第53話 そんな剣は存在しない
結果から先に言ってしまえば、ナイスミドルな神官さん、吸血鬼の呪いに敗北!
「まさかこれほどとは……」
肩を落として茫然と呟く。Bランクのプライドが打ち砕かれてしまったようだ。なんか申し訳ない。
「解呪できる人物に心当たりは?」
「……もはや、聖都の大司教様でなければ無理ではないでしょうか」
ギルドマスターの問いに答えるナイスミドルさん。
肩を落として退出するナイスミドルさんを見送りながらギルドマスターに聖都について訊いてみると、神話の時代、世界の創造のために神々が降り立ったと言われる島のことだと教えてくれた。日本神話の
「解呪できなかったのは残念だが、今日呼んだのは別件だ」
「別件?」
「ああ。お前、薪の調達の際、言いがかりをつけてきた彼を覚えているか?」
もちろん覚えている。あのおじさんだよね。そういえば乗り合い馬車に乗り込んだ後は見てないけど、どこでなにをしてるのやら。
首を傾げていると、ギルドマスターはさりげなく机の上の水晶を撫でながら言葉を続ける。って、嘘発見の水晶じゃないですかっ。
「お前、あいつの娘と面識はあるか?」
「えっ!? 娘さんがいるんですか!」
いや、言われてみればいても不思議じゃない年齢だとは思うけど、考えたこともなかったから驚きを隠せなかった。
そんな反応を見たギルドマスターは、やはりな、となにやら納得したご様子。どういうことなんです?
「……吸血鬼の城の封印だが、火の封印を破壊したのは、あいつらしい」
「……は?」
なにしてるの、あのおじさん。
ちなみに、封印についてはハンター全員に情報が伝わっている。すなわち、
水の封印は北の領地境の休憩所の地下。
火の封印は温泉町がある西の休火山の地下。
地の封印は南の大山の中腹の祠。
風の封印は東の渓谷の絶壁にある洞窟内。
その内、破壊されたのは水と火の封印だ。地と風の封印も破壊されるところだったのだけれど、たまたま別件で近くにいたハンターたちによって守られたと聞いた。
水の封印は魔物の大群によって破壊されたのはわかっていたけど、まさか火の封印を破壊したのが現役ハンターとは……。
「どうしてまた、そんなことを」
「それが、当人がいくらか錯乱しているらしくてな。娘の病気を癒すために封印を破壊したとか、娘の病状が悪化したのはマイのせいだとか、自分の仕事がうまくいかなくなったのはマイのせいだとか━━━━」
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください。そもそもおじさんに娘がいたなんて今、知ったんですけど!?」
「わかっている。だが、具体的に名前が挙がっている以上、確認してほしいとケイノのハンターズギルドから話がきてな」
ため息をつきつつ、ギルドマスターは嘘発見水晶をポンポンと叩く。ああ、確認のためだったのね。でも、そうなると……。
「誰がおじさんに間違った情報を……いえ、おじさんの認識を歪めたんですか?」
「さて、それはわからない。ケイノ支部の捜査待ちだな」
催眠か、洗脳か、それはわからないけれど、何者かが裏で暗躍してるよね、絶対。
会話が途切れると、待っていたように秘書さんが資料を私に手渡してきた。
「あと、その剣……シーン・マギーナと言ったか。はっきりと名前は出ていないが、古い文献にそれらしい記述が散見された」
促され、資料に目を通す。
資料によると、吸血鬼の支配から脱しようとして当時の人々は、錬金術を用いて対吸血鬼用の武器を作成したらしい。あるひとつの素材を元にいくつか作られた武器は吸血鬼との戦いの中で多くが失われたようだけど、いくつかは人知れずどこかで眠っていると伝えられている。だいたい、そんな内容だった。
「シーン・マギーナが、文献にある武器だと?」
「確証はないが、その剣が言ったんだろう、自分の欠片を探してくれと。一つの素材から作られた別の武器のことと考えれば話は合うはずだ」
「確かにそうですね。……シーン・マギーナは元に戻りたいんですかねえ」
「主のマイにわからないんじゃあ、私にもわからんよ」
それもそうだ。確認したければシーン・マギーナの欠片を探すしかないか。なんか、面倒なことになりそうな予感しかしないけどね。
もう一度資料に目を通し、ふと気づいた。
「錬金術ギルドになら、なにか情報があるでしょうか?」
錬金術で対吸血鬼用の武器を作ったとなれば、その情報が錬金術ギルドに残っている可能性は高いと思うんだけど。そう言うと、ギルドマスターは難しい顔をして頷いた。
「可能性はあるだろうな。……だが、その件で
「じゃあ、錬金術ギルドに所属したら、なにかわかりますかね」
錬金術ギルドに仮登録してあるし、春になったら正式に登録に出かけるつもりだ。所属すればわかることがあるかもしれない。だけどギルドマスターの表情は厳しいままだ。
「可能性はゼロではないが、ギルドでも上層部しか知らない情報かもしれない。焦って上層部に目をつけられるなよ?」
確かに。組織の上層部だけが知っている「何か」というものは定番だしね。ハンターズギルドにも、そういう情報はあると思うし。って、あれ? ということは。
「ひょっとして、ハンターズギルドでもシーン・マギーナの情報は……」
「そんな剣は存在していない。マイが手にしたのは、呪われた、ただの魔剣でしかない。……ということになっている」
「どうして、また」
「吸血鬼の城跡の本格的な調査は明日からだが、すでに先行調査隊の周辺に、魔法の品が発見されていないか探る動きがあるようだ。錬金術ギルドの動きも読めないし、見る者が見れば呪われていることがわかってしまう。できれば、どこかにしまっておいてほしいものだ」
うわあ、面倒なことになった。ハンターズギルドがシーン・マギーナを認識しないってことは、ようするに、シーン・マギーナ絡みでトラブってもハンターズギルドは助けてくれないってことですよねっ! なんてこったい!
この数日、ギルドお抱えの鑑定士に調べてもらってもシーン・マギーナについてわかったことは何もない。結局、厄介な武器というオチがついただけか。
「そんな目で見るな。この町にいる間ならば、できるだけのことはしてやるから」
「そりゃあ、春まではいますけどね」
甜菜の件もあるので、まだしばらくはケイモンにいるとは思う。だけど、錬金術ギルドに正式登録するためには支部のある町まで行かないといけない。ずっとここにいるわけにはいかないなあ。頭が痛いよ。
用件はシーン・マギーナに関することだけだったようなので退室しようとすると、ふと思いついたようにギルドマスターが言った。
「そういえば、ライラックはどうしてる?」
「え……。そういえば、あれから顔を見てませんね」
毎日ギルドに来ていても、ライラックさんに会っていない。ギルドマスターも会っていないとなると、そもそもギルドに来ていないのかな。
「ちょっと様子を見て来てくれ」
「私が?」
「報告の時も、心ここにあらずって感じだったしな。なにか悩み……いや、迷っているように見えたが、ギルドには言いにくくても、個人には言えることだってあるだろう」
そういえば、報告の時に私の話に合わせてくれたお礼も言えてなかったな。いい機会か。
了解し、ギルドマスターの部屋を出た。
……しかし、どうしたものか。背負っていたシーン・マギーナを手に取り、ため息をつく。鞘を作ったからパッと見は普通の剣にしか見えないだろう。だけど、呪われていると判別されれば面倒なことになるのは間違いない。聖職者にはあまり関わりたくないしなあ。
ギルドマスターはどこかにしまっておけと言ったけれど、手放しても戻ってくるからそれは無理だ。どうにかして、人目につかないようにできないものか……。
おい、シーン・マギーナ。どうにかならないのか?
心の中で問いかけながら、睨む。お前のせいで苦労するんだから、ちょっとは協力しろ。
…………………………。
……うん? なにかイメージが頭の中に。えーと……は? 主となら一体化できる!? できるんなら最初に言えよっ!
で、方法は……は? 下から……こう、グッと入れ……って、ちょっと待てぇぇぇぇっっ! 私初めてだし、いくらなんでも無理が……って、なんだその無駄に自信に満ち溢れたイメージはっ。
しょうがない、試すだけ試してみるよ。ちょっとギルドのトイレを拝借して……。
……………………………………………。
……………………………。
………………。
……入った。
マジかよ。
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