第47話 憑依するとか厄介な

 魔法使いの炎の範囲魔法が敵集団の中心で爆発し、爆風と炎でアンデッドたちを吹き飛ばす。まだ動ける敵を叩き潰しながら、私たちは城へと突入した。

 私が吹き飛ばしてもよかったんだけど、子供+Fランクなためか、マナがあまり残っていないと判断されて止められた。まあ、いいんだけどね。

 さて、幸い【索敵】で敵の配置はわかっている。やつらが守りを固める前に最上階に駆け上がるのだ。

 ………………。

 ……そして、気がつけば最上階に通じる階段に到着していた。

「……妙だね」

 階段を睨みつけながら、ライラックさんが呟く。他のメンバーも、嫌な感じだとか、気に食わねえ、なんて応じている。

「マイちゃん、敵の動きは?」

「……集まってはきてるんですが、動きが鈍いですね」

 実は城に入ってから敵と遭遇していない。崩れた階段などに行く手を阻まれたことはあったけど、まったく敵を見ていない。【索敵】の反応を見ると、じわじわと私たちに近づいてはきているんだけど、どうにも動きが読めない。

 ひょっとして包囲するつもりかと思うけど、反応のいくつかは階下の敵だ。

 短期決戦を望んだこちらとしては理想的な展開。だけど、うまくいきすぎな感じは否めない。確かに、嫌な感じだ。

「……このまま最上階に向かおう」

 ライラックさんの言葉に反対はなかった。敵の出方を窺うよりも速攻で勝負を決めた方がいいだろうし。

「マイちゃんは敵の動きに注意して」

「わかりました」

「よし、行こう!」

 全員で階段を駆け上がる。

 階段を上りきると通路があり、その先に半ば破壊された巨大な扉があった。霧は破壊された部分からこちらに流れ出てきている。

 扉だった物を越えると霧が濃くなり、一気に視界が悪くなった。仕方がないので【クリエイトイメージ】で周囲の霧を氷に変え、部屋の片隅に積み上げる。

「……なんだ、あれは」

 呟いたのは誰だったか。

 霧が晴れたそこに広がるのは激戦の痕が残る広い部屋。謁見の間か、王の間か。

 そして私たちの視線の先には、巨大な、形容しがたい白骨化した死骸が鎮座していた。大きすぎてどんな姿をしていたのか想像できないけれど、巨大な頭蓋骨は恐竜のそれを思わせた。そして、その死骸から霧が湧き出している。

「あれが、水の災厄の獣……の亡骸なきがらか」

 【索敵】にあの亡骸は反応しない。滅びてなお、霧を発生させ続けるとかなんて厄介な。いや、それよりも。

「手前の鎧、あれはアンデッドですよ」

 多分、とつけたい気持ちを抑えて告げる。水の災厄の獣の亡骸の前に、剣を抱えて膝をついている鎧がいる。かつては美しく輝いていたであろう銀色の鎧は斑に汚れ、今にも朽ちそうに見えるが、形容しがたい圧を感じる。【索敵】ではアンデッドとして反応しているけれど、どうにも反応がおかしい。なにがどう、とは説明できないけれど。

 あと、左右の通路から重い足音が響いてきた。武装したアンデッドがこちらに向かってきている。それに、今まで反応が鈍かった他の敵もスピードを上げたみたいだ。そのことを告げると、全員が武器を構えた。

 それに応じるかのように、湧きあがる霧の濃度が上がった気がする。さすがに、この濃度ではまともに戦闘できるかどうか。

「あの亡骸を完全に破壊すれば霧は収まるんじゃないか?」

「やってみましょう。炎よ、集い、高まり、弾けて滅せよ。爆裂弾!」

 魔法使いが大きな火球を亡骸向けて放った。と、微動だにしなかった鎧がなんの予備動作もなく動いた。


 ザシュッ!


 火球の進路上に立ちふさがって剣を一閃。真っ二つに割れた火球がその場で小さく弾けて消えた。

「なっ!?」

 全員が絶句した。あの鎧、移動も剣閃も信じられない速さだ。この中で対抗できる人がいるかどうか……。

「どうやら、あの鎧をどうにかしないと、水の災厄の獣の亡骸を破壊することはできなさそうだね」

 そう呟きながら、ライラックさんが剣を構える。その刀身が突然、紅蓮の炎に包まれる。魔剣とは聞いていたけど炎の魔剣だったのか。

「あの鎧は私が相手をするよ」

「一人でか?」

「お客さんも来たようだしね」

 左右の通路からアンデッド・ナイトが姿を現す。放置しておける相手じゃないのは、先ほどの戦闘でわかっている。今回はもう立っているので、凍らせて動きを封じることもできない。

「二手に別れて相手を頼む。マイちゃんは霧の除去と、他の敵の動きを警戒」

「わかりました。……気休めですが」

 皆も口々に応える中、そっとライラックさんの背に触れて【加速】を重ねがけする。軽く剣を振ったライラックさんが振り返って笑った。

「身体が軽い。ありがとう」

「持ちこたえてくださいよ」

「もちろん」

 話せていたのはそこまで。二体のアンデッド・ナイトがこちらに向かって駆け出したのだ。

 ライラックさんだけが直進し、残りの者は二手に別れる。右のアンデッド・ナイトに大柄な戦士、盗賊、女性神官、ヨナ。左のアンデッド・ナイトに女性剣士、ドワーフの戦士、魔法使いにドワーフの神官。

「氷!」

 私は中央に位置して、どこも援護できるように立つ。

 早速【クリエイトイメージ】で霧を氷の塊に変え、視界を確保すると同時に、水の災厄の獣の亡骸に落下させてみる。が、素早く反転した鎧が凄まじい斬撃を繰り出して氷塊を粉々に砕いてしまった。バケモノか。……バケモノだったわ。

 だけど、背を見せたのは大きな隙。背中にライラックさんの一撃が叩き込まれる。炎に背を焼かれながら鎧は吹っ飛んだ。

「くそっ、軽い」

 ライラックさんの呟き。どうやら自分から前に跳んでダメージを減らしたらしい。なんてやつだ。

 一方、左右のアンデッド・ナイトに神官が亡者滅還を使う……が、崩れ落ちない。抵抗されたようだ。

「決まれば楽だったんじゃがのう!」

 ドワーフの神官がボヤく。確か亡者滅還は一つの対象に一回しか使用できないんだったっけ。再度使用するにはマナを余計に消費する必要があるとかなんとか書いてあった気がする。

 アンデッド・ナイトはメンバーのランク的にも厳しい相手。これは長期戦になりそうだ。



 そして実際、長期戦になった。

 ライラックさんの鎧との一騎打ちは、お互い決め手を欠いている。力量は鎧の方が上。ライラックさんが持ちこたえているのは、私がかけた【加速】もあるけど、鎧がなんら戦闘スキルを使わないからだ。

 時々、霧を消しつつ氷塊を水の災厄の獣に落としてやると鎧が守りに入るので、その隙にライラックさんが一撃を入れるけれど致命傷にはならない。だけどスキルも併用して確実にダメージを与えているので、このままなら押し勝てるはずだ。

 アンデッド・ナイトの方も善戦している。盗賊と女性剣士、素早い二人が牽制し、大柄な戦士とドワーフの戦士が重い一撃を入れていく。敵の反撃にはヨナと魔法使いが魔法でカウンターを入れて勢いを殺す。完全に勢いを殺すことはできなくて戦士たちに傷が増えていくけれど、神官が治癒と防御魔法で助ける。自分も時々、敵の足元を凍らせて邪魔してるし、こっちも押し勝てる気がする。……何事もなければ。

「……なんだ、この反応」

 【索敵】を見ると、階下の敵の反応が迷走しているように見えた。だけど、すぐに階段を上るために移動しているのだとわかる。だけど二体だけ、私たちと同じ座標にいた。

 霧を払い、周囲を見回すけど敵の姿はない。ということは、真下にいるってこと?

 ……真下!?

「気をつけてください、真下から来ます!」

 その言葉に全員が緊張するのがわかった。空気がピンと張りつめる。

 だけど、少し遅かった。床をすり抜けて現れた半透明なソレが、盗賊とドワーフの戦士の身体に吸い込まれるようにして消えた。

「おごっ、お、お、おおおっ」

「────様のため、ためにっ。いいいっ」

 意味不明な言葉をわめき散らしながら、霊体に憑依された二人は仲間に武器を向けた。

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