第70話 憧れだけではハンターにはなれない

〇前書き

 いつもお読みいただいて感謝しております。

 そろそろストック分が少なくなってきたので、近く更新スピードが落ちるかもしれません。ご容赦くださいませ。

 それでは、本編をどうぞ。



〇本編

 突然のケビンの「弟子にしてくれ」攻撃には、その場にいた全員が驚きから動きを止めてしまった。それを幸いとばかりにケビンはライラックさんに弟子入りしたい理由を熱く語りだした。

 曰く、枯れ枝集めの時、獣から助けてくれた姿が格好良かった。

 曰く、邪魔者の接近を察知すると、素早く対処に走る姿が格好良かった。

 曰く、自分たちの護衛をしながら兎を狩る手際の良さに惚れた。

 曰く、ヨナを邪険にした時に叱ってくれたのが嬉しかった。

 などなど。

 ようするに、薪創りを手伝ってもらった時にライラックさんへの憧れが振り切ってしまい、ハンターになったらライラックさんみたいになりたいと決意しての弟子入り志願となったようだった。

 まあ、それはいい。だけどライラックさんは女剣士の形見を家族に届けるという目的がある。それが終わってから改めて話をしよう、とライラックさんは切り出したのだけれど、私とヨナが同行すると知ったケビンは納得しなかった。

「俺もついて行っていいですかっ!」

 どうしてそうなる。

「師匠のすぐ隣で色々と学びたいですからっ」

「いや、まだ弟子にするとは言ってないんだけどね?」

「どうしたら弟子にしてくれますか?」

「そうじゃなくて……。ケビン君、いいかな」

 ……え? ライラックさんの気配が変わった?

 温和な表情がすっと冷えて、幾多の戦いをくぐり抜けた歴戦の強者つわもののような顔に一変した。身にまとう空気もピリリと引き締まり、なんというかオーラのようなものを感じる。だけど周囲を圧迫するようなものではなく、なんというか……こっちから膝を折りたくなるような威厳を感じさせるものだ。

 これ、スキルなんだろうか。それともライラックさんが今までの人生で身につけたものなのか。なんにせよ、こうも劇的に雰囲気が変わるものかと驚くしかない。

 その変化は目の前にいたケビンと、隣にいた私たちはもとより、離れて様子を見ていた畑警備の人たちも感じたらしい。驚いて顔を見合わせている。わかっていない子供たちだけが、模擬戦ごっこで遊んでいる。うん、平和。

 ケビンはといえばライラックさんの変化についていけず、オロオロするばかり。

「君は簡単についていくと言うけれど、旅費はどうするのかな?」

「え、りょ、旅費?」

「そうだよ、ケイノまでは乗り合い馬車を使う。私は可能ならば馬車の護衛の仕事を受けるつもりだし、マイちゃんたちは馬車代を払えるだけの蓄えを持っている。……ケビン君はどうだい?」

 当然だけど、ケビンに馬車代を払えるはずもない。ライラックさんの指摘に視線を彷徨わせていたケビンは、しばらくして手を打った。

「お、俺も馬車の護衛を受ける!」

 うわー、ライラックさんへの憧れが強すぎて現実が見えていないじゃん。

「残念だけど、馬車や商隊の護衛の仕事を受けられるのはDランクからだよ。個人の護衛はEランクでも受けられないことはないけれど、それなりの実力を示さないと認められない。ハンターになったばかりでなんの実績もないケビン君には、どんな護衛の仕事もできない」

「…………」

「それにケビン君は装備もないんだろう? それなのに護衛をするというのは、残念だけど現実が見えていないと言わざるをえない。自分の実力と現状を把握できないハンターは早死にするよ」

 責めるわけでもなく淡々と、ライラックさんは事実を語る。夢や憧れだけでハンターはできない、そう言い聞かせているようだ。

 ……そういえば私とヨナに絡んできたおじさん。彼の仲間に話を聞く機会があったっけ。娘と同じような年頃の子供が憧れだけでハンターになり、実力もないのに無謀な仕事で死ぬのを防ぎたくて苦言を呈するのがおじさんの日課になっていたって。そんな事情は知らないから【魅了】であしらってしまったけれど、出会いが違っていたらいい先輩として慕っていたのかもしれないなあ。今さらだけどさ。

 だからケビンには、ライラックさんの言葉に耳を傾けてほしい。

 物思いに耽っていると、ライラックさんの話は終わっていた。ケビンはじっと地面を見つめていたけれど、やがて顔を上げて、

「でもっ、俺は「本当にすみませーん!」

 もの凄い勢いで駆け寄ってきたスピナがケビンの言葉を遮り、頭を鷲掴みにして思いっきりおじぎをさせた。……なにか、ゴキッともグキッともいえない鈍い音がしたような気がするんだけど?

「こいつ本当に意地っ張りでっ。言われたことは理解しているはずなんですけど、素直にハイと言えないんですよっ。ちゃんと言い聞かせておきますから今日のところはっ! 本当にごめんなさいっ」

 無茶苦茶な勢いでケビンに何度もおじぎをさせるスピナ。ケビンが抵抗できないくらいグッタリしてるように見えるけど大丈夫なんだろうか。

 ともかく、スピナの行動で場の緊張が解けたのは間違いない。この隙に私たちは孤児院を後にした。


         ◆


「……少しキツく言い過ぎたかな」

「そんなことないですよ」

 意味もなく通りを歩くことしばらく。ポツリとこぼしたライラックさんをフォローする。ライラックさんの指摘はごく当たり前で、ライラックさんが言わなかった私が言ってたと思う。でもまあ、吸血姫なんていうチート種族になってしまって、努力の過程をすっ飛ばした自分の言葉には重みなんてないだろう。だからライラックさんが言って良かったんだよ。

「そう言ってもらえると、ホッとするかな」

 小さく笑うライラックさんは、ちょっと可愛かった。

「ケビン君、諦めるかなあ?」

「ヨナ?」

「手合せしたからわかるんですけど、ケビン君、私たちが思う以上に諦め悪いと思うんです」

 立ち止まって孤児院を振り返るヨナに声をかけると、そんな言葉が返ってきた。そういえば、なかなかに諦めが悪かったよねえ。その根性がいい方向に向けばいいんだけど。

「ところで、すぐにでも出発します?」

 行き先は言うまでもない、女性剣士の故郷だ。だけどライラックさんは小さく首を横に振った。

「少しやることと準備があってね、二~三日待ってもらえる?」

「はい、了解です」

 文字を教えるのはライラックさんが戻ってくるまで、と伝えてはあったけど、あとで改めて孤児院には数日町を離れると連絡しておかないといけないなあ。

 ……ん? なにやらライラックさんがちらちらとこちらを見ている。なにか言いたそうにモジモジしているけど、ここ外ですからね、男のふりしてっ、ふりっ! 今のライラックさん可愛いすぎるからっ!

「っとと、ごめん。マイちゃんたちの前だと、つい素がでてしまう」

「気をつけてくださいね。それで、どうしたんです?」

「ああ、久しぶりにお風呂に入りたいな、と……」

 照れくさそうに言うライラックさん。なるほど、性別を偽っている以上、移動中は身体を拭くのも難しいものね。だから【マイホーム】のお風呂をご所望ですか、いいでしょう。最近、ハーブを湯に浮かべてリラックス効果も狙っているので、疲れた身体には良いと思いますよ。

「じゃあ、町の外に行きますか」

 宿をとるだけ無駄だし、かといって町の中で【マイホーム】を設置したら誰が入ってくるかわからない。森の中の大樹の上の方に扉を設置すれば、まず誰も入ってこないはずだ。あ、そうだ、【森魔法】を使って植物たちに扉を隠してもらえばさらにいいね。

 というわけで扉を設置。中に入るとライラックさんの荷物を受け取る。

「荷物は部屋に置いてきますよ、先に入っててください」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」

 お風呂は湯を沸かした状態で時間が止まっているから、いつでも入れる。ライラックさんは胸甲を外し、タオルだけ片手に浴室へと向かった。勝手知ったるなんとやら、だ。

 胸甲と武具一式、そして荷物をヨナと一緒にライラックさん用の部屋へと運ぶ。と、廊下をてくてくと歩いてきたのは熊のヌイ────もとい、地の精霊ロカーだった。

『なんじゃ、客人か?』

「「……あ」」

 ケビンのドタバタですっかり失念していた。【マイホーム】に精霊が同居していることをライラックさんに教えてなかった。


「ひゃああぁあぁぁぁっ! ちょっ、待って、そこはダメ……いやぁあぁぁ~~~っ!」


 浴室の方からライラックさんの情けない悲鳴が聞こえてきた。

 ……えーと、ごめんなさい。

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