、外周に沿って馬屋と馬車置き場がある。

 中にはすでに別の乗り合い馬車や商人がいて、広場で思い思いにテントを張って夕食の準備を始めていた。

「ここは国境に近いですからね、もしもの場合に備えて街道沿いの夜営地は頑丈な建物にされたんですよ」

「文字通り、砦にするためですか」

「そう。……そうならないといいんだけどねー」

 隣国が攻め込んできた場合、街道を封鎖して迎撃することを想定しての建造物だったのか。それなら頑丈な造りも納得だ。まあ、砦として機能しない方がいいんだけど。ああ、そうか、国境にある砦に物資を運ぶ必要があるから街道が整備されていたのか。なるほど。

 さて、建物を見ていてもしかたない。乗り合い馬車の客は野営地では協力して食事の準備をするのが当たり前らしい、なので手伝いますか。

 ヨナとリモさんと一緒に鍋の用意を手伝う。ちなみに護衛の人たちは護衛だけで食事の準備をしている。まあ、今はお説教タイムになってるけど。

「保存食も持たずに旅に出るとか、旅を舐めてるのか?」

「いや、だから食べられるものを探しに……」

「必ず見つけられる自信があるのか?」

 ケビンが説教されている。聞こえてくる内容から、ケビンが食糧を持たず────正確には買う金がなかった────についてきたことについて叱られているようだ。ケビンは夜営地に着いたら近場で食べ物を探すつもりだったようだけど、簡単に見つかるなら保存食なんて必要ない。そりゃあ、説教されるよね。

 ただ、護衛には仕事がある。いつまでもケビンに説教してはいられない。

「俺たちは夜警の準備をしなきゃならん。……だから、ここの火の準備はお前に任せてやる」

「え?」

「戻ってきた時、すぐに食事ができるようになっていたら、お前にも食わせてやる。わかったな」

「お、おうっ、頑張るぜ!」

 なんだかんだで護衛たちもケビンを見捨てることはできないようだった。

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