第50話 シーン・マギーナ
扉の方から爆発音がした。
「こっちは片付いたぞ。早く脱出しよう!」
魔法使いの声が聞こえる。だけど、それに応じるわけにはいかない。ヨナと二人でライラックさんを挟み込むように移動しながら、魔法使いに答える。
「先に行ってください。ギルドに連絡を」
「なにを言ってるんだ!」
「ライラックさんを止めないと、呪われたまま町まで行っちゃうかもしれないですよ。だから、行ってください」
ここでライラックさんを止めるつもりではあるけれど、最悪の事態を考えればライラックさんが呪われていることを報告すべきだ。皆が万全ならば一緒にライラックさんを止めるのもアリだけど、怪我で戦えない戦士とマナが切れた魔法使いと神官では戦力にならない。
それに────。
(他に人がいては、吸血姫としての能力を使うこともできないしねえ……)
できれば吸血姫の能力は使わずに終わらせたいけど、そうも言っていられなくなるかもしれないしね。
「……すまない。三人揃って帰ってきてくれよ」
その言葉を残して、魔法使いと他のメンバーの反応が遠ざかっていく。
それを合図にしたかのように、私とヨナは同時にライラックさんに斬りかかる。最小限の傷で刀を落とさせたい。
ギンッ! ギンッ!
「んなっ!?」
ほとんど同時の攻撃をライラックさんはあっさり弾いた。孤児院で賊が投げた短剣を弾き返した時のように、一瞬で左右からの攻撃を捌く。
二度、三度。タイミングをズラしたり、フェイントを入れたりしても、ことごとく攻撃が弾かれる。弾かれるだけでなく、返す刃が確実に急所を狙ってくる。一対一だったら、間違いなく殺されているだろう。
「ごめん、殺す気できて。でないと……二人を殺してしまう」
辛そうなライラックさんの声。女性剣士を殺めてしまった時にあれだけ取り乱したのだから、それなりに親しくなった私やヨナを手にかけたらどうなるか、想像したくないな。
しかし困ったな。速度アップでなんとかライラックさんの技量に追いついているだけだから、殺すつもりで攻撃しようものなら手加減できない可能性が高い。うっかり……なんてこともあり得る。
ヒュンッ!
刀がうなりをあげ、こっそりと忍ばせていた髪の毛が斬り払われる。
「マイちゃん、なにかしてる?」
「さて、どうでしょう」
ライラックさんが疑問形ということは、【操髪】に反応してるのは刀自身か、または呪いか。血を吸ってライラックさんを動けなくさせられないかと思ったけれど、どうやら思いっきり警戒されているらしい。これは、ライラックさんの腕を斬り落とすぐらいの覚悟は必要かな……。
間合いを測りつつ、そんなことを考えていたら、ライラックさんの表情が強張った。
「よけてっ!」
ライラックさんは一歩、ヨナの方へと踏み込んだ。ただそれだけだ。だというのに、ライラックさんを中心にして地面が揺れた。揺れは同心円状に一気に広がる。
いや、正確には地面が揺れたわけじゃなかった。……空気だ。踏み込みで地を這う衝撃波のようなものを発生させたらしい。空気の密度の差で、地面が歪んで見えたんだ。そんなスキル、聞いてないよっ!
「……しまっ!」
反射的に小さくジャンプして衝撃波をかわし、後悔した。
合気道でもそうだったけれど、武術に置いてジャンプは悪手とされる。たとえ数秒でも、空中では身動きがとれないからだ。一度跳んでしまえば重力と慣性に支配される。着地するまで完全に無防備だ。
「きゃあっ」
「くっ……かわして!」
衝撃波に足をとられ、転倒するヨナに向かっていたはずのライラックさんが独楽のように回転し、呪われた刃が跳んでいる私の胴を横薙ぎにするように放たれる。
……あ、これ、よけられないわ。
どうする!?
【闇の翼】で上昇するか? ……いや、脚を斬られる。それに翼の説明が困る。
風の魔法で上昇してかわすか? ……加速力に不安がある。やっぱり斬られそうだ。
【影渡り】……光源が逆だ。
一瞬の思考。選択肢は一つしかないじゃん!
迫る刃。その前には衣服も、気休めに揃えた部分鎧なんてなんの障害にもならない。熱した包丁でバターを切るようにして、私の服は真っ二つになった。あ~あ、また創らないと。
「マイちゃっ……え?」
ライラックさんの戸惑う声。それはそうだろう、手ごたえなんてないのだし。斬られたのは服と防具だけだ。私はといえば、まだ残っている周囲の霧に紛れている。
【霧化】。これしか方法は残っていなかった。残ってなかったけどさあ……あとでどう説明すればいいんだ!?
いや、それは後回しだ。今はライラックさんから呪われた刀を奪い取るのが先だ。というか、そんなこと考えている時間なんてなかった!
私を見失ったライラックさんは、迷うことなく標的をヨナに切り替えた。回転したまま踏み込み、必殺の突きを放つ。立ち上がりかけのヨナは反応はしてもよけるなんてできない。
「ヨナッ!」
「え?」
「マイちゃん!?」
勝手に身体は動いていた。実体化し、ヨナを突き飛ばす。一瞬遅れて、右胸を灼熱感が襲った。深々と、それこそ鍔の部分まで刀が私の肉体に突き刺さり、背中から刃が飛び出していた。
「あっ、ぎぃ!? いぎぃあああああああああああっ!」
「マイ様ぁっ!!」
「マイちゃんっ!?」
痛い。痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛いぃっ!!
なんだ。なんだこの刀はっ!? まるで刀身から棘が生えて内側からかき混ぜられているような、内側から聖光を浴びせられているような、初めて経験する痛みが全身を駆け巡る。あまりの激痛に意識が遠くなり、だけど痛みで引き戻される。拷問のような攻撃はなんなんだっ!?
痛い。けど、動きは止めた。痛みに悲鳴をあげる身体に鞭打って、刀の鍔を掴む。
「あ、ああああっ! マイちゃんっ!」
「ライラック……さん。ごめんなさいっ!」
「え?」
ライラックさんの胸甲を力一杯、蹴り飛ばした。ベゴッ! と金属が歪む音とともに、茫然としたライラックさんが刀を手放して吹っ飛んでいく。頭から落ちないことを祈るだけだ。
しかし、くそおっ、痛いっ。
仰向けに倒れると、刀がずるりと胸から押し出されてきたのでそのまま引っこ抜く。目に見えない力が自分に干渉しようとするのを感じたけれど、どうやら抵抗できているみたいだ。やはり呪いだったのか。ありがとう、【呪い無効】。
だけどマナが急激に減っていく。傷口も再生しない。これは本気でヤヴァイ。
「いやああああああああっ! マイ様! マイ様ぁっ!」
悲鳴と一緒にヨナが駆け寄ってくる。服の袖を破いて傷口にあててくるけど、そんなものでどうにかできる怪我じゃない。
幸い、近くに柱があった。そこに【マイホーム】を設置する。
「ヨナ……二番倉庫から、青い……箱を持って、き……て」
「で、でもっ! まずは止血……あ、ああっ、血が止まらないですよおっ!」
「急いで。命令だよ!」
本当は命令なんかしたくない。だけど、動揺しているヨナを説得している時間なんて無い。減少するマナの数値がタイムリミットだから!
泣きながら、それでも命令に従ってヨナは【マイホーム】へと駆け込んでいく。さほど時間をかけずに青い箱を抱えて戻ってきた。中身は陶器製の小瓶がいくつか。
中身はなんだって?
えーと……まあ、あれだよ。【余剰魔力漏出】で出てきた体液。高濃度のマナが溶け込んでいるから、マナを回復させるにはこれが早いかな、と。
飲んで大丈夫なのかって? あ、ああ、大丈夫。汚いものじゃないし、むしろ飲むげふんげふん。
ヨナの助けも借りて一本飲み干す。……お、マナが回復しだした。だけど、すぐに回復が止まり、また減少を始める。
二本、三本……、五本目でようやくマナの減少が止まった。胸の傷もようやく塞がり始める。危なかったぁ。
ホッとひと息つくと、目の前が真っ暗になった。何事かと思ったけれど、どうやらヨナに抱きしめられたみたいだ。少し甘い汗の匂いがした。
「ごめっ……ごめんなさい。わた、私のせい、でっ。マイ様に……マイ様ぁぁぁぁぁっっ!」
私を抱きしめたままヨナは号泣する。安心させるように頭を撫でてあげるも、なかなか泣き止んでくれない。しょうがない、しばらく泣かせてあげるしかないな。
ヨナの頭を撫でながら、ふと片手に握ったままの刀のことを考える。呪いは無効化できているけれど、あのマナをガリガリと減らしてくれる攻撃はなんだったんだろうか。この刀固有の能力なんだろうか。
謎な刀だなあ。一体、お前はなんなんだ?
『我が名はシーン・マギーナ。生者ならざるものを斬る者なり』
……は?
『我が主よ、分かたれた我の欠片を探してほしい……』
喋った────────っ!?
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