第59話 ドリアード
月と一緒に年も変わった。新年、白の月。
ハッピーバースデー・トゥ・ミー♪
はい、十二歳になったマイちゃんです。とはいえ、本当の誕生日はわからないけどね。孤児院の前に捨てられていた日が仮の誕生日になっているだけで。その仮の日に年齢が上がっていたので、ステータスも案外ファジーなのかもしれない。
ハンターになっている今はあまり関係ないけれど、それなりに仕事を任されるようになる歳です。地球で言うと、バイト解禁ってとこ?
別段、祝うようなことでもなかったんだけど、知ったヨナがどうしてもお祝いすると言ってきかないので、その日はちょっとお肉が多かった。ヨナの誕生日は来月だというので、来月は頑張ってお祝いしてあげよう。
そうそう、甜菜栽培の件は話が順調に進んだ。オーベットさんがその日の間に孤児院と土地利用の契約を結び、数日で農作業員を確保してしまったから。
商人に騙された経験から孤児院も多少は警戒していたようだけど、そこはオーベットさんの知名度。さらに私の知り合いということで、契約はさくさく進んだようだ。
それにしても手際が良すぎません?
そう疑問を口にしたら、
「商機はどこにあるかわからないからね、すぐに対応できるように準備だけはしているんだよ」
と笑っていた。休憩所のサハギン襲撃だけは準備できていなかった、と苦笑されたけど、あれは無理でしょう。明らかに何者かが水の封印を破壊するために差し向けたものだし。……その何者かの目的は不明だけど、願わくばシーン・マギーナが目的でないことを祈りたい。
フラグ? いやいやいや、まさか……。そんな、ねえ?
雪融けも進み、春の野草が顔を出し始めるころ。そろそろライラックさんと一緒に女性剣士の家族を訪ねようと話していた時に、ライラックさんに指名依頼が入ってしまった。依頼者は商人で、ライラックさんが何度も護衛しているらしい。依頼の常連かあ、そんなのもあるんだなあ。
これで目的地がケイノなら良かったのだけど、逆にケイノの方から来たのだからどうしようもない。
ライラックさんは申し訳なさそうにしていたけれど仕事じゃしかたがない。私もすぐにケイモンから移動する予定もないし、ライラックさんが戻ってきてから改めて出かけよう、となった。まあ、不安があるとすれば、出発前にその商人が言っていたことだろうか。
「サイサリアとの国境付近が不穏だ。いつ戦争になるかわからない」
その話を聞いたライラックさんはかなり緊張していた。ここケイモンが国境に近いから、だけではないような気がするんだけど、さて?
ギルドの受付で話を聞いてみると、サイサリアとは西の隣国のことで、二年ほど前に政変があって指導者が変わり、それと同時に国境が封鎖されてしまったという。
そうかー、西の隣国はサイサリア王国と言うのかー。孤児院での生活にはまったく必要ない知識だったから初めて知ったよ。ちなみに今いるのはリトーリア王国。さすがにこれは知ってる。
初めて名前が出たって? 気にしちゃいけない。
さて、サイサリア王国だけど、政変の後は国内にいた他国の人間を強制送還するくらいで、どちらかというと守りを固めていたんだけど、商人の話では侵攻の気配があるらしい。温泉町ケイノの近くにある砦では、日に日に緊張が増しているという。
「サイサリア国内の情報は入ってこないんですか?」
「それが難しいのよ。サイサリア王都のハンターズギルドは開店休業状態で、連絡もままならないの」
「どういうことなんです?」
「残念だけど、よくわからないのよ。新しい王がどうやって圧力をかけてきたかは不明だけど、ろくに仕事が無くって、ハンターたちは独自に仕事を探しているって噂なんだけど……」
想像では話せない、と受付のお姉さん。
「貴重な情報源としては伝書鳩が飛んでいるようだけど、運べる情報は少ないしねえ……」
サイサリア王国でなにが起きているのかわからないけれど、戦争とか勘弁だなあ。
◆
ライラックさんと商人を見送ると、ヨナと一緒に森に入った。春になって薬草も顔を出すころだし、雪融け直後に花を咲かせる薬草があるのを資料で見たので探してみたいのだ。
「フェアロレーテ、でしたっけ」
「うん。見つかればラッキー、くらいでいこう」
他の薬に混ぜれば薬効を数倍にも高める花、フェアロレーテ。群生地は確認されず、生育に適した土地もハッキリしない。年に数本見つかれば上等と言われている幻の花だ。ギルドのお姉さんによると、雪融けの季節になると多くの人がフェアロレーテを探して走り回るのだそうだ。
実際、森の中に人がいっぱいいるのは【索敵】で確認している。んー、結構、森の奥深くに入らないと他の人とかぶるなあ。
「マイ様、マントリーがもう生えてます」
「よし、他の薬草を採集しながら奥を目指そう」
久しぶりの薬草採集は宝探し気分。ヨナと楽しみながら進んでいくと、徐々に森の様子が変わってきた。朽ちた木が多くなり、生きている木々も痛々しく傷ついている。ひょっとしなくても森林火災のあった地区まで来てしまったようだった。
さすがに薬草は期待できなさそうだったので戻ろうとした時、森の奥から数人の反応がこちらに向かってきた。
「くそっ、せっかく見つけたのに!」
「どうするんだよ、あれ」
「悔しいが俺たちだけじゃ無理だ」
急いでいるのか私とヨナに気づかず、男性数人が悔しさを滲ませながら脚を引きずって町の方へと去っていった。……ハンター? いや、武装は見当たらなかったから町人だろうか。なにがあったんだろう?
「マイ様、どうします?」
「んー……様子だけ見てこようか」
話を聞けばよかったんだろうけど、話しかけるタイミングを完全に逸した。しょうがないから彼らの来た方向に歩き出す。……お、【索敵】に薬草の反応がある。視界が開けた。
「ふわー……」
焼け朽ちた木々に囲まれるようにして、一本の大きな木があった。高さは十メートルほどだろうか。幹や枝に焼け跡が見られるものの、今まで見てきた木にはないくらいに生命力に満ち溢れているように感じた。
「マイ様、あれっ! フェアロレーテじゃないでしょうか」
ヨナがその大樹の根本を指差す。そこには数本の小さな花。花びらには紫色から桃色へのグラデーション。確かに図鑑で見たフェアロレーテと一致する。するんだけど……。
さっきの男たちを思い出す。彼らがフェアロレーテの花を前に、おめおめと引き返すとは思えない。引き返すだけのなにかがあったとしか思えない。
「ゆっくり行こう」
「はい」
【索敵】には人間や動物、魔物の反応はない。だけど警戒しながら、ヨナと一緒にジリジリとフェアロレーテに近づいていく。
……なにかが足に絡みついた。気づいた次の瞬間には、私とヨナは勢いよく宙に持ち上げられていた。
「いやあああっ! なにこれ、なにこれぇっ!?」
「これは……」
それは大量の蔓草。だけどただの蔓草じゃない。下生えが、枝葉が、苔が、異様に伸長して絡み合い、蔓草へと姿を変えたものだ。明らかに普通じゃない。
「あいたっ!」
「ヨナ、下手に抵抗しない方がいい」
蔓草は数を増やし、抵抗できないように関節を極めて四肢を完全に拘束……って、待て待て待て、どうして大股開きにするのか! 下着見えちゃうでしょうに!
『性懲りもなく花を狙いにきたか、強欲な人間が』
慌てていると目の前に美しい少女が突然現れた。いや、正確には、目の前の大樹をすり抜けるようにして、だ。
抜けるような白い肌を、同じく白いワンピースのような服に包んだ、まだあどけなさを感じさせる少女。だけど言葉遣いは妙に大人びている。
なにより特徴的なのは緑色の髪だ。所々に葉や
『花を狙う悪党どもめ、無事に帰れるとは思わぬことだ』
キッとこちらを睨みつけ、脅してくる謎の少女。その脅しにヨナが戸惑う。別の意味で。
「マイ様……なんと言っているんでしょう?」
「あー……」
少女の口から出たのは人間の言葉ではなかった。なんというか……ノイズだ。テレビの砂嵐と言えばわかりやすいだろうか。美しい少女の口から雑音が放たれるとか、なかなかギャップが凄まじい。
だけど、お陰で彼女の正体に思い至った。どうりで【索敵】に反応がないわけだ。だって設定してないもん。
だから改めて索敵対象を追加した。
……精霊を。
同時に【索敵】に少女の反応が現れた。
『あなた……ドリアード?』
『ほう……』
私の問いかけに、目の前の少女ーーーードリアードは目を細めた。
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