第48話 呪いとか面倒なっ

●ヨナ


「気をつけてください、真下から来ます!」

 マイ様の声が聞こえると同時に、床をすり抜けて現れた半透明の人型が、盗賊さんに吸い込まれるようにして消えました。

 多分、あれは霊体のアンデッド。資料室で読んだだけで実物は初めて見るけれど、生者に憑依して攻撃してくる難敵だと書いてあったと記憶しています。それが証拠に、

「いひっ、いへあああ?」

「ぐあっ!」

 アンデッド・ナイトを攻撃した大柄な戦士さんの脇腹に、憑依された盗賊さんは短剣を突き立てたのです。たまたまなのか、それとも狙ったのかはわからないけれど、ちょうど鎧の隙間に刃が入ったようでした。しかもそのまま短剣を抉るように動かしているようです。ううっ、見ているだけで痛い。

「く、くそっ。おい、早くなんとかしろ!」

「危ない、避けてくださいっ!」

 憑依したアンデッドだけを倒すには、精神にダメージを与える魔法か、亡者滅還しかないと、資料に書いてありました。となると、こちらのメンバーでは女性の神官さんに頼るしかありません。

 戦士さんが神官さんに呼びかけるも、神官さんよりも先にアンデッド・ナイトが動きました。重さを感じさせない速さで巨大な剣を横薙ぎに払ったのです。盗賊さんごと戦士さんを斬り捨てる軌道で。盗賊さんまで巻き込むとか、アンデッドには仲間意識はないのでしょうか?

 だけど、黙って見ているわけにもいきません。

「狐火!」

「くそっ、氷!」

 私の放った炎がアンデッド・ナイトの顔面を直撃し、わずかにバランスを崩す。まるで合わせるように、マイ様の魔法がアンデッド・ナイトの剣を凍らせます。剣が重くなり、またわずかにバランスが崩れる。ほんの少しの、だけど貴重な隙が生まれました。

 そのわずかな時間で戦士さんは盗賊さんを突き飛ばし、思いっきり跳び退く。直後、鈍い音とともに盗賊さんの頭部に凍った剣が激突し、その体を床へと叩きつけました。

 ……死んだ?

 目の前で仲間が倒れるのを見るのは初めてです。

 不意に、妖狐に蹴られて血をまき散らしながら吹き飛ぶマイ様の姿が思い出され、背筋に冷たいものが走りました。目の前で誰かが死ぬというのは、死体を見つけるのとはまた違う恐怖を覚えるものなのだと思い知りました。

 と、盗賊さんが立ち上がろうと動き出しました。ひょっとして生きてる?

「無事か……。いや、ダメか」

 ポーションを飲みながら戦士さんが盗賊さんの身を案じます。だけど、微かな希望は簡単に打ち砕かれました。盗賊さんの頭部が明らかにあり得ない方向に向いているのです。生きているはずがありません。それでも、霊体に操られる死体は短剣を振り上げるのです。

「眠りなさい。お疲れ様でした」

 神官さんの優しい、だけど悲しげな声とともに亡者滅還が炸裂しました。盗賊さんの肉体から霊体が抜け出し、すうっと宙に消えていきます。そして盗賊さんの肉体は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちました。今度こそ本当に、彼は死にました。願わくば安らかに眠ってほしいと思います。


 ガギンッ!


 鋭い音に我に返ると、戦士さんがアンデッド・ナイトと正面から切り結んでいました。

「おらっ、チビッ娘、ボーッとしてんじゃねえ。まだ敵が動くんだぞっ!」

 そうでした。感傷に浸るのは後にしないと。

 動きが止まったアンデッド・ナイトに、私は何度も炎を放ち続けました。


         ◆


 同じころ、もう片方の対アンデッド・ナイトのメンバーも苦戦していた。

 ドワーフの戦士も敵に回ってしまい、数で劣勢になった女性剣士だけでは足止めできないでいる。ジリジリと追い込まれ、ドワーフの神官と魔法使いが詠唱する余裕もない。

「一旦、離れて!」

 私の呼びかけに三人が背を見せて全力で逃げる。それを追うアンデッド・ナイトとドワーフの戦士の足元を────。

「氷!」

 薄く凍らせてみた。霊体に操られたドワーフの戦士は、なにも考えずに足を踏み出した。


 ツルッ! ……ガッシャーン!


 足を滑らせて転倒するドワーフの戦士。それに躓くアンデッド・ナイト。折り重なるように倒れ込んだ敵は、床が滑るために起き上がるのにいくらか手間取っている。よし、チャンスだ。

「同胞を返してもらうぞ」

 ドワーフの神官が亡者滅還を放つ。ドワーフの戦士の肉体から霊体が抜け出し、消滅した。これでドワーフの戦士は正気に戻るはずだけど……アンデッド・ナイトが立ち上がっても動かない。打ち所が悪かったのか?

「神官、私の剣に神の加護をお願い!」

「それは魔剣じゃろう」

「魔力は帯びてるけど、特殊な力は無いの。加護があれば早く倒せる」

「なるほど、よかろう」

 女性剣士の剣が淡い輝きを帯びる。……見ていると目が痛くなる光だ。自分の武器にかけられたら厄介だな、あれ。その時は断ろう。

 女性剣士はアンデッド・ナイトの周囲を走り回りながら攻撃を仕掛ける。アンデッド・ナイトは凍った足場のせいで力強い斬撃が放てないでいる。やはりアンデッド、頭はあまり良くないらしい。魔法使いとドワーフの神官の援護もあり、確実にダメージを与えていく。

 死人はでたけれど、どうやらどちらのアンデッド・ナイト対応組もなんとかなりそうな感じだ。じゃあ、私は当初の予定通り、霧を払いながら援護と敵の動向把握に徹するとしようか!

 ………………………………。

 ……………………。

 ……………。


 ガランガランッ!


 アンデッド・ナイトが崩れ落ち、残された鎧が鈍い金属音とともに床に散らばる。

 あれから霊体の妨害もなく、劣勢を覆して二体のアンデッド・ナイトを撃破することに成功した。ふう、長かった。

 誰もが傷つき、疲弊し、残された魔法も残り少ない。まさに薄氷の勝利だった。

 え? 私? マナはまだまだありますよ。もともと霧を氷に変えるのって、水蒸気たっぷりの気体を固体にしてるだけのなので消費は少ないし、ギルドから支給されたマナポーションもあったしね。

 残るはライラックさんだけだけど、こちらも戦いの行方は見えてきた。

 ライラックさんも傷だらけだけど致命的な傷はない。動きは鈍くなっているけど、それ以上に敵が傷ついている。鎧のあちこちがへこみ、焼け焦げ、壊れた玩具のように動きがぎこちなくなっている。あとはタイミングを合わせてーーーー。

「氷!」

 水の災厄の獣の死骸に氷塊を落とす。当然、それを阻止しようと鎧は動くけれど、明らかに動きがぎこちない。その隙をライラックさんが見逃すはずもなかった。

「はあっ!」

 裂ぱくの気合いとともに放たれた一撃が、炎に炙られ劣化した鎧を砕き、本体に食い込む。鎧の隙間という隙間から炎と煙を噴き出しながら、鎧のアンデッドは激しく痙攣し、やがてその場に崩れ落ちた。その向こうで氷塊の直撃を受けた水の災厄の獣の頭蓋骨に大きなヒビが入るのがわかった。

「マイちゃん、もう一回」

「了解です」

 再び氷塊を落とす。霧を発生させているくせに乾いた音を立てて、水の災厄の獣の頭蓋骨が砕ける。

「おっと」

 と、砕け散る氷と骨片が倒れた鎧にぶつかり、その剣を弾いた。不自然なくらいに真っ直ぐ、狙ったようにライラックさんに向かって飛ぶが、ライラックさんは難なくその剣をキャッチする。

 んー、なんだか不思議な剣だなあ。日本刀に似た片刃の直刀で、鍔の部分も日本刀のそれっぽい。刀身が黒いことを除けば、刀と呼んでもよさそうだ。ただ、この世界のアンデッドが持つには似合わないなー。

「終わった?」

「いや、まだだ。扉の前に集まってきたやつを倒さねえとダメだろう」

「それもそうね」

 頭蓋骨を砕くと霧の発生が止まった。これで依頼は達成かな。まあ、大柄な戦士の言うように、町に帰るまでが依頼だもんね、気を引き締めないと。

 各自が扉の方へと移動する。盗賊の遺体の回収は後回しだがしょうがない。ヨナが駆け寄ってきた。

「マイ様、私、頑張りました!」

「お疲れ様」

 頭をなでなでしてあげる。キスしてあげたいけれど、さすがに今はマズイな。

 ちなみに、ドワーフの戦士は倒れた時に武器を持った手が下敷きになって手首の骨が折れたようで、残念ながら戦力にはならなさそうだ。ポーションも治癒の魔法も使い切ってしまったため、手当は町に戻ってからになりそうだ。

 さて、自分たちも扉の方へ……と思ったら、ライラックさんが動かない。

「おい、ライラック、なにしてる」

「ダメだ、離れてっ!」

 大柄な戦士が肩を叩こうとするとライラックさんが叫んだ。


 ザシュッ!


 ……え?

 ライラックさんの腕が肩のあたりからあり得ない角度で跳ね上がった。振り上げられた刀が、大柄な戦士の腕を肘のあたりから斬り飛ばす。

「うがあああっ! お、俺の腕があっ!」

「みんな、逃げてっ!」

 振り上げられた刀は弧を描き、大柄な戦士の頭部を叩き割らんと振り下ろされる。が、空を切った。大柄な戦士が腕を押さえてもんどりうったため、偶然にも斬撃をかわせたのだ。

「身体の自由が……この剣、呪われていたんだっ」

 呪い!? そうか、遺された文章!


『まさか、まさか──に攻撃されるとは思わなかった。あの場を離れられたは私だけか。だが、この傷では長くはないな。水の災厄の魔物め、まさか最後の最後で──に呪いをかけるとは』


 呪いがかけられたのは、あの刀だったんだ。多分、見境なく攻撃するような呪いを。

「ヨナはあの人の止血を!」

「は、はいっ」

 大柄な戦士にヨナを向かわせ、刀に引っ張られるように動き出したライラックさんを追った。

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