第62話 襲撃、撃退、厄介ごと

 邪精霊士がドリアードを狙っている。


 ヨナから衝撃の報告を受けた私は、甜菜の移植を切り上げてヨナと一緒に町を出た。

 ギルドに報告すべきだと思ったけれど、ギルドマスターがあちこちと交渉していて不在がちなので、判断を仰いでいる余裕はないと判断した。たとえギルドマスターがいたとしても、ドリアードの存在は世間には伏せられているので対応が遅れると思うし、ヨナが聞いた話では、件の邪精霊士はドリアードを捕まえる準備はできているようなので、すぐにでも駆けつけないと間に合わないだろう。

 ちなみに邪精霊士は発見したら捕縛が推奨されている。精霊を食いつぶす邪精霊士は自然を破壊する者として指名手配されているのだ。

 しかし困ったことに、邪精霊士を捕まえるには現行犯しかない。なんでも精霊士と邪精霊士は見分けがつかないのだとか。たとえ目の前で精霊魔法を使われても、それが精霊から力を借りているのか、搾り取った力を使っているのか、普通の者には判別できないらしい。判別できるのはエルフか精霊士くらいなんだけど、エルフは引きこもりだし、人間の精霊士は数が少ない。なので現場を押さえないと捕まえることもできないというわけ。

「ヨナ、しっかり掴まって」

「はいっ」

 町から出るとヨナを抱き上げ、そのまま森の中を駆け抜ける。時々枝が身体を打つけれど、構わず最短距離を駆け抜ける。


 バキッ!


「ぐはあっ!」

「マイ様!?」

「だ、大丈夫……」

 思ったより枝が太かった。痛い……。

 ヒリヒリするおでこを我慢しながら進む。……ん? 森林火災現場が近くなってきたけど、奇妙な香りがするなあ。あちこちから薄く煙が昇っているので一瞬火事かと思ったけど、どうやらお香のようだ。この香の匂いか。……っと、いた!

 【索敵】に反応。精霊がひとつ、人間が五。位置的にも間違いない。速度を落とし、ヨナを下ろす。

 木陰から様子を窺うと、先日見た男たちを従えた邪精霊士らしき男が、苦しそうにうずくまるドリアードを前に勝ち誇っていた。

「はははっ、力が出ないだろう。精霊を研究して研究しつくした上で、過去の邪精霊士たちが開発した精霊封じの香だ。どうだ、いい香りだろう?」

 あー、あれだ。悪人が勝ち誇って「冥土の土産に教えてやろう」というやつだ。情報とフラグをありがとう。

 ただ、言うだけあって効果は抜群らしく、ドリアードはうずくまって動けないでいる。彼女の攻撃範囲外から香を流されてはどうしようもないだろう。

 っと、動けないドリアードを前に邪精霊士がなにやら呪文を唱え始めた。そろそろ止めないとマズイな。

「邪精霊士は私が捕まえるから、ヨナは男たちをお願い」

「はいっ!」

 よーし、気がついたらレベルアップしていた【加速:Lv5】がどれほどか試してみよう。自分に使用し、邪精霊士に向かって駆け出────目の前に奴の背中があった。


 ゴスッ!


「あいたあっ!」

「ぐわああああっ!」

 思いっきり背中に肩からぶつかった。

 なに? なにが起きたん? 一歩を踏み出したら目の前に奴の背中があったんだけどっ。【加速:Lv5】、どれだけ加速させるんだっ。

 いや、まあ、検証は後回しだ。今は邪精霊士の捕縛を優先しないと。幸い、目の前で悶絶しているので、用意してきたロープでさくさくと縛り上げる。呪文を使われないように猿轡も噛ませて、と。

「な、なんだあっ!?」

「やばい、逃げ────」

「逃がしません!」

 背後で男たちの悲鳴とヨナの勇ましい声が聞こえる。まだ十歳とはいえ、町人相手になら遅れをとるヨナじゃないだろう。

『お主……どうして』

『ああ、話は後で』

 苦しそうに呟くドリアードを待たせて、周辺に設置されたお香を消して回り、香は回収しておく。重要な証拠だしね。

 戻ってくると男たちは全員縛り上げられていて、ドリアードは立ち上がるくらいには回復したようだった。よかった。

『あの男たちが邪精霊士にあなたの捕獲を依頼したってヨナが耳にしてね。間に合ってよかった』

 そう言って笑いかけるも、ドリアードは難しい顔を変えない。ひょっとして、すでにダメージがある?

『……どうして助けにきた』

『……ほえ?』

『お主が私を助ける理由はないだろう。なのに、そこまで急いで駆けつける理由はなんだ』

 ドリアードが私の服を指差す。……ああ、あちこち引っかけて結構ボロボロだ。後で創り直さないとなあ。

 しかし理由……理由ねえ。知り合いがピンチだから駆けつけた、では納得してくれないかもしれないなあ。

『……理由が必要か。じゃあ、町で考えてくるよ』

『な、なに?』

『こいつ、ギルドに突き出してくるから。じゃあ、また後で』

『お、おいっ』

 邪精霊士を肩に担ぎ、ドリアードに手を振って歩き出す。男たちはヨナによって手を縛られ、一列に並ばされている。彼らの尻を蹴飛ばしながら、とりあえず町に戻ることにした。



 邪精霊士が捕縛されたという話は「あ」っというまにハンター間に広がった。ううっ、周囲の視線が気になる。

 今回はヨナのお手柄なので、ヨナの功績として記録してもらったけれど、結局、奴隷の功績は主の功績になってしまうわけで、あまり意味はなかった。

 ちなみに邪精霊士の捕縛でいくらかの褒賞が出た。加えて精霊封じの香を確保したので、さらにプラス、と。懐が温かくなるのは大歓迎だよね。

 ただ、この邪精霊士。厄介なことをしてくれていたのが後程判明した。

「他の邪精霊士たちにドリアードの存在が伝わっている、ですか……」

「あの邪精霊士はそう証言しているな」

 すっかり馴染みとなったギルドマスターの部屋。呼び出されてやってきてみれば、厄介な話を聞かされた。あの邪精霊士、自分がドリアードを捕獲できなかった場合を考えてか、仲間にドリアードの情報を残しておいたらしい。

 当然、捕獲できれば仲間に自慢するはずだ。だけど、自慢どころか姿を見せないとなれば、失敗したか、返り討ちにあったか、捕まったか、ということになる。つまり。

「今後も、あのドリアードは狙われるわけですか」

「恐らくな」

「ギルドはどう対応されるんですか?」

「あ~、訊く? それを訊いちゃう?」

 嫌そうなギルドマスター。ていうか、私が訊くのは想定してるでしょうに。

「まだ各所との交渉が終わっていないからな。交渉がまとまるまでは、ハンターズギルドはドリアードの存在を公表しない」

「……公表しないってことは、ドリアードはいない前提なわけですよね?」

「そうだ。……いない者を守る仕事は存在しない」

 予想はしてたけど、ドリアードにとってはよくない流れだ。

「交渉がまとまるには、あと何日くらいかかりそうですか?」

「……さてなあ。なにせ領主が王都に出向いていて、返事をもらうのに時間がかかりそうでな。半月……ともすれば一月ひとつきはかかるかもしれない」

「一月……」

 邪精霊士のネットワークがどの程度か知らないけれど、なかなか微妙な時間じゃないだろうか。襲撃があるか否か、半々じゃないかなあ。

「無論、その間、誰かが偶然にドリアードを守るかもしれないが……」

「知ってて言ってますよね」

「ははは、まさか」

 ギルドマスターめ、私がドリアードを守りたがっているのを知ってて言ってるな。

 とはいえ、仕事でもないのに、一月もの間ドリアードに張りついているわけにもいかない。これが普通の精霊なら移動して終わりなんだけど、ドリアードは宿った大樹から離れられないからなあ。

 頭を悩ませながらギルドマスターの部屋を後にする。とりあえず、この情報はドリアードに教えないといけないよなあ。

「ドリアードさんも引っ越しできればいいのに」

 唐突にヨナがそんなことを呟いた。

 見れば、何人もの人が荷馬車に荷物を乗せて縛っている。春になって誰かが引っ越しするらしい。

 そうか、引っ越しか。

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