第41話 幕間:あるハンターの誤算

「もう少しだ。もう少しで……」

 ランタンの灯りだけを頼りに、男は狭い坑道のような場所でツルハシを振り上げた。



 男はすでに三十代半ば。ランクはD。この年齢でDランクというのは誇れるものではない。一つだけ自慢できるとすれば、ハンターになってから二十年、大きな怪我もせずに生き延びてきたことかもしれない。もっとも、それには誤算があってのことなのだが。

 彼の最初の誤算は、二十台で結婚したことだった。相手は当時パーティを組んでいた仲間の女魔法使いで、気が強くて彼とは口喧嘩が絶えない人物だった。お互いに相手の窮地を助け、助けられたものだが、二人の間に仲間意識が芽生えたようには見えなかった。

 そんな相手とどうして結ばれたのかといえば、彼女が大怪我を機にハンターを引退する際、今までの態度が好意の裏返しであることが判明したからだった。告白がどちらからだったのかは今となっては記憶が曖昧だが、この時にはもう、お互いに離れたくないと思っていたがゆえの結婚だった。

 結婚のため、男も引退を考えたが、他に適した仕事があるわけでもなく、そのままハンターとして仕事を続けることにした。だが、守るべき家族ができたという事実は男を慎重に、悪く言えば臆病にさせ、手堅く安全な仕事ばかりをするように変わった。この時点で出世コースを外れたことが、二つ目の誤算だったのかもしれない。

 やがて待望の娘が生まれたが、幸せな結婚生活は長く続かなかった。出産後に体調を崩した妻は長く床に臥せり、娘が一歳になる前にこの世を去ってしまった。さらに男に追い打ちをかけたのは、娘が生まれつき呼吸器系の病気を患っていたことだった。

 男手ひとつで病を抱えた幼子を育てることなど不可能だ。男は仕事で縁をもった人物に助けを求めた。そしてケイモンの西にある休火山の麓の温泉町ケイノを紹介してもらった。病気を癒すと評判の温泉に偽りはなく、娘は完治こそしなかったものの、人並みの生活を送れる程度には回復した。しかし、ケイノを離れられない身体になってしまったのだが。

 娘を教会に預け、治療費と生活費、教会へのお布施を稼ぐ日々が始まった。安全な仕事は報酬も安く、数をこなさねば毎月の仕送りもままならぬ日々が続いたが、娘のために男は死にもの狂いで働いた。

 そんな生活が数年と続くうちに、ハンターズギルドで男の日課ができた。それは、成人前の新人に苦言を呈すことだ。

 新人の、それも子供のハンターには英雄への憧れだけで登録する者が後を絶たず、結果、己の力量を考えずに無謀な仕事に挑み、若い命を散らす者が多かった。男は自分の娘と同じ年頃の若者が死ぬのは見ていられなかったのだ。たとえ新人いびりと言われようとも、最初に釘を刺す必要があると感じた。幸い、ギルドも男の行動を咎めることもなく、仲間も理解を示してくれた。

 だがある日、男の日課に誤算が生じた。

 冬が近くなってきたその日、二人の女性ハンターに連れられてハンター登録に訪れた二人の子供がいた。一人は年齢にそぐわない大きな胸を揺らした銀髪の少女。もう一人は、奴隷の狐の獣人の少女。男を驚かせたのは、銀髪の少女が奴隷の主だという事実だった。

 奴隷を連れたハンターがいないわけではなく、大別すると三種類に分けられる。

 一つは、実力、名声ともに優れたハンターが、荷物持ちや戦力として従えるもの。

 二つ目は、即戦力が必要な仕事のため、一時的に戦える奴隷を借りるパターン。

 三つ目は、家を継げぬ貴族の子が道楽でハンターを目指す際、実家から与えられるパターン。

 明らかに未成年の銀髪の少女が自分で奴隷を購入したとは考えにくく、少女は家を出る際、親から奴隷を与えられたパターンだと男は考えた。そして男は、貴族の息子や娘がハンターになることを快く思っていなかった。彼らは誰かに従われることを当たり前としていることが多く、あらゆる仕事を奴隷に任せて楽をしていることが多い。家を出たのに実家の名を振りかざす愚か者も多く、トラブルを起こす者も珍しくはない。無論、そのようなハンターが長生きできるはずもないのだが。

 もし、銀髪の少女が道楽でハンターをやろうと考えているのなら、一発ガツンと言ってやる必要がある。男はそう考えた。

 そして次の日、銀髪の少女と獣人の奴隷は、仕事を探すでもなく資料室に向かおうとした。

「はっ、こんなガキがハンターってか。登録したばかりなのに依頼にも行かず、優雅に読書か。ハンターはガキの遊びじゃねえんだぞ」

 男は二人にハンターたる者はどうすべきか、教えてやろうとした。自分の娘と同じような年齢の女子二人が、無残にも死ぬようなことがないように、と。

 しかし、銀髪の少女と目が合った瞬間、男の意識は朦朧として夢見心地になった。気がついた時にはハンターズギルドの片隅でボンヤリしており、仲間が心配そうに覗き込んでいた。


 子供のハンターに突っかかり、軽くあしらわれた中年ハンター。


 周囲は男のことをそう呼び、笑った。男のプライドはいたく傷ついた。

 資料室から出て来た二人を追い、今度こそガツンと言ってやろうと息巻くも、町を出たところで呆気なく見失った。仕方なく簡単な依頼を終らせてギルドに戻れば、あの二人が大量の薪を換金しているのを見つけた。

 一体、あの短時間でどうやって薪を集めたのか。周辺の森は伐採が制限されているというのに。もしや不正に伐採したのか!?

 失態が続き、男はこの時、冷静ではなかった。なんら証拠もなく、薪の採取で不正があったのではないかと声をあげてしまった。しかもギルドの犯罪歴チェックにケチをつけてしまったのだ。

 すぐに撤回すれば、酔った勢いとでも言い訳はできただろう。しかし、連続して子供の二人に翻弄された男は怒りのあまり引き際を間違え、結局、ギルドマスター直々に厳重注意を受けるはめになった。しかも一ヶ月の討伐依頼禁止令つきで、だ。娘のために金を稼がねばならない男にとって、魔物の討伐を禁止されるのは痛すぎた。

 さらに悪いことは重なる。娘の容態が悪化したとの連絡があったのだ。男は仲間から可能な限りの金を借り、ケイノ行きの馬車に飛び乗った。

「くそっ、どうしてこうなっちまったんだ……」

 酒場の片隅で安い料理を口にしながら、男は愚痴った。娘は持ち直したものの予断を許さない状況だという。生まれつきの病気ゆえ完治は見込めず、症状を緩和する薬すら今の男には買うことができない。無理を言って温泉の下働きをさせてもらっているが、日々の生活費を稼ぐので精一杯な状況。一体、なにが悪かったのか?

 男の脳裏に銀髪の少女が浮かぶ。

「くそっ、あのガキだ。あのガキに関わってから運が逃げやがった」

 一度口に出すと、弱った心はそれを真実として受け入れようとしてしまう。

「娘の容態が悪化したのも、みんなあのガキのせいじゃないのか?」

「うんうん、そうだよ。みーんな、あのガキが悪いんだよ」

 独り言に相槌があるとは思わなかった。驚いて椅子から転げ落ちた男の視界に、一人の女性が入った。いつからそこにいたのか、音もたてずに男の隣の席に腰をおろしていた。煌めくような金の髪を掻き上げて妖艶に微笑むその姿は、まるで絵画から抜け出てきたように思える。

 呆然と見上げる男を見て、女性は無邪気に笑った。

「驚かせてごめんなさい。お詫びに一杯奢るわ」

 そう言って酒瓶を掲げ、グラスを差し出す。節約のため酒を断っていた男の鼻に芳醇な香りが誘惑をしかけてくる。心の弱った男がその誘惑を振り切れるはずもない。言われるままグラスを受け取ってしまう。

 その酒は変わった味がしたが、久しぶりの飲酒を止めることなどできなかった。言われるままに杯を重ね、軽くなった口は今までの出来事を自分に都合のいいように吐き出していく。その愚痴を、女性は相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。

「いい話を聞かせてあげるわ」

 男が内に抱えていたものをすべて吐き出すと、女性はそう言って男の耳に唇を近づけ、囁いた。

「休火山の地下には、どんな願いも叶えると言われている祭壇があるの。そこに自身の血を捧げ、願いを言えば、火山で眠っている精霊が願いを叶えてくれるのよ。精霊なら娘さんの病気も治せるし、憎い小娘たちには不幸を贈ることができるわよ」

 あまりにも都合のいい話。普段の男ならば疑ってかかるだろう。しかし、この時の男にまともな思考力は残されていなかった。酒だけではないなにかが、男から判断力を奪っていた。

「お客さん、そろそろ店じまいしますよ」

 店主の声に、男はテーブルに突っ伏して眠っていたことを自覚した。すでに深夜、店の中には男しか残っていなかった。

「……連れの女はどうした?」

「女ですか? お客さんはずっと一人でしたよ」

 店主は気の毒そうな顔で男を見た。その視線に耐えきれず、男は料金を払って店を出た。温泉町といえども、外はそれなりに冷える。男の酔いは少しずつ醒めてきたが、どうしてか意識は靄がかかったようにハッキリしない。


『休火山の地下には、どんな願いも叶えると言われている祭壇があるの────』


 頭の中に繰り返し再生される女の囁き。それは今や、男には神託に聞えていた。

「……そうだ。祭壇を探さないと」

 ブツブツと呟きながら、男は道具を揃えはじめる。自分の行動がどのような結果を招くのか、考えることもなく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る