第46話 城門の戦い
東側の封印を破壊しようとしていたアンデッドの一団を殲滅し、私たちは地下空洞の中央────霧が湧き出している吸血鬼の城までやってきた。高い城壁と霧のせいで全貌はわからないけれど、遠目からでも禍々しい空気をまとっているのを感じる。
「敵は?」
「門扉のところに二体。死体のフリしてますね。城の中には……いっぱい」
崩れた門扉の手前に騎士風の死体が倒れているけれど、あれはアンデッドだ。近づくと立ち上がって襲ってくるんだろう。タネが割れれば対処のしようもある……と思うんだけど、皆は難しい顔をしている。どうしたんだろう?
「鎧を着たゾンビなら怖くないけど、アンデッド・ナイトだとかなり危険なんだ」
あー、資料室で見たぞ、アンデッド・ナイト。鎧を着込んだ霊体で、銀か魔法の武器でしか傷つけられない。兜の奥には赤い目だけが浮いていて、視線を合わせると麻痺させられたり生命力を奪われたりする。しかも白兵戦の技量も高いという難敵だと。
さしずめ門番か。だけど疑問がある。
「城の中にはアンデッドがまだまだ沢山いる。過去の英雄はどうやって吸血鬼を倒したんでしょうね」
「雑魚は無視して一点突破、吸血鬼だけを速攻で倒したのか……」
ライラックさんはそこで言葉を区切り、言いにくそうに続ける。
「今、城の中にいるアンデッドは、英雄とともに戦った兵士たちの成れの果てなのかもしれない」
うわあ。そうなると面倒だ。兵士がアンデッド化しているなら武装していても不思議じゃない。加えて、魔法を使ってくるアンデッドの存在も考えておかないといけないだろう。さっきまでのようにサクッと一掃はできないだろうなあ。
どちらにせよ、まずは門番を無力化しないと始まらない。相談の結果、アンデッド・ナイトと判明したら神官に精神抵抗力をアップさせる魔法を使用してもらうことになった。私たちは魔法で援護だ。
「よし、行こう」
ライラックさんの合図で前衛四人が走り出す。ライラックさんと女剣士さんは魔法の剣を所有し、大柄な戦士とドワーフの戦士は銀の武器をギルドから借りている。敵がアンデッド・ナイトだとしても、問題なくダメージを与えられるはずだ。
四人が近づくと、倒れていた鎧に禍々しいオーラが宿り、ゆっくりと起き上がり────。
「させない。氷!」
オーラを発するとか、アンデッド・ナイト確定。周囲の霧を氷に変え、敵が起き上がる前に地面を凍りつかせる。手足が地面に固定され、アンデッド・ナイトが焦ったように身悶えする。なかなかおマヌケな光景だ。強敵がわざわざ起き上がるのを待ってやるものか、ふふん。
「おう、チビッ子、ナイスだ!」
大柄な戦士が銀の両手剣をアンデッド・ナイトに叩きつける。耳障りな金属音が響き、鎧の背中側がベコリとへこむ。それでも敵は起き上がろうともがく。しぶといな。
だけど起き上がれないなら事態は好転しない。なんとか視線を向けようとするアンデッド・ナイトだけれど、その度に頭部を攻撃されてそれもままならない。あまりにも一方的な展開に、楽勝ムードが漂い……はしないか。城の奥から大量のアンデッドが出てきた。どういつもこいつも錆びてはいるものの武具を身に着けている。外にいたゾンビどもとは比べ物にならないだろう。
「足止めする」
今回は、魔法使いは迷わなかった。崩れた門扉の代わりに炎の壁が出現する。範囲は門扉の幅だけでいいのでマナ消費が少なくてすむんだろう。
なにも考えずに前進してきたゾンビ兵が炎に突っ込み、炎の壁を抜けたあたりで次々と崩れ落ちていく。開けた場所では使いにくいけれど、限られたスペースならとても効果的だな。
そうこうしているうちにアンデッド・ナイトの一体が沈黙した。まあ、一方的に殴られてるんだもの、さもありなん。ガラガラと鎧がパーツごとに散らばっていく。本当に中身がないんだな。
残った一体も時間の問題だな、と思った瞬間、異変が起きた。炎の壁から小さな火球が飛来して魔法使いを直撃したのだ。
「ぐああっ!」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ、たいした傷じゃない。気をつけろ、魔法を使う個体がいる!」
その間にも火球が飛んでくる。私たちにじゃない、アンデッド・ナイトを攻撃している面々にだ。回避のために跳びのくライラックさんたち。すると火球はアンデッド・ナイトを拘束している氷を狙ってきた。そっちが狙いだったのかっ!
私が作ったのはただの氷だ、高温の魔法の火球をくらって無事なわけもない。やがてアンデッド・ナイトが巨大な剣を構えて立ち上がった。
「視線に気をつけろ!」
「魔法を使うやつを止めてくれ!」
すぐに神官が抵抗力を上げる魔法を前衛四人にかける。
しかし、魔法を使ってくるやつはどうすればいい?
炎の壁の向こう、見えるのは武装したゾンビばかりに見える。となると、魔法を使ってくるやつはゴーストか。資料によれば、昇天できなかった魂が死体に縛られているアンデッドで、知能も高くて魔法が使える。見た目だけならゾンビやスケルトンと見分けがつかないらしい。
……あれ? それ以上にゴーストにはヤバイ能力があった気が。
そこに思い至った瞬間、それは来た。後衛の自分たちを囲むようにアンデッドの反応が表れたのだ。
「テレポートしてきた! 囲まれた!」
そうだった、コイツらテレポートするんだった!
経験の差がここで出た。盗賊や神官はすぐに振り返って霧の中から伸びてきた手をかわしたけれど、ヨナだけが反応が遅れた。ゴーストの手がヨナに触れ────。
「ヨナ!」
「っ!?」
とっさにヨナを突き飛ばす。位置が入れ替わった自分に、ゴーストの氷のように冷たい手が触れる。【死の手】と呼ばれる生命力ドレイン攻撃だ。死体のはずのゴーストが一瞬、戸惑ったように動きを止めた……気がする。
「紫電!」
その隙に電撃を纏った拳を叩き込む。スタンガンのようにマヒさせる魔法だけど、それなりに効果はあるようだ。ゴーストがビクリと身体を硬直させた。
「マイ様から離れろっ!」
そこにヨナが銀のダガーで斬り込んでくる。実に簡単に、ゴーストの首が宙を舞った。遅れて胴体が崩れ落ちる。
「マイ様、大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫。それより援護に行くよ」
接近戦が苦手な魔法使いと神官が追い込まれてる。ヨナと手分けしてゴーストに攻撃を仕掛け、詠唱の時間を稼ぐと同時に敵を一ヶ所に誘導する。その間にドワーフの神官が準備を終えた。
「でかしたぞチビッ子たち。おお、我らが神よ、邪悪なる者を滅する聖なる光を我に授けたまえ────」
その魔法はアカーン!
咄嗟にヨナの陰に隠れ、さらに影に潜る。次の瞬間、影の世界が白く染まった。殺す気か! ……いや、殺す気だよね、アンデッドを。ちくしょう。
聖光が収まったのを見計らってヨナの影から出る。霧が濃いから多分、バレてないだろう。ちなみにゴーストは全部、崩れ落ちていた。同時に、遠くからガランガランと金属物が落ちる音がして、【索敵】からアンデッド・ナイトの反応が消えた。どうやら難敵は撃破できたか。
ここで一度集まる。女性神官が焦った様子で私の手をとった。
「あなた、大丈夫? ゴーストに触られたわよね!」
「……あ、あー。大丈夫です、抵抗できました」
「そりゃ、すげえな。ったく、自信無くすぜ」
盗賊がボヤく。顔色が悪い。聞けば、盗賊と魔法使いは、わずかにゴーストの手がかすったらしい。ゴーストの【死の手】は直接、生命力を吸う。負傷ではないため治癒の魔法では治せない。二人は今、強壮剤を飲んで無理矢理立っている状態だ。
素早さが取り柄の盗賊が当てられてるんじゃないよ、と思ったけれど、どうやらまだ呼吸が苦しいらしい。なるほど。
「だが、主人が奴隷を守るとか、なに考えてやがる」
照れ隠しというわけではないだろうけど、吐き捨てるような言葉には反論できなかった。誰もなにも言わないから、それがこの世界では普通の考えなんだろう。
「すみません、マイ様。私がすぐに気づかなかったばかりに……」
「大丈夫だって。私には……効かないから」
小声でヨナを安心させてあげる。
そう、私にはゴーストの【死の手】は効かないのだ。なぜなら、吸い取るべき生命力が無いからね! はっはっはっ。
……うん、バレたらヤバイ。次は気をつけよう。いつも抵抗できました、では通じないかもしれないし。
「マイちゃん、アンデッドの反応はどうなってる?」
「ん~……城の中には十体いるかいないか、ですかね。一番多いのは、あそこです」
指差す先で炎の壁が消えた。数は減ったものの、まだ十体以上のアンデッドがこちらへと近づいてくる。ここさえ突破すれば、あとは数で押されることもないはずだ。
ライラックさんが素早く各自の残り魔法やスキルを確認する。神官の消耗を避ける、という当初の方針も崩れているし、時間をかけるのは得策ではないと考えたのだろう。
「範囲魔法で奴らを吹き飛ばし、一気に城に突入する」
異論は出なかった。簡単に打ち合わせをして、私たちは向かってくるアンデッドに突撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます