第40話 急転
翌日の午前中も森へ。枯れ枝集めはヨナに任せて自分は甜菜の種を探す。
うーん、思ったより甜菜の数が少ない。甜菜の種は風に運ばれたり、鳳仙花のように弾け飛んだりしないから、割りと一ヶ所に密集するはずだ。だけど森の中に点在し、数も少ない。植物の生存競争は厳しいらしい。
もしくは病気という可能性もある。栽培するなら管理が大変そうだ。なので、できるだけたくさんの種を回収しておきたいんだけど……。
「ヨナ、今日はもう戻ろう」
「はい、マイ様」
朝は晴れていたのに急に雲が湧いてきて吹雪になった。このままじゃ遭難する。
幸い【オートマッピング】のおかげで道に迷うこともなく町に戻れたけど、ホワイトアウトはマジ怖い。
「あの、マイ様。資料室に行きたいです」
商業ギルドに行くのは午後からだから、余った時間をどうしようかと考えていたら、ヨナがそう言いだした。ヨナも文字が読めるようになってきたので、勉強が楽しくなってきたんだろう。確かに、こういう時でもなければ時間はとれないし、午前中の残った時間は資料室で魔法やスキルの本を読み漁るのもいいね。よし、行こうか。
こうして、午前中は資料室でヨナと一緒に読書タイムとなった。
軽く昼食をすませてから商業ギルドへ。受付で用件を告げると、すぐに奥の商談用の部屋へと案内された。待っていたのは温和な笑みを浮かべた職員が二人。
「ようこそ、マイ様。本日は有意義な商談にしたいですな」
席を勧められ、お茶と茶請けまで出てくる歓待ぶり。ヨナがビックリしているけど、当然だよね。明らかにもてなされてるもの。もっとも、このもてなしに気を許したらダメなんだけどね。
「……というわけで、新規作物を栽培のためには、新しい場所と労力が必要になります。マイ様がご用意された種がすべて、砂糖の採れる野菜のものでしたら大歓迎なのですが、それを確かめることができない以上、ギルドとしては初期投資に不安を覚えるわけでして────」
予想通り、買い取りを渋ってきた。まあ、言わんとすることはわからなくもない。新しく甜菜を育てようとするならば、職員が言うように土地も人足も増やさないといけない。すべての種が発芽するわけじゃないし、枯れるものだってでてくるだろう。新しい作物は最終的な収量が読めないものだ。そこに違う種が混じっていたら目もあてられない。百パーセント、甜菜の種だと証明できなければ投資も渋りたくなるだろう。
もっともな言い分だけど、もっともな建前でもある。要するに、「どうしてもというなら、これくらいでどうでしょう?」と、ギリギリまで値下げをするつもりなんだ。種の買い取り金額など、土地や人足にかかる金額に比べれば誤差の範囲なんだけど、できるだけ安く仕入れたいのがよくわかる。
別に種を高く売りつけようとは思っていなかったけれど、こうして遠回しに値下げを匂わされれば、黙って言いなりになるのもシャクだよねえ。
「どうしてもとおっしゃるならば、買い取りは────」
「わかりました、今回の話は無かったことで」
「は、え?」
アッサリと話を打ち切ると、職員が微妙にうろたえた。まさか値段交渉の手前で蹴られるとは思ってなかったんだろう。
「マイ様、短慮はいかがなものかと思いますが」
「いえ、違う種が混じっているかもしれないと言われれば返す言葉もありませんので。確実に砂糖が採れる作物の種だ、と断言できるようになったら、またお伺いするかもしれません」
ヨナを促して席を立つ。職員は少し迷っているようだけれど、引き留められることはなかった。
んじゃ、最後に爆弾を落としておきますか。
「あ、そうそう。今、一年目のあの作物を入手して植え替えようとするのは難しいと思いますよ。葉が落ちて他の植物と見分けがつきにくいし、なにより雪に埋もれて探すのも困難です。それに、もし入手できたとしても、種が採れるのは来年の秋。砂糖が採れるのはさらに翌年になりますから」
明らかに職員の顔色が変わった。
いやあ、種を集めている時に【索敵】に人間の反応があったんだよね。様子を見に行ってみれば、小さなスコップを手にした商業ギルド関係者らしき人たちが雪をかき分けてなにかを探してた。まさかと思ってカマをかけてみたけれど、どうやら当たりだったらしい。甜菜の情報は教えたから、私との交渉が決裂した時のための保険を手にしたかったんだろう。
職員になにか言われる前に、急いでギルドをあとにした。
ヨナが不安げに訊いてくる。
「マイ様、どうするんです?」
「うん、まずは甜菜を増やさないと。アテがないわけではないんだよね」
「そうなんですか? でも、商業ギルドが介入してくるって言いましたよね」
「多分ね。なので勝負は一年目。栽培に不安があるけど、そこは私がつきっきりで指導するしかないかなあ」
改めてギルドの方から話を持ちかけてくるなら応じてもいい。ただし、その場合は種はギルドとアテの方で半々にするつもりだけど。まあ、とりあえず話をしに行きますか。
吹雪く町の通りを、ヨナと一緒に歩き始めた。
◆
栽培の交渉を終え、薪と種を集め、吹雪く日は資料室で本を読む。薬草片手に薬師に会いにいけば、調薬の手伝いをさせてもらえることもある。そして気がつけば地味に魔法やスキルが増え、レベルアップもしていた。
「森魔法ってなんだ……?」
知らないうちに覚えていた魔法があった。資料室で調べてみると、エルフや一部の植物型の魔物が使う魔法で、植物を操る魔法らしい。どうして覚えた、これ。まさか綿や薪を創りまくってたからか? とりあえず、使える種族が限定されるから、隠しておいた方がいいな。
ちなみに、ヨナは格闘戦のスキルを覚えたらしい。たまにライラックさんに戦い方を教わってるし、武闘派になっちゃうのかい? あまりムキムキなヨナは嫌だなあ。抱き心地も悪そうだし。
予期せぬスキルを覚えたりもしたけれど、地道に成長しつつ冬は終わると思っていた。だけどそう簡単に、年は越せないようだった。
「緊急依頼です! 北の領土境の休憩所が魔物の群れに襲撃されているとのことです!」
久しぶりに太陽が顔を覗かせたある日、ハンターズギルドに衝撃が走った。あの休憩所が再び魔物に襲撃されたって!?
ギルドの空気が張り詰める。ギルドマスターが直々に、その場にいるハンターたちに依頼を告げた。
「ギルドから魔物の殲滅と休憩所の奪還を依頼する。魔物の規模は大軍、としか伝わってきていない。目的は不明だが、橋が破壊されるようなことがあってはならない。馬車を用意する、Eランク以上で戦闘の経験が豊富な者で、我こそはという者はすぐに準備を。晴れている間に出発したい」
一気に慌ただしくなるギルド。職員が走り回り、ギルド前に次々と馬車が並んで物資が運び込まれていく。私とヨナはFランクなので同行できないけれど、せめて物資の搬入を手伝った。
午前中にハンターたちは出発した。静まり返ったギルドは、まるで知らない場所のようだ。こんなにも広かったんだな、ここ。
「大丈夫でしょうか……」
「大丈夫よ、きっと。向かった人たちは全員、経験が豊富だから。はい、どうぞ」
顔見知りの受付のお姉さんが、不安がるヨナを励ますようにお茶を用意してくれた。温かいものを飲むと、心も落ち着くしね。私の分も用意してくれたので、遠慮なくいただく。
しかし、魔物があの休憩所にこだわる理由はなんだろう。河サハギンも、なにか指令を受けて襲ってきたような感じだったし、何者かが後ろで糸を引いているんじゃないだろうか。
「なにごともなければいんだけど」
ふと漏らした不安は、残念ながら現実になった。
次の日、ケイモンの町は魔力を帯びた不思議な青白い霧に包まれてしまった。そしてその霧の中から、ゾンビやスケルトンといった、アンデッドが湧き出してきたのだ。
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