第44話 さあ、探索だ
霧が溢れ出す洞窟は天然のものでも、人工のものでもなかった。敢えて言えば、何らかの理由で崩落した部分が、たまたま外に繋がったという感じだ。段差がひどく、たまに這い上がれなかったゾンビやスケルトンが溜まっている場所が何カ所かあった。当然、段差を上がれない亡者など敵ではなく簡単に殲滅したけれど……。
「うっぷ」
「鼻で呼吸するな、口でしろ。少しはマシだ」
ゲームと違って倒した敵が消えたりはしない。殲滅の跡には大量の人骨と腐肉が山を成して異臭を撒き散らす。
こういうところで経験の差がでてくるなあ。吐き気を覚えたのは私とヨナだけだった。二人とも鼻が良いから、なんて理由にはならないか。
「敵が三体ほど来ます。……うぷっ」
「さすがにチビちゃんには感謝だな」
狭い通路に霧が充満して武器の先すら見えない。油断すると敵が目の前にいた、なんてことになりかねなかった。【索敵】さまさまだよ。
足場を確認しながら、そして敵を排除しながら進むのは時間がかかった。それでもようやく長い下り坂を抜け、開けた場所に出た。霧があるとはいえ、松明の光が届かないほど天井は高い。
しかし、なんだここは。通路を抜けた瞬間、陽光の下にいるような脱力感が襲ってきた。ステータスを確認すると、やはり能力が低下している。
「ヨナ、身体に不調は?」
「鼻が麻痺してるくらいで、身体はなんともないです」
他のメンバーも不調を訴えてはいない。私だけか。一体、なにが原因で……いや、そうかっ。
「封印はまだ完全に解けていない?」
吸血鬼とアンデッドたちを地下へと封じ込めた封印だ、私に影響があっても不思議じゃない。まだ封印が生きているなら、このダルさも納得できる。
私の呟きに、全員の視線が集まる。いや、独り言ですからお気になさらずに。見ないで、説明に困るからっ。
と、女性神官さんが同意を示してくれた。
「彼女の言うことも、もっともかと。完全に封印が解けたならば、封印されたという城そのものが地上に出現しているでしょうから」
「さしずめ、儂らが通ってきた道は、一部、封印が解けてできた亀裂なんじゃろう」
ドワーフの神官も同意見なようで、他のメンバーも納得したようだった。危ない危ない。独り言も気をつけないと。
胸をなでおろしていると、ライラックさんが問うてきた。
「マイちゃん、敵は?」
「えーと……近くにはいないです。……あ、待ってください。なんだこれ、南と東にかなりの数が集まってます」
【索敵】のアンデッドの反応は遠い。だけど不自然なくらい、南と東に集まっている。理由はわからないけれど、なんだか嫌な予感がする。
私の言葉を聞いたライラックさんは頷き、一同を見回す。
「これからの探索方法について、皆の意見を聞きたい」
ライラックさんが言うのは、照明を増やすか否かと、探索方法についてだった。
霧で視界が悪い上、ここは相当に広い。可能な限り視界を確保したいのは当然といえる。しかし、照明を増やせばこちらの場所を敵に教えることにもなる。
「いいんじゃねえか? 敵を引き寄せるデメリットはあるが、ここは広すぎる。霧もあるし、少しでも視野を広げた方が戦いやすいだろ」
「霧だけでもどうにかできればいいんだけどねえ。お嬢ちゃん、風の魔法で私たちの周囲だけ霧を払うことはできないの?」
「すみません、風の魔法は覚えたばかりで、そこまでは……」
いろいろと意見はでたけれど、照明を増やす方向で話がまとまった。問題は方法なんだけど……。
「私が聖光を使いましょう。アンデッドにダメージがいきますし、視界と戦いのサポートが同時に可能です」
やめてーっ! 神官さん、マジでやめてーっ! 照明用の聖光でも私には大ダメージなのは、アンシャルさんで証明済だからっ。ジュッてされちゃう、ウェルダンにされちゃうからあっ!
な、なんとか思いとどまらせないと命に関わる。なにかいい理由は……。
「神官さんはマナを温存してもらった方がいいのでは?」
「あら?」
「敵がゾンビやスケルトンだけとは限りませんし、吸血鬼が健在なら対アンデッド用の魔法が多い神官さんの消耗は少しでも少ない方がいいんじゃないかと。治癒や解毒でもお世話になりますし」
ぶっちゃけ、聖光のマナ消費がどれだけか知らない。誤差の範囲と言われたら詰む! だからお願い、それなりの消費であってくれえっ!
期待を込めて神官二人を見ていると、ドワーフの神官が頷いた。
「その娘の言うことも、もっともだな。聖光はマナ消費が少ないが、長時間維持するとなるとなかなか消費が馬鹿にならん。探索にどれだけ時間がかかるかわからぬ以上、マナの消耗は抑えたい」
神官自身がそう言えば、場の空気は神官のマナ温存の方向へと流れた。ふう、よかった。ミディアムは回避できそうだ。
結局、魔法使いが照明の魔法を頭上に浮かべることになった。こちらは時間制限があるものの、トータルで見れば神官より消耗が少ないらしい。
魔法の光がふわりと浮かぶ。相変わらず霧は濃いけれど、流れてくる方向はわかる。
「さて、霧はやや北側から流れてくる。多分、その方向に吸血鬼の城があるんだと思う。ただ、マイちゃんの言うように、敵が東と南に集まっているのも気になる。最短ルートで進むか、敵が集まっている理由を調べていくか……」
「ライラックは、どう思ってるんだ?」
「私は、敵が集まっている場所を調べた方がいいと思っている。多くのアンデッドが地上に出てきているのに、未だ地下にとどまり、集まっているのは何かしら意味があると思う」
私もそう思うが、ここでは一番経験不足なので黙っている。それぞれ賛否両論だったけれど、やはりハンターは気になることを放置はしておけない性分らしい。まずは近い南側から調べることになった。
アンデッドはいなくとも罠はあるかもしれない。盗賊を先頭に警戒しながら進むと、足元の感触が変わった。むき出しの土から古い石畳になっていた。崩れた柱、不気味な魔物の彫像などもいくつか見られるようになり、ここに吸血鬼の城があったことを示している。しかし、城のあった土地ごと地下に埋めるとか、すごい封印もあったものだなあ。
「あ、待ってください。近くにアンデッドがいます」
「あん? どこにだよ」
「前方右手の……崩れた二枚の壁の手前あたりです」
あれ? だけどこいつ、動いてないな。待ち伏せでもしてるつもりか?
一同は慎重に進んでいく。しかし、私が指摘した場所には何もいなかった。
「んだよ、驚かせやがって。何もいねえじゃねえか」
「おかしいな……気配はあるのに」
「ったく、これじゃ本当に南に亡者が集まってるも怪しいな」
言い捨てて盗賊が踏み出した時だった。霧に隠されていた床面から、何かが不自然に浮き上がってきた。黒とも灰色ともいえない無数のそれは、声をかける暇もなく盗賊を包み込んだ。
「げほっ! こ、こいつ!」
「アッシュだ! 神官は魔法を!」
アッシュ。そのまま灰を意味するアンデッド。そういえば資料室で読んだ本に載っていた。死者を焼いた灰に呪いをかけた人工アンデッドだと。その攻撃方法は対象を包み込んで体内に侵入すること。実体があって無いような敵なので、対処方法は近寄らないか、神官の亡者滅還しかないと書かれていたっけ。
そのアッシュが、今盗賊の体内に侵入しようとしている。ライラックさんが声をかけるより早く、女性神官は詠唱を始めていた。さすがに速い。
「いと慈悲深き我らが神よ、哀れな亡者に安寧の刻を与えたまえ……亡者滅還」
静かな祈りのような詠唱が終わると、盗賊を淡い光の輪が包んだ。空気に溶けるように、舞っていた灰が消えていく。
「大丈夫か!」
「すまん、ドジった。……吸った量は少ないが、がはっ」
盗賊が血を吐く。肺をやられたらしい。咳き込んでポーションが飲めないようなので、すぐに神官が治癒の魔法をかける。
だけど騒ぎ過ぎた。南に集まっていたアンデッドの反応の半分ほどがこちらに移動してきている。数にすれば数十体はいるだろうか。すぐにそのことを伝える。
「範囲魔法はいけるか?」
「範囲にもよるけれど、数十体を吹き飛ばすともなると、撃てても自分じゃ三発が限度だ。三発撃ったら、もう照明を用意することもできない」
まだボスの吸血鬼がいるかもしれないのに魔法使いに無駄撃ちをさせるわけにもいかない。神官の亡者滅還ならば多数のアンデッドを倒せるかもだけど、マナを消費させるわけにもいかない。となると……。
「私がやります!」
一歩前に出る。そう、マナたっぷりの私がやるしかないでしょう!
大丈夫か、とか。できるのか、とか。後ろから聞こえてくる声は無視。無数の足音が聞えるくらいに、敵が迫ってきているのだから。というわけで【クリエイトイメージ】発動! 材料は……周囲の霧!
「氷!」
技名でも叫べばカッコイイんだろうけど、【クリエイトイメージ】でのゴリ押しだからそうもいかないな。やることも力押しだし。
発動させた瞬間、周囲の霧が消滅する。魔法の照明の下、アンデッドの群れがこちらを目指して歩いてくるのがハッキリと見えた。その上空に出現した巨大な氷の塊も。
ドッシャ───────────ン!!
落下した氷塊がアンデッドの群れを押し潰す。砕け散る氷と石畳の破片が、直撃を免れたアンデッドをなぎ倒す。
「ふうっ」
「………………………」
「……今ですよ?」
「はっ。……いこう!」
「お、おうっ」
呆然としていたライラックさんたちだったけど、我に返るとまだ動けるアンデッドへと走っていった。
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