第42話 破られた封印

 いやー、今朝はビックリした。いつものように跳ね橋の下に【マイホーム】を設置していたんだけど、ドアを開けたら一面の霧で、跳ね橋は上がっていて、堀の中をゾンビやスケルトンが歩き回っていたんだから。清々しい朝だと思ったら腐臭漂う濃霧とか、ショックだったわあ。

 急いで町の中に入り、ギルドへ直行。すると、町に残っていたハンターたちがほぼ全員、揃っていた。

「ようやく来たか。お前たち、どこで寝泊まりしてるんだ? 町中の宿屋に伝令を走らせたんだが」

「すみません、孤児院が心配で、様子を見に行ってました」

 ギルドマスターの問いに咄嗟に嘘をついてしまったけれど、あまり追求されなかった。時間が惜しいらしい。

 しかし、異常事態があるとすべての宿屋に伝令が走るのか。これからは【マイホーム】の設置場所を考えないといけないかなあ。

「さて、異常事態だ。町が魔力を帯びた霧で覆われ、どこからともなく湧き出したアンデッドが町に向かってきている。幸い、掘があるので町への侵入は阻止できているが、掘を破壊しようとしているのでノンビリはしていられない。ハンターズギルドはこの異常事態の原因を突き止め、町を救うために行動する」

 全員の視線を受けてギルドマスターが告げる。その後を継いで、秘書さんが資料らしきものをめくりながら話を続ける。

「現在、町は孤立しています。各地のハンターズギルドを繋ぐ通信魔導具は機能せず、南に飛ばした伝書鳩は北から戻ってきました。霧にかけられた魔法のせいで方向感覚、もしくは空間が歪められているのでしょう。外部と連絡がとれない以上、我々だけでなんとかしなければなりません」

 ギルド内がざわつく。よりにもよって、高ランクハンターが不在の時にこんなことになるなんて。不安を隠せないヨナが手を握ってきたので、安心させるように握り返した。

「衛兵はどうしてるんだ?」

「彼らの仕事は町を守ることだ。打って出るものじゃない。今は防壁の上から、掘を破壊しようとしているアンデッドを攻撃している」

 衛兵の協力は期待できない、と。もっとも、原因がどこにあるかわからなければ、協力以前の問題なんだけれど。

 いや、原因はともかく、奴らが来る方向はわかっている。手を挙げて発言を許してもらう。

「一ついいでしょうか」

「いいぞ。許可する」

「奴らは東からやってきています。東になにか、アンデッドと関係あるものがないでしょうか?」

 【索敵】で、アンデッドは東から来ることがわかっている。その方向に原因があるのだと思う。もっともこの霧だ。どうして東から来ると言い切れるのか、と言われれば説明に困る。事実、何人かが、どうしてわかるんだ、と疑問をぶつけてきた。さて、どう説明すればいいのやら。

「マイちゃんの気配を察知する力は大したものだよ。私は信じていいと思う」

「ライラックさん!?」

 なんと、ライラックさんがいた。てっきり北に向かったと思ってたんだけど。私と目が合うと、悪戯っぽく笑った。

「依頼で町を離れててね。昨日の夜に帰ってきて、今朝、北に向かおうと思ったらこれだよ」

 なんという偶然。だけど助かる。多分、現状で最高ランクなのがライラックさんだから。そのライラックさんが擁護してくれたおかげで、私の意見を疑問視する声はなくなったようだ。

「東か……」

 全員の視線が壁に貼られたケイモン周辺の地図に向く。町から東にあるものは……って、おいおい。遠い過去、勇者が吸血鬼を倒したという場所がすぐ東にあるじゃないか。アンデッドの親玉と言っていい吸血鬼に関係した場所、絶対に怪しいじゃん。

「資料を」

「少々お待ちください」

 ギルドマスターの言葉に秘書さんが動く。数人の職員を連れて二階へと上がっていく。さほど経たないうちに数冊の本を抱えて戻ってきた。カウンターに置き、パラパラとページをめくる。

「ありました。『水の災厄の獣、霧の檻にて町を覆いつくし、人間を飼育するものなり。その牙は鋼より硬く、剣よりも鋭い。爪は鎧すら切り刻む』。ちなみに、災厄の獣とは、吸血鬼が本性を現した姿だと言われています」

 吸血鬼じゃなくて獣? と思ったけれど、それを見越した秘書さんが補足してくれる。有能。

「こちらの資料には『勇者とその仲間は、北より水の、西より火の、南より大地の、東より風の精霊の力を借りて吸血鬼の城を封印するものなり』とあります」

 別の本を調べていた職員さんが告げる。それが本当ならば、今回の事件は……。

「何らかの理由で封印が破られたか」

 ギルドマスターの言葉に緊張が走る。封印が破られていいことなんかないものね。

「じゃあ、なにか。吸血鬼が復活するのか?」

「いえ、こちらの本には吸血鬼を倒した上で城を封印したと書かれています」

 どの情報が正しいのかわからない。これはもう、現場に行ってみないとわからないんじゃないかな。

 それはそうと、自分は先ほどの資料の一文が頭に引っかかった。

「北より水の……。水……川、領土境の……休憩所?」

 小声で呟いたつもりだったけれど、意外と聞こえたらしい。周囲の視線が集中した。そんなに見つめるなよ、照れるじゃん。

「休憩所の襲撃は、このためだったのか」

「そうなると、他の場所も魔物に襲われてるんじゃないか?」

「だけど、今から行ってどうにかできる問題じゃないぞ」

「いや、そもそも霧を突破できないんだろう?」

 騒然となってしまった。うん、自分で言ってあれだけど、かなりマズイ状況だということは再認識した。

 ギルドマスターが手を叩いてその場を鎮める。その表情には不安と緊張があった。

「ここで手をこまねいているわけにもいかない。東にある吸血鬼の城が封印されたという場所の調査と、現状の打破。これをギルドからの依頼とする。危険な仕事だ、有志のみに依頼する。残る者は衛兵と一緒に町の安全確保に回ってもらう。残る者は恥じることはない、自分自身と相談して決めてくれ」

 実力者は北に向かってしまったから、残っているのは実力に不安がある者が大半だ。有志だけとはいえ、残ったメンバーに依頼するのはギルドマスターも心苦しいだろうな。

「私は行くよ」

 真っ先に手を挙げたのはライラックさん。ライラックさんと一緒に昨夜戻ってきた人たちがそれに続く。他にも手は挙がるけれど、合計で八人にとどまった。

「他にいないか?」

「行きます」

 ギルドマスターの最終確認に、自分は手を挙げる。どよめきが起きた。まあ、当然だよね。なんたって自分はFランク、戦力どころか足手まといとしか思われないだろう。

 もし高ランクのハンターがいるなら立候補なんかしなかった。下手に戦えば人間を超える身体能力を見せることにもなる。だけど今はそうも言っていられない。少しでも戦力になれるなら、力になりたい。戦える力があるのにそれを隠して、最悪の結果になったら絶対に後悔するから。

「私も行きます!」

 そう声をあげたのはヨナ。うーん、できればヨナには留守を任せたかったんだけどなあ。

「主を危険な場所に向かわせ、自分だけ安全な場所にいるなんてできません!」

 そう言われると弱いな。この世界、奴隷を盾にすることは珍しくもないから。むしろ奴隷は、身を盾にして主を守るように教えられると聞いている。しょうがないなあ。

「ライラックさんと、私の指示には従うんだよ?」

「はいっ」

 あまりに嬉しそうに返事をするので、それ以上は言えなくなった。

 かくして、私とヨナを加えた十名が、吸血鬼の城跡の調査に向かうことになった。

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