第63話 真っ直ぐな言葉は照れるというのに

「マイ様、なにをしてるんですか?」

「あ、起きちゃった?」

 ドリアードに邪精霊士の情報を伝えたその日、孤児院に泊まることになった。甘えてくる孤児たちを全員寝かせたあと、台所で思いついたことを試しているとヨナに声をかけられた。起こさないように抜け出したはずなんだけど、気づかれてしまったか。

「野菜……ですか?」

「うん、ちょっと試してみたくて」

 まな板に置かれた葉野菜を見つめる。使用しているのはEXスキル【解析】と【スキャン】。この二つのスキルを併用することで、対象の構造まで見ることができることに気づいた。【解析】単体だと、今までなら『葉』、『根』、という具合で各部の名称や効能が表示されたのが、【スキャン】を併用すると『道管』や『成長点』、果ては繊維の向きすらわかる。高性能なMRI画像みたいなものだ。

 この画像を記憶に留めながら……【クリエイトイメージ】!

「あっ」

「あちゃあ……」

 まな板の隣に形の歪んだ葉野菜が現れる。食べるには問題ないけど、これじゃあダメだな。

 その後も何度か試してみるものの、やればやるほど形が崩れていく。う~ん、【解析】と【スキャン】で見えたイメージを細部まで覚えておけないものだろうか。

 もはや奇形と化した葉野菜とにらめっこしていると、すっと水の入ったコップが差し出された。

「根を詰め過ぎですよ、マイ様」

「ん、ありがとう」

 ヨナからコップを受け取り喉を潤す。冷たい水が全身に染みわたるような錯覚。思ったより喉が渇いていたんだなあ。

「……マイ様はドリアードさんを助けたいんですね」

 ヨナが微笑みながら言う。私がやっていることは理解できなくても、目的はお見通しらしい。まあ、先は長そうだけど。

 コップを返すと、そっと手を握られた。

「私にできることは、ありますか?」

 ドリアードを助けたいのは私の我儘でもあるんだけど、ヨナは迷わず協力を申し出てくれる。優しい子だね。

 しかし、EXスキルを使えないヨナにできることはほとんどない。これは私がどうにかしなくちゃいけないことだ。だけど、ヨナの力を借りることができるとするならば……。

「マナの補充かな」

 そう、自分がやろうとしていることには大量のマナが必要だ。それこそ【余剰魔力漏出】でマナの溶け込んだ体液を増やしておく必要があるだろう。その協力を頼めるのはヨナしかいない。

 ヨナは私に寄り添い、黙って目を閉じる。まったく迷わないのが、私を信頼してくれている証拠なのだと嬉しくなってしまう。

「ん……」

 ヨナを抱き寄せ、唇を重ねる。少し大人のキスをしてヨナの精気を吸わせてもらう。ヨナが私の手をとって自身の胸へと導くけれど、さて、孤児院でこれ以上はマズイんじゃなかろうか?

 ……あ。

 不意に視線を感じて目を開けると、食堂の入り口にスピナがいた。トイレに起きたら台所が明るかったので様子を見に来た、というところだろうか。……なんか、前にもこんなことがあったな。

 スピナは顔を真っ赤にして私たちを凝視している。だけど視線が合うと、激しく首を横に振ってから、足音を立てないように廊下を戻っていった。変なところで冷静なんだなあ。

「ぷあっ……。マイ様、どうかしましたか?」

「あー、うん。孤児院でこれ以上はやめようね」

 名残惜しそうなヨナをなだめて、この日は寝ることにした。

 翌日の朝食時、スピナが微笑ましいほど挙動不審だったことには気づかないフリをした。


         ◆


 ヨナからマナを補充しつつ、ギルドの書庫で使えそうなスキルを探しながら【解析】と【スキャン】を併用した対象の構造把握に励むこと二日。

「……転生者はスキルを覚えやすいんだろうか」

 いくつもの野菜を犠牲にした結果、新しい、欲しかったスキルを獲得できた。その名も【瞬間記憶】。見たものをまるで写真のように脳裏に焼きつけることができるスキルで、某探偵ものの漫画でヒロインが持ってたスキルだね。まだレベルが低いせいで記憶できる時間は短いけれど問題ない。これで目処が立った。

 さらに一日、練習に練習を重ねて、いよいよドリアードに会いに出かけた。

 ……が。

『……無差別はよくない』

『いや、それは……すまない』

 まだ邪精霊士の襲撃はなかったのは幸いだけど、情報を聞いて警戒しすぎたドリアードが周辺に植物トラップを仕掛けまくっていた。なにかしらの生命体が接近すると、周辺の植物から睡眠効果や麻痺効果のある成分が放出されるようになっていた。お陰でヨナが早々にダウン。耐性のある私がヨナをおんぶしてさらに進むと、お馴染みの蔓草による拘束が待っていた。

 なんかもう、あの手の本を読んでいるんじゃないのかって思えるほど芸術的な縛り方をされた。ちょっとあちこちに食い込んで痛かったし、変な気分になりかけたし。だから、新しい扉が開いたらどうしてくれるんだっ。

 幸い、【森魔法】で植物に意思を伝えることができたので、それでドリアードに連絡をとってもらってようやく解放された。

 ドリアードをきつく注意した後、ヨナが意識を取り戻す間に今後の話をすることにした。なにせギルドがドリアードの存在を公にしないと彼女を保護することもできない。そして、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。じゃあ、その間どうするのか。邪精霊士の襲撃に怯えながらここで過ごすのか、それとも思い切って────。

『……正気か?』

『せめて本気か、って言ってほしかったなあ』

 予想はしていたけれど、私の提案には眉をひそめられた。逆の立場なら、私も首を縦には振りにくいしね、しょうがない。

『私はここから動けない、動きたくない。だって、約束したから。恩人の彼女エルフに、フェアロレーテの花畑を約束したのだから……』

 愛おしげに足元にフェアロレーテに触れるドリアード。その約束は素敵だと思うけれど、その約束が彼女をこの地に縛りつけているのも事実。だけどひとつだけ気になる。

彼女エルフは、に花畑を作ってほしいと願ったんですか?』

『え?』

 不思議そうな顔をするドリアードはしかし、記憶を探るように黙考してしばらく動きを止めた。そして確認するように、ゆっくりと呟く。

『……いつかまた、君に会いに来る。その時にはフェアロレーテの花畑を見せてほしい……』

 やはりそうだ。エルフはこの場所じゃなく、ドリアードに会いに来ると言っている。もちろん、ドリアードは普通は宿った大樹から離れられない。だけど、もし場所を変えることができたなら? そして、移動したことをエルフに伝えることができたなら?

『……お主の提案、可能なのか?』

『練習はしてきました。先に他の木で試して、その結果を見てから決断してくれてもいいですよ』

『約束を破ることにはならぬか?』

『なりませんよ。むしろ邪精霊士や事情を知らない者に危害を加えられて、あなたにもしものことがあったら、それこそ約束を守れなくなります』

『……そういえば、まだ理由を聞いていなかったな』

『え?』

『先日の問いだ。なぜ、私を助ける?』

「……なぜ助ける、かあ」

 思わず呟く。

 多分、明確にこれ、という理由はないような気がする。色々な要素というか、感情というかが混ざった結果だと思うんだけど、そんなあやふやな理由で納得してくれるだろうか。ひとつひとつ説明するのは、なにか違うような気がする。もっとシンプルに……。

「それがマイ様なんですよ」

 思わぬ声がした。いつの間にか目を覚ましていたヨナがドリアードに微笑んでいた。

「困っている人を見捨てられない。それがマイ様なんです。私も助けられました」

 あー、さっきの呟きは共通言語だったか。それを聞かれたようだ。

 しかし、そんなキラキラした目で見つめながら褒められると、なんだか背中がムズムズする。顔が熱くなってきたぞ、もうっ。信頼ゲージ振り切ったような真っ直ぐな視線を向けられると、照れくさくてかなわないぞーっ。

 あまりの照れくささに視線を彷徨わせていると、小さな笑い声。笑っていたのはドリアードだった。

「それはまた、難儀な性格じゃな」

「え、あ? 人間の言葉────」

「なんじゃ、我らが人間の言葉を理解できぬと思っていたのか? 必要ないから口にせぬだけじゃ」

 なんだってーっ!?

 じゃあ、今までの私とヨナのやり取りも全部聞かれてたということか。聞かれて困るような会話はしてなかったはずだけど、なんか違う意味で照れくさいぞこらぁっ。

 ちょっと悶えていると、ヨナが先に驚きから立ち直った。ニコリとドリアードに微笑みかける。

「私はマイ様に助けられたことに感謝しています。きっとドリアードさんも、感謝しますよ」

 ちょっ、ヨナってばなに言ってるのっ。

「ほう、言い切るのお」

「何度だって言いますよ。私はマイ様に助けられて幸せです。ドリアードさんも幸せになりましょう」

 だから真っ直ぐすぎる言葉は照れるとっ!

 悶える私をドリアードが微笑ましく見ている。やめて、恥ずかしいから見ないでぇっ。

「幸せか……。それも悪くないのお」

 ドリアードの呟きを気にする余裕は、この時の自分にはなかった。

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