第68話 精霊に下着は必要か

 月が変わった。ハッピバースデー・ヨナ~♪

 この数ヶ月、私に仕えてくれてありがとう。……うん、なにか背が伸びた? おかしいなあ、私の方が少し高かったはずなのに並んでる。もしかしなくても私、伸びて……いない?

 嘘だっ!

 いや、現実を見ろとか言われましてもね。……うん? 胸に身長の分の栄養がいってるんだろうって? うるさいわっ。

 きっと……きっと成長期が遅いだけだよ、うん。きっとそう。ブラジャーのサイズが上がってたりはしない、してないったらしてない!

 あ、ヨナへの誕生日プレゼントはブラジャーにしたよ。露骨な話題変更? さて、なんのことやらっ。

 ヨナの胸が少しずつ大きくなってきたからね、そろそろキャミソールも卒業だろうと。なので可愛いデザインのをたくさん創ってプレゼントしましたとも、はいっ。

「マイ様、とても嬉しいんですけど……少し動きにくいですぅ」

 おっと、張り切りすぎてフリルやらなにやらを少々・・つけすぎちゃったかな。しょうがないからシンプルなデザインのを追加でプレゼント、と。ヒラヒラいっぱいな方は、まあ……吸精の時にでも着けげふんげふん。

 まあ、ヨナが喜んでくれるのは嬉しいからいいんだけどね。うん、いいんだけどね?

『……どうして君たちも欲しがるのよ』

『いや、あまりに二人が楽しそうなのでな』

『人間の衣装がどんなものか、ふと興味がわきまして』

 ロカー以外の精霊たちが、なぜだか下着を欲しがった。精霊が身にまとう衣装は精霊の力そのもので着ているものではない。なので、下着をプレゼントされて喜ぶヨナを見ていたら自分たちも下着をつけたくなったと言うんだけど……もの凄い人間臭いなあ、本当に。

『でも、下着の材料は植物なんだけど、ドリアードとしてはいいの、それ?』

 植物の精霊でもあるドリアードにしてみれば、植物の亡骸で創ってるようなものなんだけど、いいのかなあ。そう思って訊いてみたら。

『ふむ。材料を見せてくれ』

『これだけど』

 倉庫に保管されている綿を取り出す。【マイホーム】内だと念じるだけで場所を問わずに手元に出せるから便利だよね。

 綿を観察していたドリアードは、やがて小さく頷いた。そしてなにかを呟くと……。


 ポンポンポンッ!


 まるでポップコーンが弾けるように、ドリアードの掌から綿が溢れ出してきた。え、ちょ、なにしてるん?

『これで足りるだろうか』

 ドリアードの足元には綿が山を成している。シルフが面白がって吹き飛ばしているけれど、後でちゃんと拾えよ?

『十分足りるけど、なにをしたんです?』

『なに、複製しただけだ。お主もできただろう? さて、マナを大量に消費したから、少し休ませてもらう』

 言うだけ言ってドリアードは大樹の中に消えた。

 いや、ちょっと、複製とかそんな簡単に。

『基本、私たちは自分の属性に合わせた自然ならば増やしたり消したりできますわ。人間に言わせると、無から有を生み出す、とかですけれど』

 ウンディーネが補足してくれる。なるほど、ドリアードは下生えを異様に伸ばして拘束に使ったりしてたし、ウンディーネも水の量を加減したりしている。明らかに質量保存の法則を無視する現象を、精霊は普通にやっちゃうのか。恐ろしすぎるでしょ。

『無論、意味なく行ったりはしませんわ。私たちの存在理由は自然の維持ですもの』

『……私もできる?』

『人間が単独で行うのは無理でしょうか。でも、精霊の助力があれば、多分あなたならできますわ』

 自分も【クリエイトイメージ】で似たようなことはできるけれど材料が必要だ。だけど精霊さえ説得できれば、無から有を生み出し放題ってことか。それは凄いな。凄いけど……。

『できれば、そうしないようにしないとな』

『あら、どうしてですの?』

『なんていうか、その……あとで一気にシワ寄せが来そうじゃない?』

 この世界には魔法がある。魔法を使えば自然の摂理や物理法則を無視できるのはすでに経験済みだ。だけど、あまりに自然の法則を無視し続けていると、いつか手酷いしっぺ返しを食らいそうで怖い。それが自分ひとりに降りかかってくるなら、まあ、甘んじて受ける覚悟があればいいんだろうけど、自分の周囲に降りかかるようなのは勘弁してほしい。

 いや、ひょっとしたら……。

『時々起る自然災害────竜巻や洪水とか、さ。あれって、そういうシワ寄せだったりしない?』

 世界中の魔法使いが魔法を使い、世界の法則を傾けた結果、災害という形でしっぺ返しが来ているんじゃないか。なんとなくそんな想像をしてしまった。

 ウンディーネはニコニコと微笑むだけで、答えてくれなかった。

 怖いよっ!

 背筋に寒いものを感じながらも、リクエストには答えることにした。大量の綿がもったいないしね。

 ただ、ブラジャーを創るとなると対象のサイズを測らないといけないんだけど。

『さあ、どうぞ遠慮なく』

『あはは~、どんとこ~い』

 素っ裸で自分の胸を触らせようとする精霊たち。恥じらいがないなっ! いや、測るって、ちゃんとメジャーとか使うからね!?

『私も測れるの?』

『うむ。私は?』

 ルーモとマルーモの二体が訊いてくる。いや、普通に測れ……眩しい&真っ暗でトップがどこかわかんないじゃん!?

 ……結局、二体は手探りで胸の位置を確かめなくてはならなかった。

『あんっ、くすぐったい』

『あ……そこを触られると……』

 変な声を出すんじゃないっ!


         ◆


 孤児院での勉強会は順調に進んでいる。年少の子の集中力に不安があったけれど、勉強をサボると私に構ってもらえなくなるという話が子供たちの間に広がり、妙に集中力が高まっているようだった。もっともそのせいで、勉強を頑張ったら抱っことかなでなでしてあげないといけなくなってるんだが……おかしいな、どうしてこうなった。

 私もハンターとしての仕事をしないわけにはいかないので定期的に文字を教えるわけにはいかないのだけれど、日常会話に必要な単語を早々に覚えたスピナが教える側に回ってくれたのでいくらか楽になった。本当、目的があると覚えるのも早いね。

 スピナと、他に覚えるのが早かった子たちには簡単な計算も教えることにした。今すぐに金銭の絡んだ交渉をすることにはならないだろうけれど、スピナがオーベットさんに認められてここの畑を任されるようになるには計算能力は必須だ。他の子も覚えて損はないはずだし。

 そうこうしているうちに、畑仕事を手伝う人足がオーベットさんから追加で派遣されてきた。表向きは農作業者だけど、あれは畑を守る人たちだと思う。身体の鍛え方が違うし。さすがオーベットさん、行動が早い。

 ……まあ、今の甜菜は防衛能力持ちなので大丈夫なんだけどね。ははは。

「はっはっはーっ、これで俺もハンターだぜいっ」

 さて、そんな日々を過ごしている間にケビンは無事に十二歳となり、ハンターズギルドに登録に向かったようだった。登録料のためにちゃんとお金を貯めていたのは褒めてあげよう。だけど勉強部屋に乗り込んできて、ハンター証を掲げて大声で叫ぶのは許さない。

「ヨナ」

「はい、マイ様」

 ヨナが問答無用で部屋から放り出した。嬉しいのはわかるけど勉強の邪魔をするんじゃないっ。

「なにするんだよっ!」

 うわっ、すぐ戻ってきた。

 子供たちもハンター証が見たくてしょうがないようで、わらわらとケビンに群がっていく。ああ、もう、しょうがない。少し休憩にするか。

 ケビンが見せびらかすハンター証は、当たり前だけどFランクのものだ。若葉マークくっきり。まあ、いい、使わせてもらおう。

「はい、みんなー。ここ、なんて書いてあるかな?」

「えっと……あ、ケビンの名前だー」

「はい、正解。ここにはハンター登録した人の名前が入るのね。じゃあ、この下は?」

「えーと……Fラ、ンク?」

「はい、正解。ハンターには上からS、A、B、C、D、E、Fとランクがあって、ハンターになったばかりのケビンは一番下からスタートなんだよ」

「やーい、ケビンは一番下~」

「んだと、こらあっ。すぐにSランクになってやるからなっ!」

 チビッ子相手に啖呵を切るケビン。うん、まあ、頑張れ。Sランクって世界規模の危機を乗り越えるために尽力した一部の人間にだけ与えられる名誉階級で、平時は絶対になれないランクなんだけどね。

 まだなにも知らないケビンを生温かく見守っていると、チビッ子に袖を引かれた。なにかな?

「マイおねーちゃんのも見たい」

「いいよ。ヨナも出して」

「はい、マイ様」

 自分とヨナのハンター証を見せてあげる。ケビンと違って小さな木のマークだということに、子供たちは気づいた。

「あれ~? ケビンのと絵が違うよ」

「あ、本当だ。……Eランク? って書いてある」

「ヨナおねーちゃんもEだねー」

「わーい、ケビンはマイおねーちゃんより下だー」

「なんだってぇっ!?」

 信じられない、とばかりにケビンが私たちのハンター証を奪い取って自分のと見比べる。まあ、何度見比べてもランクが違うんだけどね。

 私とヨナがランクアップしているとは思っていなかったのか、なにやら落ち込んで固まってしまったケビンの姿は、なんとも弱々しく見えた。

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