第49話 対決するしかないねっ
「お願い、逃げてっ!」
刀に引っ張られるように……いや、本当に引っ張られて半ば引きずられたライラックさんが叫ぶ。騒ぎに気づいたみなが振り向いた時には、もう目前にライラックさんは迫っていた。
しまった、完全な判断ミスだ。全力で走ると怪しまれると思って速度をセーブしたのがマズかった。あの刀の速度はかなり異常だ。
「ちょ、ちょとおっ!?」
女性剣士が突っ込んできた刀をかろうじて弾く。
……だけど、そこまで。ライラックさんは完全に体勢を崩しているというのに、刀は急停止し、まるで跳ね返るように女性剣士に襲いかかった。
「え……」
驚愕の表情のまま……女性剣士の頭部がずれていき、床に落ちる。ゆらゆらと朽ち木のように揺れていた胴体が倒れると、切断面から血が噴水のように噴き出した。
「あ……あああああっ!」
それなりに場数を踏んでいるハンターたちは、その惨劇を見ても息を呑んだだけで叫んだりはしなかった。ただ一人、加害者となったライラックさんを除いて。
ライラックさんの絶叫なんて初めて聞いた。いつも落ち着いていて、どんな状況でも取り乱すことなんて無いと思ってたけど。
「や、やめてぇっ! 逃げてぇっ!」
刀に逆らおうとするも叶わず、ライラックさんは残されたメンバーに斬りかかろうとする。
さすがにこれは、止めないとねっ!
「ライラックさん、こっちです!」
部屋の隅に積み上がっている氷を【クリエイトイメージ】で氷の礫にして掌にいくつか出現させる。そしてそれを、割と本気で投げつける。
唸りをあげて飛んでいく氷の礫に刀が反応した。急激な方向転換でライラックさんを振り回しながら、投げつけた氷の礫をすべて叩き落とす。うん、やっぱり。あの刀は攻撃に反応する。それなら誘導できる。
扉の前のメンバーに呼びかける。
「呪われた剣は引き受けます。みなさんはこれで……扉の向こうの敵をお願いしますっ」
氷の礫を投げつけながら、残っていたマナポーションを床に滑らせる。途中で刀に破壊されるかと思ったけど無視された。自分に向けられないものには反応しないらしい。マナポーションは無事に魔法使いの足元に届いた。
「一人でなんて、いくらなんでも無茶だっ!」
「そう思うなら、扉の向こうの敵を早く倒して下さいね! ヨナ、早くみんなと合流して」
応じつつライラックさんを仲間から遠ざける。途中、大柄な戦士を置いてこちらに駆けてきそうなヨナに指示を出しておく。迂闊に刀の攻撃範囲に入られたら、守る自信はない。
ヨナはなにか言いかけたけれど、すぐに大柄な戦士の身体を支えに戻った。よし、とりあえずは安心かな。あとは、っと。
「あああっ……、どうして、どうして私は……」
あとはライラックさんだなあ。
涙を流し、うわごとのように自分を責めるライラックさんの姿は、今までのイメージとはかけ離れすぎていて戸惑いすらある。過去になにがあったのかは知らないけれど、今はしっかりしてもらわないと。
なにせ、少し前までは刀に振り回されているように見えたライラックさんの動きが、徐々にしっかりしてきたのだ。スピードで勝っているから回避できているけれど、刀がライラックさんの肉体を使いこなせるようになったら、どうなるかわからない。
かじった程度の合気道の動きを思い出しながらチャンスを待つ。……よしっ、今だ!
「ライラックさん、しっかりしてくださいっ!」
やや大振りな斬撃をかわさず、あえて踏み込んで刀を持つ手を押さえる。そして────これが難しいんだけど────力を加減してライラックさんの頬を打つ。
パアンと乾いた音がして、虚ろだったライラックさんの目の焦点が戻ってきた。よしっ。
「っ! 危ない!」
「うわっと」
手首の回転だけで刀が襲ってきた。ギリギリそれをかわし、距離をとる。
「ごめん、私は────」
「謝罪は後でいくらでも。それより、身体はどんな感じですか」
「……自由が利かなくなってきているかな。最初は剣が勝手に動いていたんだけど、どうやら肉体を支配されるのは時間の問題かもしれない」
「じゃあ、手がつけられなくなる前に、なんとかしましょう」
「なんとかって……」
「なんとかです!」
逃げるってのは無し。封印が解除されているから、ライラックさんが町まで来ちゃうかもしれないし。なにはなくとも、刀をなんとかしないと。
パッと思いつくのはライラックさんを束縛し、町に戻って解呪してもらうことだろうか。そうなると【操髪】だな。
髪をそっと伸ばしながら、ライラックさんの攻撃を凌いでいく。ふと、ライラックさんが微妙な顔になった。
「マイちゃんって、武術の経験あるの?」
「……護身術レベルでなら」
「それで、これだけ回避されるとか……自信なくすなぁ」
そんなこと言えるなら、まだ大丈夫だな。
斬りかかってくるライラックさんの動きを見て、大きく背後に跳ぶ。間髪入れずに、展開しておいた髪でライラックさんを拘束する。
「こ、これはっ!?」
「よし、これで……って、ええっ!?」
ライラックさんの手の中で刀が回転した。まるでバトンを回すように軽やかに。それだけで、あの妖狐すら拘束した髪がスパパッと切断されていく。
って、ヤバッ。跳び退きながらだったので、髪を切断されると踏ん張ることができない。そのまま後ろにひっくり返った。
「マイちゃん!」
「……あ」
目の前に刀を振りかぶったライラックさんがいる。
かわせ……ないな、このタイミング。
【影渡り】は……ダメだ、光源が自分の後ろにある。自分の影には潜れないんだ、これ。
じゃあ、【霧化】か。あとで説明に困るけど────。
「狐火!」
え? ヨナ?
目前に迫った刀が突然、軌道を変えた。振り向きざまに放たれた斬撃が、飛来した炎を斬り飛ばす。その向こうにいるのはヨナだ。
「マイ様、大丈夫ですかっ!」
「「ダメだ、逃げて!」」
ライラックさんと言葉がかぶる。今の攻撃でヨナが攻撃対象にされてしまったから。
凄い踏み込みでライラックさんがヨナとの間合いを詰める。
くそっ、間に合えっ! 【加速】重ねがけ! 今だけ全力疾走!
とんでもない加速に周囲の景色が後方へと歪む。
「え?」
ライラックさんの脇を駆け抜ける時、驚いた声が間延びして聞こえた。
そのままヨナを抱き締め、ライラックさんと大きく距離をとる……って、止まらないぃぃっ!
ゴンッ!!
柱にぶつかってようやく止まった。ヨナを柱とサンドイッチすると殺しちゃう速度だったから、ギリギリ反転できただけヨシとする。背中はめっちゃ痛いけどねっ!
「マ、マイ様!?」
「ありがとう、助かった。……だけど無茶しすぎ」
なんで来たの、と言いたかったけれど、助かったし、考えてみればヨナが私を優先するのはごく普通のことだったから、その言葉は飲み込む。まあ、無茶は無茶だったけどね。
「お手伝いさせてください」
って、もっと無茶を言うとは思わなかった!
どうする? なぜかこちらを窺って動きを止めているライラックさんから目を離さずに考える。現状を打破するためには、あの呪われた刀をどうにかしないといけないわけだけど……。
「ライラックさん、ひとついいですか?」
「手短にお願いするよ。どうやら……スキルまで掌握されそうなんだ」
動きが止まっているのはそのせいだったのか。急いで確認する。
「その剣、手にくっついているわけじゃないんですよね?」
「そうだね。手が放そうとしないだけで、その気になれば持ち替えもできるんじゃないかな」
つまり、無理矢理奪い取ることも不可能じゃないわけだ。ただ、スキルまで使われるとなると、一対一ではそれも難しい、か。……やれやれ、ヨナは危険な目に遭わせたくないんだけどなあ。
「ヨナ」
「はい、マイ様」
「ライラックさんから、あの剣を奪い取る。牽制して隙を作って」
「はいっ!」
一緒に戦えるのが嬉しいのか、満面の笑みで応えるヨナに【加速】を重ねがけしながら、一抹の不安をどうにも消せなかった。
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