第60話 理由
『人間に、我々の言葉を解する者がいるとは思わなかったぞ』
『いやー、照れるなあ』
『……褒めたわけではないのだが』
眉をひそめるドリアード。美人だとそれすらサマになるね。
しかし、見た目は美少女なのに口調は古くさいなあ。ギャップが凄い。
「マイ様ーっ、なにがどうなっているんですかっ!?」
ヨナが混乱している。ドリアードだけでなく私の口からもノイズが出てるとなれば混乱もするか。ちなみにドリアードの言葉が理解できるのは【自動翻訳】のお陰だけど、実はこちらの言葉も翻訳してくれると知ったのは最近のことだ。今はめっちゃ助かる。
「待ってて、ヨナ。ちょっと交渉するから」
さて、まずは……。
『この格好、やめてほしいんだけど』
『脚を開かせておくと力が入らず、逃げられにくいのでな』
うーん、理に適ってるのかもしれないけれど、両手を後ろ手に拘束されての大股開きはやめてほしい。しかも身体にも蔓草が巻きついていて、なんというかこう、特殊な性癖の持ち主ですか? って勘違いされそうだっ。新しい扉が開いたらどうしてくれるっ!
『あなたと争うつもりはないので、解放してもらえると嬉しいなあ』
『そうはいかん。お前たちもフェアロレーテを狙っているのだろう? 二度とここに近づかぬよう、少しばかり痛めつけてやらねば』
いやーっ! この状態で痛めつけられたら新しい扉が開いちゃうだろうっ。スキル化したら取り返しがつかないんだぞ。それは勘弁願いたい。
ふと、先ほどの男たちの様子が頭をよぎる。そうか、ドリアードに痛めつけられたから、足を引きずっていたのか。新しい扉が開いたかどうかは知らないけど。
ギリギリと拘束している蔓草が全身を締め上げ始める。これはマズイ。
ドリアードは精霊だ、人間の価値観や常識が通用しない。交渉するにもドリアードに見合った交渉材料は持っていない。だけど痛めつけられるのは嫌だなあ。……ヨナが。
『よし、わかった。私がヨナの分まで痛めつけられるから、ヨナは解放してあげて』
『なんだと?』
私の言葉にドリアードが信じられない、という表情を見せた。精霊でも人間型は表情豊かなんだなあ……なんて感心してる場合じゃないんだけど。
別段、新しい扉を開けようとかは思っていない。単純にヨナが傷つくのは嫌だし、私なら傷も再生するから問題ないと判断しただけだ。だけど、ドリアードには私の提案はかなり意外だったらしい。蔓草で締めつけるのも忘れ、変な生き物でも見るような目で上から下まで観察される。変な気分になるじゃないか、もうっ。
「きゃっ!」
「って、うわっ!?」
まったく唐突に拘束が解かれた。落下してお尻を打ったー!
同じくお尻を打って半泣きのヨナが抱きついてきたので、安心させるように頭を撫でてあげる。ふうっ、少なくとも新しい扉は開かずに済んだか。だけど急にどうして?
疑問とともにドリアードを見上げると、ふいっと視線を逸らされた。
『……おかしな奴だ。いざとなれば人間は、自分だけ助かろうとするのに、進んで自分を犠牲にしようとするとはな』
褒められたわけじゃなさそうだけど、どうやら痛めつけられることは回避できたみたいだった。良かった。
ドリアードは手を振り、さっさと立ち去れアピールしてきた。だけどもう少し話してみたくなった。そも精霊と話す機会なんて普通は無いし、フェアロレーテを守る理由を知りたい。理由がわからなければ、また別の人間が来てトラブルになるだけだと思うし。
そう告げると、ドリアードはしばし沈黙してから、ため息をついた。実に人間くさい。
『話せば、これ以上、人間と揉めなくて済むのか?』
『少なくとも、ここにあなたがいることは周知した方がいいと思います。でないと、知らずに近づいてまたトラブルになるかも。
それに、あなたに譲れない理由があるなら、知ってもらうべきです。人間全員が、とは言いませんが、少なくとも理解を示してくれる人はいるはずですから』
周知した後、敢えて近づく者は確信犯だろうから、遠慮なくボコしていいと思う。
黙考するドリアードを見ていると視線を感じた。隣からヨナが熱っぽい視線を送ってきている。おおう。
未知の言語を操って精霊と交渉するご主人様、素敵❤
恋する乙女のような表情が如実にそう語っている。嬉しいけど、吸精の際のイチャイチャもあって、ヨナの場合は尊敬じゃなくて愛情になりそうだから怖い。え? 自業自得だろうって? その通りだよ、ちくしょう!
あー、目指していた姉妹のような関係からは遠ざかるけど、ヨナなら愛されてもいいかな。私も愛する自信はあるし。そういえばこの国、一夫多妻は許されてたけど、同性結婚はどうだったっけ?
……などと、脱線していた思考をドリアードが引き戻してくれた。
『この辺りで大きな火災があったのは知っているか?』
『話には聞いてます』
『
言いつつドリアードは背後の大樹の幹を撫でる。そうだ、ドリアードは大樹に宿る精霊で、大樹が本体と言ってもいい存在だったっけ。改めて大樹を見上げると、かなりひどく焼けた痕があって痛々しい。正直、よく生きていると思う。
『
『彼女?』
『……エルフだ』
そう言いながら、ドリアードは足元のフェアロレーテを慈しむように両手で包んだ。その表情は初めてみる穏やかなもので、恩人への深い情を感じさせる。
しかしエルフかあ。いるのは知ってるけど、実はまだ見たことないんだよね。自分たちの領域から滅多に出てこない引きこもりらしいので。見たかったなあ。
『ひょっとして、フェアロレーテはそのエルフさんが?』
『そうだ。彼女の置き土産だ』
懐かしむように遠くを見つめるドリアード。続きを急かすのも悪いので、今のうちにヨナにドリアードの話を通訳しておく。話を聞いたヨナは、ほうっと熱い息を吐いた。
「命の恩人……」
そう呟きながら私を見てくる。ああ、自分とドリアードの境遇を重ねちゃってるな、これは。
気がつけばドリアードがヨナを見つめていた。言葉は通じなくても命を救われた者同士、なにか感じ取っているのかもしれない。
『エルフは植物に詳しい。彼女は
『そのエルフさんはどこに?』
『さて……。旅の途中だと言って、
いつかまた、君に会いに来る。その時にはフェアロレーテの花畑を見せてほしいと、そう言い残して。……だからこの花を誰かに渡すわけにはいかない。彼女との約束の花なのだから』
なるほど。それは確かに、採集しようとしたら怒るよね。花畑になったら、少しはわけてもらえるかもだけど、かなり先の話になるだろうな。
『わかりました、ギルドにあなたの事情とフェアロレーテについて説明してきます』
そう言うと、ドリアードは信じられないものを見るような目でこちらを見た。なんでよ。
『できるのか?』
『……どうなるかは、わかりません。ただ、知らずに人が近づいてトラブルになるのはギルドも望むところではないはずです。ここを立ち入り禁止にできるのか、それとも注意喚起で終わるのか……』
私個人でどうこうできる話じゃないし。ギルドマスターはわりと話がわかる人だとは思っているけれど、一人のドリアードのために動いてくれるかどうかは微妙だ。なにせ、ハンターズギルドは人間や亜人のための組織だ、精霊は管轄外。
『……おかしな奴だな』
『なんですか、急に。地味に傷つくんですが』
頬を膨らませると、ドリアードは笑った。あ、普通に可愛いじゃん。
『許せ。人間のお主が私のために行動する理由など無いと思ってな。……なにゆえだ?』
『だって……嫌じゃないですか。争うなんて』
そりゃあ、フェアロレーテの花は欲しい。これが、緊急事態ですぐにでも、絶対に必要だというなら交渉してでも手に入れたい。だけどフェアロレーテの花は薬効を高めるもので、無くて困るものでもない。実際、希少すぎてほとんどの薬に使われておらず、一部、上級のポーションに使われるくらいだ。
そんな、高値で売れるが無くても困らない花を巡って人間と精霊の間で火花を散らすなんて嫌じゃん。
そう告げると、ドリアードは文字通り花が咲いたように笑った。
『お主のような人間もいるのだな。……私はここから動けない、お主に任せよう。結果は知らせてくれるのだろう?』
そう言った後、ドリアードは声を潜めてなにかを呟いた。だけど声が小さくて聞き取れなかった。
『まさか私が、人間になにかを託す日がくるとはな……』
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