第67話 文字を教えることになりました

 不審者が捕まった。

「俺がふん縛ってやったんだぜっ」

 木の棒を肩に担いだケビンが胸を張る。なぜそんなに偉そうなのか。

 ケビンやスピナの話をまとめると、早朝、水汲みに外に出たマヘリアさんが畑の近くで倒れている不審者を発見。男が持ち込んだであろう大きな水袋には刺激臭のする液体が入っていた。怖くなった子供たちは衛兵を呼びに走り、不審者に逃げられては困るといって、ケビンが拘束したらしい。眠って無抵抗な人物を拘束しただけで、どうしてそこまで胸を張れるのやら。

 ただまあ、甜菜にかけた森魔法【眠りの霧】の効果は証明された。これで甜菜に危害を加えようとする人物は近づくこともできないだろう。

 なぜ、植物を操る森魔法で睡眠、と思うかもしれないけれど、植物は様々な化学物質を放出することは科学的に証明されている。抗菌物質であったり刺激物であったり。変わったところだと、害虫の天敵を惹き寄せる成分を出したりもする。そういった植物の持つ能力をちょっと変えてあげる魔法なわけだ。その気になれば毒物も出せるらしいけれど、さすがに使う気にはなれないなあ。

「なんかね、その男が持ってた水袋の中身、植物に有害な液体だったらしくてさ。畑に撒かれてたら甜菜は枯れてただろうって、衛兵さんが教えてくれたの」

 そう言ってスピナが身震いする。明確な悪意が身近に迫ったとなれば、そりゃあ怖いだろう。安心させるために、なんとなく頭を撫でてあげたら困ったような、でも嬉しそうな、なんともいえない顔をされた。あ、こらヨナ、引っ張るんじゃないの。やきもち焼かないのっ。

 とりあえず農作業指導者の人がオーベットさんに報告するらしいけれど、念のため私からも商会を通じて報告しておこうかな。いや、だって、甜菜を盗みに来たのならまだしも明らかに妨害しに来てるし。どう考えてもオーベットさんに敵意か恨みがある者がバックにいるはずだ。対策は早い方がいい。

 今後の予定を考えていると、ケビンが話しかけてきた。

「なあ、マイ。俺、ハンターになるんだ」

「そうらしいね。まあ、頑張れ」

「でよ……、俺がハンターになったら組まねえ?」

 は?

「いざとなったら俺が守ってやるからよ」

 はあ?

 なにか言う前にスピナの突っ込みが炸裂した。

「あんたバカ? マイに取り押さえられたの忘れたの?」

「んなっ!? あ、あの時の俺とは違うんだよっ」

 誤魔化すように木の棒をぶんぶん振り回す。うん、まあ、こちとら吸血姫というチート種族だ、ケビンに守ってもらう必要はないなあ。というか多分、今のケビンはヨナにすら勝てないんじゃないかな。ライラックさんから剣術と、私から合気道を学んでいるヨナは、真面目な性格もあってかメキメキと腕を上げている。年齢の割に相当強いぞ。

 まあ、それ以前に。

「それはいいけど、ケビンは字が書けるの?」

「うっ!」

「ハンター登録のための用紙、自分で書き込まないといけないよ。それに依頼書も読めないと仕事もできないよ」

 さっきまでの威勢の良さはどこへやら、ダラダラと汗を流し始めるケビン。スピナも視線を彷徨わせているなあ。まあ、孤児院で文字を勉強する余裕はないもんね、しょうがない。

「……ねえ、マイは読み書きできるのよね」

「一通りね」

「教えてもらうわけにはいかない……かな?」

 申し訳なさそうにスピナ。隣でケビンが、その手があったか、という顔をしているけど、すぐには賛同しないでいる。さすがにあつかましいと思っているのかな。

「オーベットさんに雇ってもらえたとしてもさ、指示通りに作物を育ててるだけじゃお金も稼げないし。でも、読み書きできれば、少しは地位も上がるでしょ?」

 孤児院のため、自分のため、目指すものが明確になったんだろう。とてもいい顔をしている。

 あー、そんないい顔をされたら応援したくなるじゃないか。しょうがないなー、もう。

「……ライラックさんが戻ってくるまでなら構わないよ」

「いいの(かよ!)!?」

 二人の声がかぶった。

「あ、でも……マイにはなんのメリットもないよね」

「バカ、お前。せっかくいいって言ってるんだから甘えろよ」

「あんたは少し遠慮ってものを覚えなさい!」

 ぎゃいぎゃいと喧嘩を始める二人。なんだかんだで仲いいよね。

 まあ、確かに私にはメリットはないんだけど……って、横でヨナがニコニコしているんだけど?

「やっぱりマイ様って、困ってる人を見捨てられないんですね」

「うっ……」

 否定できないなあ。いつかきっと、この性格が災いして酷い目に遭いそうだ。

 キラキラしたヨナの瞳から逃げるようにして、二人と授業のスケジュールを組むことにする。孤児たちは大抵、町で雑用をこなしながら日銭を稼いでいる。だけど好きに仕事を探しに行っているので、これからは仕事組と授業組とに分けて効率よく勉強をしてもらうように調整した。ヨナも日常で使う言葉は読み書きできるから、二人で教えればなんとかなるだろう。

 こうして、孤児たちに読み書きを教えることになった。



 授業は孤児院ですることになった。空き部屋を掃除して即席の机を設置すれば形はできた。

 問題は筆記用具かな。材料さえあれば紙は【クリエイトイメージ】で創れるけれど、高価な紙をほいほいと用意したら、それはそれで問題だ。できれば使い捨てじゃなくて、何度も使える物を用意したい。で、色々考えた結果、木枠に砂を敷き詰めた物を用意した。砂を適度に濡らして木ペンで文字を書く。丁度砂浜に絵を描くようなイメージだ。これならヘラで表面を撫でれば字を消せる。何度でも書けるはずだ。

 授業だけでなく道具まで用意されてマヘリアさんやスピナは恐縮していた。どうにかお礼を、とか言っていたけれど、授業料をもらうわけにもいかない。いや、普通ならもらうべきなんだろうけど、いくら借金がチャラになったとはいえ孤児院の経営が苦しいのは変わりないのだ。追い打ちをかけるわけにはいかないだろう。なので、

「スピナが出世して甜菜栽培の責任者になったら、砂糖を安く売ってちょうだい」

 と言っておいた。スピナのやる気が目に見えて上昇したようだった。

 なお、授業を受ける子供たちの割り振りはスピナたちに任せた。一緒に勉強するのにも相性とかあるだろうし。

 そんなわけで初日。参加者はスピナとケビンを含めて十人。まずは基本文字、日本でいう「あいうえお」から教える。前の壁に基本文字の一覧を貼りつけ、音読しながらひたすら書き取り。まあ、この一覧はずっと貼っておくからいつでも自習はできるだろう。

 ひたすら書き取りも退屈だろうから、ある程度経ったら自分の名前を書いてもらう。やはり自分の名前を書けるって特別だもんね。

 集中力が凄いのがスピナ。言いだしっぺというのもあるだろうけど、将来のビジョンが明確になったからか、書くペースが他の子とは比較にならない。ケビンはちょっと面倒くさそうだったけれど、ギルドの書類に名前を書かなきゃいけないってことから割と頑張ってるんじゃないかなあ。

 だけど当然、集中力の続かない子もいる。

「うあ~っ、もうやだあっ!」

 木ペンを投げ出したのは年少の子。年齢的にも同じことの繰り返しは辛いのはしょうがない。だけど、いつまで授業ができるかわからないんだから、できる時に頑張ってほしいと思う。

「ん~、もう無理なの?」

「だって、つまんないんだもんっ」

 そう言って席を立とうとする。

 う~ん、基本文字を覚えたらクロスワードみたいな遊び感覚で言葉を覚えてもらえたらなあ、と思っているんだよね。だからスタートで諦めないでほしいな。

「そうかー、途中でやめちゃう子は甘えさせてあげられないなあ」

 その言葉に席を立った状態でフリーズする。泣きそうな目がこっちを向いた。

「……マイおねーちゃん、もう抱っこしてくれないの?」

「だってねえ、私が頑張って教えようとしてるのに、つまらないと言われたら傷ついちゃうなあ。きっと、私の抱っこもつまらないよね」

「そんなことないもんっ!」

 叫ぶなり席について猛然と書き取りを始める。うんうん、頑張ってくれ。

 ご褒美に頭を撫でてから別の子の様子を見に行こうとするとスピナと目が合った。

「最近、マイの方が懐かれてるよね」

 ちょっと拗ねたように唇を尖らせる姿は可愛いけど、申し訳なくもある。私が子供たちに懐かれているのはスキルの影響だしね。ずっと子供たちの世話をしてきたスピナの方が褒められるべきだ。

「私は、いつまでこの町にいるかわからないよ」

「え……」

「だから、自信を持ってほしいな。私がいなくなった後、小さな子が頼れるのはスピナなんだから」

 そう言って頭を撫でてあげると俯いてしまった。照れてるのか、困っているのか、それとも別の理由があるのかは、わからないけれど。

 だからヨナ、焼きもち妬いて引っ張るのはやめるのだ。

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