第51話 急がば回る

「ちょ、ちょっと待って。それはどういう意味────」

 頭をヨナに抱きしめられたまま無理矢理上体を起こして、手にした刀に呼びかける。だけど返事はない。言いたいことだけ言って沈黙するんじゃないっ!

 私を抱きしめたままヨナが目をパチクリさせる。

「マイ様、どうしたのですか?」

「いや、この剣が妙なこと言ったでしょ?」

「え?」

「……ん?」

 確認すると、どうやらヨナには聞こえていなかったらしい。というか、私にだけ聞こえたのか、なんとも意味深な言葉が。

 ええと、シーン・マギーナって名乗ったっけ。で、分かたれた欠片を探してくれとかなんとか。もっと情報が欲しいけれど、どれだけ呼びかけても返事はない。アフターケアがなってないぞこらあ。

「ああっ!」

 武器に呼びかける私を心配そうに見つめていたヨナが急に声をあげた。何事?

「マイ様、その武器を手にして大丈夫なんですかっ!?」

 うん? ……ああ、そうか。確か呪いがかかってたっけ。あ、そうだ、ついでに【解析】しておこうか。どういう呪いなのか、どういう武器なのかわかるかもしれないし。

 というわけで、【解析】!



【解析結果】

銘:シーン・マギーナ


素材:シーン・マギーナ


能力:アンデッド特効

   魔法生物特効

   人造生物特効

   精霊特効


   狂戦士の呪い



 ……ちょっと待て、なんだこの武器は。

 まず素材が謎。シーン・マギーナって名前の鉱物とかあったっけ? 銘がある以上、誰かが作ったんだろうけど、鉱物の名前そのまんまってのもおかしな話だ。呪いがかかっているのはわかったけれど、この刀がどうやって意思を持っているのかも不明なまま。まあ、これについてはギルドに戻って調べてもらうのがいいかもしれないな。

 あと、『生者ならざるものを斬る』という自己紹介に偽りなく、生命体以外のものにやたら強いらしい。どうりで痛いわけだ。

 改めて刀を見ると、ますます日本刀ぽっい。ただ、鍔の部分はよく見ると蝙蝠状の羽だった。刀の左右から飛び出した羽が刀に巻きつくようにして鍔のようになっていたのだ。誰のデザインだか。

「大丈夫だよ、私に呪いは効かないから」

 安心させるように頭を撫でてあげると、ヨナはしがみついてきた。

 あ。霧が完全に晴れると、遠くに倒れているライラックさんが見えた。【索敵】に反応は……ある。よかった、生きてる。

「ヨナ、ちょっと離して」

「……」

 無言でフルフルと首を振るヨナ。その身体は小さく震えていて、手を離したら私がいなくなるとでも思っているようだ。

「お願いだから、服だけでも着させて」

 【霧化】のせいで素っ裸だからね? 裸で町に帰れないからね。しがみつかれてたら服も着れないからっ。


 ぎゅうううっ。


 痛い、痛い。

 いや、だから離してぇ。変な気分になるから胸に顔をうずめてイヤイヤしないでっ。服着せてぇっ!



 なんとかヨナをなだめて服を着せてもらった。自分で着ようと思ったけど、シーン・マギーナを手放して服を手にすると、凄い勢いでシーン・マギーナが服を叩き落としに飛んでくるので無理だった。ひとを一方的に主認定した上に独占欲強すぎとか、ヤンデレか……。

 スカートは腰のあたりで真っ二つだったので紐で無理矢理固定。新品が【マイホーム】にあるけど、戦いのあとに新品とか不自然すぎる。

 しがみつくヨナと一緒にライラックさんの元へ。……うわっ、胸甲が滅茶苦茶に歪んでる。自分の蹴りはもはや凶器だな、気をつけないと。

 とりあえず破損した胸甲は外して、証拠隠滅で遠くにぽーい。私の蹴りは凶器じゃない。いいね?

「う……あ?」

「ライラックさん、大丈夫ですか?」

「……マイちゃ、ゴホッ!」

「きゃあああっ!」

 意識を取り戻した途端、血を吐かれた。まずい、肋骨が折れて肺を傷つけているかもしれない。……ええい、くそっ。血の匂いに疼くな身体!

 動揺するヨナをなだめつつ、身体の疼きを抑えつつ、ライラックさんに確認すると胸に激痛が走るらしい。やはり肋骨が折れているみたいだ。

「マイちゃん……」

「無理に喋らないでください」

「よかった……生きてる……」

 ポロポロと涙を流しながら、ライラックさんは気を失った。殺してしまったと思った私が無事だったので安心したのかもしれない。

 とはいえ、こちらは安心できない。ライラックさんの治療は急がないと命に関わる。だけど、肋骨が折れている人を背負って走るわけにもいかない。安静なまま、しかし素早く移送しないと。

「ヨナ、足の方を持って」

「え、あ、はい」

 近くの柱に【マイホーム】を設置し、二人してライラックさんを【マイホーム】の中へ。上り口に寝かせるのは気が引けるけれど許してほしい。

「大急ぎで町に戻るから、ヨナはライラックさんを看ていてあげて」

「で、でもっ」

「また血を吐くかもしれないし、口の中に血が溜まって窒息するかもしれない。その場合は血を吸い出してあげて」

「吸い出す……っ!?」

 吸い出す方法を想像して赤くなるヨナは可愛い。

「ライラックさんをお願い。……大丈夫、必ずドアを開けるから」

 なにか言いたそうなヨナの頭を撫で、軽くキスしてからドアを閉める。でもって【マイホーム】解除。

 さて、それじゃあ急いで帰りますか!

 壊れた窓から外を見る。光源がないので真っ暗だけど【暗視】があるので問題ない。よし、跳び下りても問題ない高さだな。

 窓から身を躍らせて、下の階の屋根へとトントン拍子に下りていく。たまにはぐれたアンデッドがいたけど華麗にスルーし、全力で入ってきた亀裂へと走る。霧が無くなったから迷うこともない。一気に亀裂を駆け上がり、陽光の下へと躍り出た。ふう、シャバだー。

 霧は晴れ、視界良好。だけど暗いのは陽が傾いているからか。それだけ長く地下にいたんだなあ。でも、これなら先に脱出した五人も問題なく町に向かえたんじゃないかな。

 うん? 【索敵】に反応があるな。ケイモンに続く東側の街道沿いに、大量のアンデッドと十数人の人間……って、ひょっとして霧で足止めされてた人たちか!?

 霧が薄れてきたから、夜になる前に町に入ろうと急いだら森からアンデッドが熱烈歓迎って感じかな。寄り道になっちゃうけれど、これは無視するわけにはいかないね!

 全力で駆ければ十数秒で現場に到着。速すぎて木にぶつかったりはしていない。断じて、ない。頭の上に雪など乗っていない、いいね?

 さて、アンデッドに囲まれているのは二台の馬車。どちらも乗り合い馬車かな。護衛の人たちが応戦しているけど多勢に無勢、このままじゃ確実に全滅する。

 これはまあ、目立ちたくないとか言ってる場合じゃないよね。

「こっちだーっ!」

 大声をあげながら一気に間を詰める。数体のゾンビが振り向いた時には、もう私の間合いだ。雪を蹴立てて自分の身長ほどもあるシーン・マギーナを一閃する!


 スンッ!


「んなっ!?」

 なんの手応えもなかった。勢い余ってその場を駆け抜けてしまったくらいに。

 ……外した? あの間合いで?

 振り返ると、数体のゾンビが腰のあたりから両断されてバタバタと倒れていった。

 ……………。

 腐ったゾンビ肉も骨ごと綺麗に、形を崩さずにこの通り! って、テレビショッピングの包丁じゃないんだからっ!

 なんなの、この斬れ味。斬れすぎて逆に怖いよ。アンデッド特効強すぎっ! こんな刀に刺されたのかと思うとゾッとするよ。

 いや、戦慄するのは後にしよう。まずは目の前のアンデッドたちを屠る。

 一閃、二閃。シーン・マギーナを振るたびにまとめてアンデッドが倒れていく。やつらの包囲が綻び始める。

「援軍か!?」

「よし、このまま押し返すぞ!」

 護衛の人たちが奮い立つ声が聞こえる。

 完全に勢いはこちらのものになり、やがてアンデッドは駆逐された。

「なっ、子供だとっ!?」

「嘘だろ、あの数をこんな子供が……」

「しかも、自分と同じくらいの剣を……」

 ああ、うん。自分でも驚いているから気持ちはわかる。だけど今は横に置いておいて。

「すみません、怪我人がいるんです。ポーションか、治癒魔法の使える人はいませんか?」

 わざわざ援護に来たのは、見捨てられなかったってのもあるけれど、ライラックさんを治療できる可能性があると思ったから。多分、町はまだ大変な状況で、中に入れるかどうかわからないし。

 問いかけながらハンター証を見せると、顔を見合わせた護衛の一人が、馬車の中からポーションを一瓶持ってくる。

「君が来てくれなかったら危なかったしな。礼と思ってくれ」

「ありがとうございます!」

「ところで、ケイモンはどうなっているんだ?」

「すみません、治療したらすぐに戻ってきますから、その時にっ」

 ポーションを受け取り、急いで森に駆け込む。【マイホーム】を設置してドアを開けると、口にベッタリと血をつけたヨナが驚いていた。ああ、やっぱり血が溢れてきたか。危なかったな。

 血の匂いに身体がうずうずするけど、それは無理矢理抑えつけて、と。

「マイ様、どうなりました?」

「ポーションもらってきた。代わって」

 ライラックさんの頭を膝に乗せ、ポーションを口に含むと口移しで飲ませる。隣でヨナがビクリとしたような気配があったけど、今はライラックさんを助けないと。

 なんとかポーションを全部飲ませると、目に見えてライラックさんの呼吸が穏やかになっていた。顔色も良くなったし、とりあえず危機は脱したかな。

 ちなみにライラックさんの血は甘かったです。……うわっ、変態っぽい。自己嫌悪……。

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