第61話 邪精霊士
「まーた面倒なことを……」
頭を抱えてギルドマスターは机に突っ伏した。行儀が悪いですよ、と秘書さんが冷たいツッコミ。
いや、面倒なことと言われてもねえ。関わってしまった以上、なんとかしたいと思うし。
ドリアードと別れ、すぐにハンターズギルドに報告に向かった。話を聞いた受付のお姉さんは、内容が内容だけにギルドマスターの判断を仰ぐと言って席を離れたんだけど、すぐに戻ってきて私たちをギルドマスターの部屋に通してくれた。直接、話が聞きたいからだと。多分、Eランクにあるまじき回数、ギルドマスターの部屋に入ってるよねえ、私たち。
そんなわけで、町を出てからドリアードに接触、そして交渉までの流れを説明することになった。そして聞き終ったギルドマスターが頭を抱えたわけだ。
秘書さんに書類の束で頭をペシペシされ、ギルドマスターは嫌そうにしながらも上体を起こした。
「本当にドリアードがいるのか?」
「なんなら直接、会いに行かれますか?」
「……いや、いい。だが、こちらの対応を報告に行くのだろう? その時、ギルドの人間を同行させるように」
当たり前だけど、ドリアードが本当にいるかどうかの確認は必要だしね。独自に確認に向かわせてトラブルになっても困るし、私たちに同行させるのが無難だ。
「しかし……これは
「そうなんですか?」
「当然だ、森に入るのはハンターだけじゃない。
「森の恵みの恩恵を受けている住人は多いですからね、一部とはいえ立ち入りを規制するとなれば反発もあるでしょう」
「かといって注意喚起止まりじゃあ、バカが好奇心でドリアードを見に行ってトラブるだろう。フェアロレーテを欲しがる奴もいる。むしろドリアードの存在を伏せる方が問題にならない」
「そうですね、ドリアードの存在を周知すれば、邪精霊士が狙わないとも限りません」
邪精霊士かあ……。エルフや精霊士が精霊から力を借りるのに対し、精霊の力を搾り取る邪悪な精霊士だと資料で読んだ。ドリアードの存在を周知すると、奴らを呼び寄せることにもなるわけか。
ギルドマスターと秘書さんの言葉に眩暈がした。思ったより大事になってしまうようだ。今度はこっちが頭を抱える番だ。
だけど、自分にできることは無い。あとはギルドに任せるしかない。
「関係各所に連絡を」
「はい、すぐに」
ギルドマスターの指示を受け、秘書さんが部屋を出ていく。
「さあて……忙しくなるなあ」
苦笑するギルドマスターには、頭を下げるしかできなかった。
その後、ドリアードに決定まで時間がかかると報告に向かった。ギルドマスターの指示通り、ギルドの職員を連れて。
『人間とは面倒なものだな』
『私の考えが甘かったです。すみません』
意思があるとはいえ精霊は『力』そのもの。人間のように利権や派閥といったものと無縁だから、人間側の決定の遅さは驚きらしい。だけど、別段腹を立てているわけでもなさそうだ。
『私たち精霊と人間が同じだとは考えておらんよ。お主は約束を守った、あとは決定を待つしかなかろう』
『なにか進展があれば、また来ます』
『うむ、待っておるよ』
そして帰り道、同行したギルドの職員────あの受付のお姉さんだった────はウットリしていた。
「はぁ……、精霊なんて初めて見たわ。精霊を見たっていうハンターが可愛いって何度も言うから、一度でいいから見てみたかったのよね。ああ……可愛かった」
ギルドマスターが同行者を指名しようとしたところ、もの凄い圧で立候補したのがお姉さんだった。理由は『可愛い精霊を見たい』だからだそうな。
ギルドの資料室にある本には魔物や精霊のイラストが描かれているのだけれど、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフと並んで樹木の精霊ドリアードは可愛く描かれているものが多い。可愛いもの好きなお姉さんとしては、この機会を逃すわけにはいかなかったようだ。同行する際の挨拶では目が怖かった。そう……ヨナを前にしたエマさんのように。涎を垂らさなかっただけマシだったけれど。
ドリアードが警戒するから、と少し離れた場所で待機してもらっていたんだけど正解だった。口調が古くさいとか、言葉はノイズにしか聞こえないとか夢を壊すところだった。
「ああ……お持ち帰りしたい。ギルドに棲みついてくれないかしら。じゅるり」
壊れたのはお姉さんだったかもしれない。って、結局涎を垂らすのかっ。
◆
●ヨナ
それから数日。なにごともなく平和な日々が続いています。
ギルドマスターは関係各所と毎日のように打ち合わせをしているようなのですが、内容が内容だけに水面下で話を進めているようで、町ではドリアードはもとより森林火災の現場についても人の口に上ることはありません。
マイ様は一~二日に一回はドリアードさんに会いに行って話し相手になっています。私もお話ししたいのだけれど、あいにくと精霊の言葉がわかりません。通訳はしてもらえるのだけど、やはり自分でお話ししてみたい。
精霊の力を借りることができるエルフ、そして精霊士と呼ばれる人たちは会話ができるそうですが、そもそもどうやって、あの雑音のような声を出せばいいのでしょう? そして、それをアッサリやってのけるマイ様は、やはり凄い人なのだと再認識しました。
ああ、でも。このままだと私、マイ様のお役に立てないままですよね。なにかお役に立ちたいです。
そんなことを考えながら町の通りを進みます。マイ様は孤児院で甜菜の苗を栽培地に植え直す手伝いをしています。私は食材の買い出し中。せめて料理でマイ様の役に立ちたいんですけれど……マイ様、なんとなく料理もできそうなんですよねえ。だって新しい調味料を作ろうとしてるんですもの。ううっ。
なにか……なにかお役に立ちたい。
考えながら歩いていると、ふと雑踏の中に知った顔をみたような気が。……ううん、気がしたじゃなかった。知っている顔、ドリアードに追い払われた男たちの一人が、周囲を気にしながら足早に通りを進んでいくのがみえます。
明らかに挙動不審。なにか嫌な予感がします。だから静かに後を追いました。
男は路地に入りました。何度も後ろを振り返るので距離を取って追いかけます。大丈夫、
やがて、小声の会話が聞こえてきました。
「本当かよ!」
「ああ、もう準備できてるらしい。町の外で待ってる」
「これでフェアロレーテは俺らのものだな」
「だけど、その……邪精霊士だったか。信じていいのか? あまりにも格安だろう」
「奴らは金より精霊が捕獲できればいいんだってさ。嫌ならついてこなくていいんだぜ?」
「バカ野郎、行くに決まってんだろっ」
邪精霊士!
聞こえてきた単語に背筋が震えました。
エルフや精霊士が精霊に力を貸してもらうのに対し、邪精霊士は精霊を捕縛し、力を搾り取るという卑劣な輩だと資料室の本に書いてありました。彼らがどうやって邪精霊士と連絡をとったのかはわかりません。だけど、このままではドリアードさんが危険です。
思わず一歩を踏み出しそうになって、そこで思いとどまる。ハンターでもない彼らをどうこうしたところで意味はありません。どこかにいる邪精霊士を捕まえないと。だけど、私一人でどうこうできる問題でもありません。
ここはまず、マイ様に知らせるべきですね。
私は静かにその場を離れると、大通りを孤児院目指して駆け出しました。
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