第69話 模擬戦
「ケビンにーちゃん、頑張れーっ」
「ヨナおねーちゃん負けるなーっ」
「足元がガラ空きだぞ、なにしてるっ」
「腕だけで振るな!」
孤児院は時ならぬ熱狂に包まれていた。子供たちは当然、農作業指導者や人足────という名の畑警備員さん────たちまで一緒になって大騒ぎだ。その中心にいるのはヨナとケビン。ヨナは籠手だけを装備して身構え、ケビンは木剣を手に息を荒げている。ぶっちゃけ、模擬戦をしているのだ。
どうしてこうなったかといえば────。
「あーっ、Fランクにはなんで魔物退治の仕事がねえんだよっ!」
ハンター登録をして数日後。孤児院に戻ってきたケビンは機嫌が悪かった。
いや、ハンターになったら自立しないと。そう思ったけれど、子供たちもケビンが帰ってくるのが当たり前な顔をしているので、そこは私がとやかく言うところじゃないんだろう。ただ、依頼に関しては先輩として注意するくらいはしておこう。
「Fランクにはそもそも討伐依頼はないよ」
「なんでだよっ」
「ハンター登録の時に説明受けたんでしょ?」
すいっと視線を逸らすケビン。こいつ、聞いてなかったんだな。大方、ハンターになれた喜びでうかれてたんだろう。しょうがないなあ。
「ハンター登録には、基本的に年齢の制限はないから、最初は危険な魔物討伐依頼はないんだよ」
私がそうだったように、十二歳以下でもハンター登録はできる。だけど幼くしてハンター登録する者は、多くは日々の生活に困るような孤児たちの代表だ。すべての町に孤児院があるわけもなく、路上生活を余儀なくされる子供たちの代表が、少しでも仲間に楽な生活をさせてやろうと仕事を求めてハンターになる。
当然だけど、そんな孤児に戦いの経験や知識があるはずもなく、装備を揃える余裕もない。だけどFランクに魔物討伐依頼があったりすれば、己の実力を顧みずに一攫千金を夢見て無謀な戦いを挑む者が出てくるのは簡単に想像できる。無駄な死人を出さないためにも、Fランクには戦闘系の依頼は設定されない。
ハンターズギルドで聞いたはずの説明を、改めてケビンに聞かせた。……納得してない顔してるなあ。
「ゴブリンくらいなら負けねーのに」
どこからくるんだ、その自信は。
あ、あれか。タブレットを買っただけで漫画が描けると思っちゃう人とかいたけれど、その類かな。ハンター登録しただけで強くなったと錯覚してるのか。それはとても危険だ。
「あんたバカ? 前にも言ったけどマイに簡単に捕まってたでしょ。それなのにゴブリンにどうやって勝つのよ」
「う、うるせえっ、今なら負けねえよっ。なんなら証明してやる」
私がなにか言う前にスピナが再びツッコミ、ケビンの反論にこっちを見た。やだなあ、面倒くさいよお。
予想通りケビンがこっちにやってきた。
「よし、マイ、勝負だ」
「……しょうがないなあ。じゃあ、単語の書き取りで勝負しようか」
「ちょ、待ていっ! それじゃ勝負にならねーだろうがっ」
「計算でもいいよ?」
「だーかーらっ!」
「じゃあ、料理」
「はぐらかすな!」
あーもー、しょうがないなあ。
多分だけど、ケビンも自分がゴブリンに勝てないってわかってると思うんだよねえ。だけどそれを認めることもできないんだろうなあ。放置しておけば引くに引けなくなって、本当にゴブリンに突撃していきかねない。ここは自分の力量を自覚させた方がいいのか。……面倒だなあ。
「私がお相手します」
「ヨナ?」
「マイ様の手を煩わせる必要はないです」
ヨナがケビンの前に立ちはだかった。身長では負けているけど、なんとも力強いものがある。いつの間にこんなに頼もしくなったんだろうか。
正直ヨナでもケビンには荷が重いと思うけれど、相手としてはちょうどいいのかもしれないな。よし。
「じゃあ、ヨナに任せるね。……ケビン、ライラックさんも言ってたと思うけど、剣士になりたいなら基礎が大事だから。ヨナに負けたら、地道に仕事をこなしながら剣の練習に打ち込むって約束してよね」
「……わかったよ。じゃあ、俺が勝ったら、俺とパーティー組んでくれよな」
「……いいよ」
こうして、突発的にヨナとケビンの模擬戦が始まったのだった。
そして始まった模擬戦なのだけど。
「……ヨナ、強いのね」
「少なくともゴブリンには負けないね」
実力差は明らかだった。
ケビンが気合いとともに木剣────しょうがないから【クリエイトイメージ】で創ってあげた練習用────を上段から振り下ろす。だけどヨナは敢えて一歩踏み込み、ケビンの手首を掴むと身体を開きつつ手首をひねった。ケビンの身体が面白いくらい鮮やかに宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。私が教えた合気道の技を練習してるみたいだ。
「ケビン、わざと跳んでない?」
スピナが
「ちくしょーっ!」
痛みに顔をしかめながらも立ち上がるケビン。もう何度投げ飛ばされたかわからなくて、全身土まみれなんだけどまだ立ち上がる。根性は認めてあげてもいいかもしれない。でも根性だけじゃ勝てないんだなあ。
そんなケビンの姿に子供たちは大はしゃぎだけど、スピナだけがイライラしているような?
「あのバカ、そんなにマイと……一緒したいっての?」
「うん? なにか言った?」
「な、なんでもないっ」
慌てて横を向く。なんだか挙動不審だなあ。今日は私とヨナのキスは見てないはずだし……女の子の日か?
その時、「ああっ!」と声があがった。模擬戦の場に視線を戻せば、とうとうケビンが地面に寝そべったまま立てなくなっていた。そんなケビンに向かって、ヨナがペコリを頭を下げる。勝負が終わった合図だ。
「私の勝ちですね。約束通り、剣の練習に励んでください」
ケビンは答えなかった。片腕で目の部分を隠して黙っている。ひょっとしたら、泣いているのかもしれない。
ヨナは私の方に歩いてくる。それと入れ替わりにスピナがケビンに駆け寄っていく。なにか言っているようだけど、聞き耳をたてるのはよろしくないな。ヨナと一緒に距離をとった。
「お疲れ様」
「ケビン君に悪いことしちゃいました。私は獣人で、人間より力が強いのに……」
撫で撫でしてあげると、嬉しそうにしながらも複雑な顔をした。
確かに獣人は人間より身体能力は高い。だけどヨナは私の奴隷になった頃から身体を鍛えてきた。多分、私の役に立ちたいがために。そしてライラックさんや私から戦い方を教わり、真面目に練習を重ねたのが今なんだ。努力の結果なんだから胸を張っていいと思う。
そう告げると、照れくさそうにだけど笑ってくれた。うん、可愛い、あとでモフらせろ。
でもまあ、これでケビンも真面目に剣の練習に励んでくれれば、不幸な死に方をする確率も減ると思うし、良かったんじゃないかなあ。
視線を向ければ、畑警備の人たちがケビンになにやらアドバイスしているようでもある。ハンターは忙しいけれど、彼らなら孤児院に常駐するから、その気になればいつでも稽古をつけてもらえるんじゃないかな。身近に学ぶべき人が来てくれたのは幸運かもしれない。
「あれっ、ずいぶんと賑やかだね」
不意に、門の方から知った声が聞こえてきた。振り返るとそこには────。
「ライラックさんっ、いつ帰ってきたんですか!?」
先月、護衛依頼に出発したライラックさんがいた。ヨナと一緒に駆け寄る。
うん? 少し髪が伸びたかな。後ろで一つに束ねている姿は、性別を知っている自分にはいくらか女性っぽく見える。
「ついさっきだよ。マイちゃんがいるなら
「髪、伸ばしてるんですか?」
「あ、いや、切ってる暇がなかっただけなんだけど……変かな?」
「似合ってますよ」
「はい」
ヨナも同意する。男性でも後ろ髪を束ねている人は珍しくないし、美形なのは変わらないから変に思われることはないと思う。
照れるのか視線を外したライラックさんは、ケビンを中心にした人だかりを再確認した。
「なにかあったの?」
「ああ、実はですね」
ケビンがハンターになってからの顛末を話して聞かせる。聞き終わったライラックさんは苦笑しながら、どこかホッとしていた。
「これで、基礎を大切にしてくれればいいんだけどね」
「畑の警備に来た人たちは実力もあるでしょうし、彼らから戦い方を教えてもらえればいいんですけどね」
そんなことを話していると、背後でケビンの「あーっ!」という声が聞えた。振り向けばケビンがこっちにもの凄い勢いで走ってきた。
「ライラックさん、お願いがあります!」
「うん、なにかな?」
「俺を……弟子にしてくださいっ!」
……は?
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