第66話 ルールが無いと私が保たないっ

 【マイホーム】内でのルールを決めた。

 いきなりなに? と思うだろうけど、とにかくルールを作らないとこっちの精神が保たないのがよくわかったのだ。

 精霊とは会話ができるけれど、彼女たちは人間じゃない。なので人としての常識やプライバシーなんてものにはまったく配慮してくれなかった。


『なにをなさっているんですか?』


 夜。ヨナから吸精している時、ふと気配を感じて横を見たら精霊たちがベッドの脇でかぶりつきしていた。

 わかる? 恋人とキスしていたら、すぐ隣で子供にガン見されていたような恥ずかしさが。

 夜、夫婦で愛を確かめていたら子供が起きてきてバッチリ見られちゃったような気まずさがっ。

 私もヨナも、そりゃあ悲鳴をあげますわ。

 あとで知ったんだけど、精霊は壁とか普通に通り抜けるとのことで、どうりで扉を開ける音もしなかったわけだよ!

 精霊たちには私の正体を教えていないから吸精とか説明できないし、正直どうしようかと頭を悩ませたものだ。

 いや、そもそもどうして夜中に私の部屋に来たのか。

『いやなに、これから同じ場所で過ごすのだから、人間の生活を知っておきたかったのだ』

『なにか失礼があってはいけませんしねえ』

 今この状況が失礼だよっ! みんな、そこに座りなさいっ。

 半ばブチ切れ気味にプライバシーというものについて説明し、そのままルール作りへと移行。気がつけば朝になっていた。眠い。

 さて、どんなルールを作ったかといえば、なんのことはない。


・生活エリアには決められた出入口から入ること。

・各部屋に入る際にはノックして中にいる者の許可をもらうこと。

・人間との入浴は精霊一体ずつで、ローテーションを組むこと。


 それだけだ。

 箱庭に虫を持ち込んだため、生活エリアとの境には壁を作った。そして数ヵ所に出入口を設置した。大きな鐘がついていて、開けると喫茶店みたいにカランカランと鳴る。こうすれば精霊が入ってきたことがわかるしね。

 基本的に精霊たちは箱庭にいるんだけど、【マイホーム】内は自由に歩き回ってもいいとは思うのだ。プライバシーを守ってくれれば。ただしスリッパは履け。

 プライバシーは説明するのが難しかったんだけど、自分が支配しているエリアに他の精霊が勝手に入ってきたら嫌でしょ? と例えたらわかってくれた。

 あと入浴についてなんだけど、どういうわけか精霊たちは入浴を気に入ったみたいで、また一緒に入りたいと言ってきた。とはいえ、全員で入ってこられると私が保たない。綺麗好きなのかどうかは知らないけれど、全身くまなく、隅々まで、あーんな場所やこーんな場所まで丁寧に洗われてしまって気持ちいげふんげふん、疲れるのだ。お風呂はゆっくり入りたいんだよお。

 あ、ちなみにマルーモが一緒に入浴すると真っ暗になるから、残念ながらヨナは一緒できなくなる。悲しそうな目をされてもヨナは真っ暗闇じゃ見えないんだからしょうがない。その分、ベッドで可愛がってあげるからね。

 ヨナと二人の城だった【マイホーム】は、こうして一気に賑やかになった。中級の精霊たちは予想以上に人間臭かったのだった。

 だけどまあ、精霊魔法についてレクチャーしてくれるので、結果的にはプラスなんだろう。


         ◆


「不審者?」

「そう、私たちが甜菜を育てているのを門のところからジーッと見てるやつがいるの」

 数日後。孤児院を訪れるとみんなが不安そうにしていたので事情を聴くと、スピナが不審者情報を教えてくれた。今は【索敵】にそれらしい反応はないけれど、気がつくと物陰から様子を窺っているという。

「いつから?」

「ん~……、ああ、オーベットさんがいなくなってからかな」

 オーベットさんは商売があるため、甜菜の移植が終わったタイミングで別の町へと向かった。手配していた農作業指導者が到着するのと入れ替わりに、だ。

 ふ~む。オーベットさんがいなくなるということは護衛も一緒にいなくなるわけで、そのタイミングで様子を窺うとなれば、嫌な予感しかしないなあ。

 ちらりと畑を見る。育てているのが甜菜だとは一般に知られてはいないはずだし、甜菜の価値も知られてはいないはずだ。

 ……あー、でもそうか。オーベットさんは有名人だし、その有名人がわざわざ孤児院に足を運んでなにやら栽培を始めたとなれば、それがなにかはわからなくても注目は集めるかもしれないな。主に同業者の。単に情報を盗もうとしているなら、まだいいけれど、商売敵が妨害とかに乗り出して来たら大問題だ。

 本格的に甜菜が栽培されるようになればオーベットさんも甜菜を守るために対策を講じるだろうけど、まだまだ栽培を始めたばかり。だけど、事が起きてからじゃ遅いし、なにか対策が必要かもしれない。

「そういえば、ケビンはどうしたの」

 不審者がいると知れば無駄に張り切りそうだけど姿が見えない。スピナが苦笑した。

「あー……、裏手でチャンバラしてるんじゃないかな」

「チャンバラ?」

「いや、あいつもうすぐ十二歳なんだよね。誕生日がきたらハンター登録するんだって、同い年の面々を集めて我流で練習してんの」

 ああ、そうか。簡単でも仕事を任されるようになる十二歳になると、たいていの孤児は孤児院を出ていく。ケビンはハンターの道を選んだのか。

 多分、ライラックさんの影響なんだろうけど、まあ、私がどうこう言えることでもないよね。

「スピナはどうするの?」

「私は……ハンターとか柄じゃないなあ。ここで甜菜を育ててる方が性に合ってるよ。頑張れば雇ってもらえるみたいだし」

 私の願いをオーベットさんは汲み取ってくれたようだ。いずれここが孤児院ではなく、甜菜栽培地のひとつになればいいな。



『というわけで、なんとかできないかな?』

 周囲に人影がないのを確認してから畑脇の木に【マイホーム】を設置、扉越しに精霊たちに意見を求めた。自然の代弁者たる彼女たちなら、畑を守るアイディアがもらえるかと思って。

 しばらく甜菜畑を見つめていた精霊たち。最初に口を開いたのは熊のヌイ……もとい、地の精霊ロカー。

『土がまだ痩せておるな。それに硬い、このままではうまく育たぬやもしれん』

 う、そこからか。確かに今まで雑草しか生えてなかった場所だから、作物の生育に適切な土地には遠いだろう。落ち葉とか放り込んでいくらかは改善したけど、放棄地を改善するには時間がかかるものだ。

『まあ、せっかくじゃ、お主がこの土地を豊かにしてみい』

『ちょっ、まだやり方しか教わってないですよ?』

『いつか本番はくるものじゃ。今日がその日というだけのことよ』

 あー、まあ、確かに。いつか本番はくるもんね。やれやれ、しょうがないなあ。

 畑に手をつけ、土の精霊に呼びかける。

『母なる大地を守護せし地の精霊よ、わが呼びかけに応え、この地に祝福を与えたまえ……』

 呼びかけながら精霊の気配を探る。中級精霊に直接レクチャーされているとはいえ自分はまだまだ初心者、エルフや精霊士が一瞬で察知できる精霊の気配も、集中して探さないと見つけられない。何度も何度も呼びかけながら畑にいるであろう土の精霊の気配をひたすら探す。

 ────あ、いるかも。

 微かに感じた気配に神経を集中させる。……うん、多分間違いない。その気配にマナを送りながら、再び呼びかける。どうか、この地に祝福を────。

「……あ」

「わあ……」

 ヨナの感嘆の声。手をついた場所から同心円状に柔らかい光がひろがる。一瞬後には光は消えたが、だいたい半径五十メートルはあるかな? 建物の方まで広がったよ。

 ロカーを見ると、腕組みをして頭部をひねっている。あれ、うまくいかなかった?

『いや、うまくいったな。地力がかなり向上した、よほどの天災でもない限り野菜が枯れることはあるまいて。……じゃが、お主はどれだけのマナを下級精霊に与えたんじゃ? ここまでの範囲に祝福など、なかなかできるものではないぞ』

 おう、やりすぎた? マナはたんまりあるから、ちょっと張り切りすぎたか。まあ、大は小を兼ねると言うし、いいんじゃないかな。

『それでは、次は私だな』

 ロカーと入れ替わりにドリアードが前に出る。

『野菜に悪意を持って近寄る者を感知し、防御物質を放出する魔法を教えよう。麻痺と睡眠、どちらが良い?』

『……睡眠で』

 こうして、甜菜に害意を持つ者を眠らせる甜菜が生まれたのだった。

 ……あれ、もしかしなくてもかなりヤヴァイ野菜じゃね?

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