第64話 マイちゃん引っ越しセンターです
●ギルドマスター
「あ~、やってらんねーっ」
執務室に戻り、いくらか乱暴に椅子に腰を下ろして両脚を机に投げ出す。行儀が悪いですよ、と秘書は言うが、今くらいは大目に見てほしいものだ。
いや本当、水面下でいろいろやってきたことが一瞬で吹き飛んだとなれば、少しぐらいだらけても、愚痴っても許されていいんじゃないかい?
謎が多い新人マイが持ち込んだ面倒事。森林火災現場で生き延びたドリアードと、ドリアードが育てているフェアロレーテの扱いについて、ここ数日は忙殺されていた。
フェアロレーテは希少な薬草で価値が高い。自生していると知れば採取にでかける者は多かろう。だが、それが原因でドリアードとトラブルになるのはいただけない。
いや、ぶっちゃければ、ギルドとしてはドリアードが討伐されても問題は無い。だがフェアロレーテをドリアードが増やせるとなれば話は別だ。マイがどういう交渉をしたかはわからないが、ここでドリアードに恩を売っておけば、フェアロレーテを増やした時に融通してもらえる可能性は高かった。将来、希少な薬草を安定して供給できるとなれば、今回のドリアード保護のための苦労も投資として割り切れるってものだ。
だが、それも徒労に終わった。
「……悪い。もう一回、言ってくれ」
「ドリアードは邪精霊士から逃れるため……引っ越しました」
明らかに疲労困憊といったマイがギルドを訪れ、報告してくれた内容をすぐには理解できなかった。いや、したくなかったのかもしれない。
だってそうだろう? ドリアードは大樹に宿る精霊で、その大樹から離れると消滅してしまう。そのドリアードが引っ越すとか、あり得ないだろうに。
にわかには信じられなかったので、マイたちと、以前マイに同行した受付嬢と一緒に現場を訪れた。
大樹は……影も形も無くなっていた。いや、それだけじゃない、周辺の地面が広範囲に抉れて穴になっていた。雨が降れば大きな池になるだろう。
一体、なにがどうなった?
事情を知っていそうなマイに問う視線を向けるが、彼女は小さく首を振るだけだ。
「ギルドマスター、あれを」
受付嬢が指差す先。一輪の花が風に揺れている。特徴的な紫から桃色へグラデーションがかった花弁は見間違いようもない、フェアロレーテだ。
「……ささやかな礼ってところか」
高価とはいえ、今回の手間への対価としては正直足りない。だが、ドリアードなりの気持ちなのだろう、ありがたく頂戴することにした。
無論、これで終わりじゃない。打ち合わせをしていた関係各所に事情を説明して回らなければならなかったのだから。だが、まだお膳立てが済む前で良かった。話がまとまった後でテーブルをひっくり返すようなことをしたら何を言われるかわかったものじゃないしな。
まあ、それら諸々の後始末がようやく終わったんだ。少しくらいだらけてもいいだろう。
「よくありません」
秘書がペシペシと書類で頭を叩いてくる。こいつ、秘書なのに私の扱いが雑すぎないか?
「でしたら、もう少しシャキッとしてください」
「へいへい」
しかたなく姿勢を正す。目の前に置かれた書類に目を通し、サインをしていく。後始末のせいで溜まってしまったからなあ。
「結局、ドリアードはどこに行ってしまったのでしょうね」
「さあなあ。方法もわからないし……」
ひたすらサインしながら、ふと疲労困憊したマイを思い出す。ドリアードが姿を消したその日に、あれだけ疲れているとか……。
「あいつ、一枚噛んでるだろうな」
「なにかおっしゃいましたか?」
「いや、なにも」
ドリアードの引っ越しにマイが関わっているというのは、私の勘でしかない。だが、根拠もなく当たっていると思っている。
思い返せば、どこからともなく薪を大量に用意し、時季外れの薬草を持ち込み、豪商の犯罪の証拠を見つけ出し、どこの宿屋に宿泊しているか不明な上、大量のアンデッドを
「っと、イカンイカン。詮索は無しだ」
謎は多いが、今のところはギルドにとっては期待の新人だ。実力があるのは間違いないんだから、うまく使うことを考えた方がよさそうだな。
◆
「うあ~っ、疲れたあ……」
行儀が悪いけど草の上に身体を投げ出す。ギルドマスターのこと、言えないなあ。
緑と土の匂いが心地よい。微かに風もあるし、このまま寝ちゃおうかなあ、マナも限界だし。
意識を手放そうとすると、頭を持ち上げられた。そして後頭部には柔らかい感触。目を開ければ、穏やかな笑みを浮かべたドリアードがいた。
「膝枕、とか言うのだな。疲れた相手にはこれがいいと、ヨナも言うのでな」
視線を横にやれば苦笑するヨナが。なるほど、今回はドリアードに譲ったのか。
そっと、ドリアードが私の髪を撫でる。
「無茶をさせたな」
「まあ……半ば予想はしてたけど」
そう、疲れることは予想していた。予想をはるかに超えただけでね。
私は今、ドリアードの宿った大樹の下で膝枕されている。だけどここは森の中でも山奥でもない。【マイホーム】の中なのだ!
なにをやったって? ドリアードの引っ越しだよ。
順を追って説明しよう。まず、ヨナが町での引っ越しを見た際の呟きで、ドリアードを安全な場所に引っ越しさせたらいいんじゃね? って思いついたのが発端だ。
とはいえ、地球なら木を掘り出して移植するとかできるけれど、この世界じゃ無理な話。いや、マンパワーをつぎ込めば可能かもしれないけれど、事情を知る人間は少ない方がいい。だから私がやることにした。
使ったスキルは【クリエイトイメージ】、【解析】、【スキャン】の三つ。
枯れ枝から薪を創ったように、【クリエイトイメージ】は材料が同じなら容易に物を創ることができる。そこで、ふと思ったのだ。
創り変えるんじゃなくて、コピーできないだろうか?
ってね。つまり、生きている木を材料にして、生きている木をそのまま創り直す、と。普段ならまったく意味のないスキルの使い方なんだけど、今回に限ればありがたい使い方。孤児院で野菜を使って練習していたのはそれだ。
だけど、まったく同じものを創るには、元となるものの細部まで把握し、完全にコピーしなければいけなかった。それを解決したのが【解析】と【スキャン】、そして【瞬間記憶】のコンボ技だ。【解析】と【スキャン】で物体の構造を把握し、それを【瞬間記憶】で記憶したまま【クリエイトイメージ】でコピー、と。
当然だけど、ぶっつけ本番でドリアードの宿る大樹に試すわけにはいかない。野菜や花、小さな木などで練習してからドリアードに会いに行った。ただこれ、滅茶苦茶マナを消費するのだ。まったく同じものを創るわけだから消費は大きいと思っていたけれど予想以上に。小さな木をコピーしただけでマナが五百くらい消えたし。ドリアードが宿る大樹なんてどれだけ消費するのか、やる前から戦々恐々だったよ。
まあ、とにかく。ドリアードの目の前で別の木を【マイホーム】内にコピーして見せて、彼女に選択を迫ったのだ。この場に残るか、安全な【マイホーム】内に移動するか。
ドリアードは意外にも迷わなかった。
「私も幸せになってみたいのでな」
そう言ってヨナと顔を見合わせて笑った。ヨナの気持ちがドリアードの心を動かしたようだった。
それはいいんだけど、その後にヨナが、いかに私が素敵なご主人様なのか語り出したので慌てて止めたけどねっ。だって恥ずかしいじゃん!
まあ、ちょっとドタバタしたけれど、こうしてドリアードの引っ越し大作戦は開始された。
まずドリアードは周囲の植物に伝言を残した。いつかここを訪れるエルフへの伝言を。それが済んだらいざ引っ越し……なんだけど、予想以上に手間と時間はかかった。ドリアードの大樹だけを移動させれば済むと思っていたけど大間違いだったのだ。
まずは【マイホーム】内の床を大きく削って大穴を作り、その中に土を詰め込んだ。大樹だけ移動させても枯れちゃうし。
その後【余剰魔力漏出】の体液をガブ飲みしてマナを一時的に上限以上に増やしておいて、いざ本番。一時的にドリアードに大樹との繋がりを切ってもらい、【マイホーム】内に移動させた大樹と改めて繋がってもらった。どうやら大樹自体に問題はなかったようで、そこは安心した。問題はここからだ。
『……このままでは枯れてしまうな』
ドリアードの呟きと、その後の指摘に変な汗が出たよ。
まず、土の中に微生物がいなかった。【クリエイトイメージ】を利用して土だけを移動させたせいか、微生物やミネラルなどがゴッソリと不足していたのだ。土中水分も不足していたので、水の確保も急がないといけなくなった。
その結果、森の中を走り回って落ち葉や腐植土、動物の糞などをかき集めて【マイホーム】内の土壌に混ぜ込む作業をするはめになった。調子に乗って土壌の面積も広くしたので、必要な量も半端ない。
一部、土壌を削って池を作ろうとしたんだけど、【マイホーム】内に備蓄してある水には栄養分がまったくなかった。そりゃそうだ、『水』しか取り出してなかったんだもの。それに、水は流れないと腐る。どうやって流れを作ればいいのか、考えないといけなくなった。さらにフェアロレーテは風媒花だそうで、【マイホーム】内に風がほしいと言われた時は眩暈がしたよ。
もはやドリアードを引っ越しさせるだけじゃなくて、【マイホーム】内に箱庭を創らなければならなくなってしまったのだ。その作業量に頭を悩ませていると、さすがに私だけじゃ無理だと判断したのか、ドリアードから予想外の提案をされた。
『他の精霊の力を借りよう』
……どういうこと?
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