第39話 砂糖を作ってみた

 おじさんの乗り込んだ馬車を見送り、町へ入る。そのまま商業ギルドへと向かった。仕事場を借りるためだ。

 商業ギルドは商人の互助組織だけあって扱う品物の数がハンパじゃない。場合によっては新商品をギルド職員の前で組み立ててお披露目することもある。そういう作業スペースが用意されているのだ。

 使用料を払って作業スペースへ。ちなみに、作業の結果、価値あるものが完成したのならば使用料は戻ってくる。ちなみに指定された作業スペースは建物の外、雨よけの屋根があるだけのスペースだ。火を使うから仕方ないとはいえ、寒いものは寒い。とりあえずテントを張り、内側に【マイホーム】を設置。甜菜と必要な道具を取り出す。

 さて、地球の初期の甜菜は糖含有量が少なく、品種改良を重ねて含有量を増やしたと聞いている。この世界の野生種はどうだろうか。

 記憶を探りながら甜菜糖作り開始。甜菜一本を1センチ角ほどに切り、約二倍量のお湯に投入、しばし煮出す。その後、甜菜を取り出して軽く搾り、少し温度を下げる。湯温がぬるま湯程度になったら、木灰 (本当なら石灰がいいんだけど)を数回に分けて少量ずつ加えながら、再び加熱。すると不純物が沈澱するので、上澄み液だけを焦げつかないようにかき混ぜながら水分を飛ばす。

 この時点でかなり時間がかかっている。もうすっかり夜だ。

「マイ様、あとどれくらいかかるんですか?」

「水分を全部飛ばすまでだから……まだまだかかるね」


 クゥ~。


「うん、言いたいことはわかった」

 お腹を押さえて真っ赤になるヨナ。うん、可愛いからあとでモフらせなさい。

 とはいえ、いつもなら夕食を食べている時間だ。ヨナのお腹が先に鳴っただけで、自分の胃もそろそろ自己主張を開始するだろう。

「ヨナは先に食べててもいいよ?」

「マイ様を置いて食べられません!」

 可愛いこと言うねえ。しかしどうするか。途中で煮詰めるのを止めてよかったかな? 火力を上げると焦げるし、ほかに煮詰めるスピードが上げる方法は……いや、やってみるか。

 沸騰している糖液に指を入れて【加速】を使う。ヨナがビックリしてるけど、このEXスキルは対象に触れないといけないんだからしょうがない。いや、熱いよ? でも、すぐに再生するし。

 目に見えて変化は……ないなあ。ならば【加速】! 【加速】! 【加速】! 【加速】! 【加速】! 【加速】!

「お?」

「あっ」

 目に見えて液量が減りはじめた。重ねがけできたんだな、このスキル。火力は変えてないのに煮詰まるスピードだけ上がるとか、なんとも不思議だ。

 忙しくかきまぜることしばらく。とうとう、甜菜糖ができた。やや褐色の粘り気があるものだけど。結晶化させるのは今じゃ難しいかな。だけど量的には悪くない。

「はい、ヨナ。あーん」

 指先につけた甜菜糖を差し出す。少しだけ恥ずかしそうにしながら、ヨナがパクリと指を咥えこみ、甜菜糖を舐めとる。ちょっとくすぐったい。

「甘い……けど、少し苦いです」

「精製できるようになればマシになるんだろうけどね」

 道具を片付けて受付に行く。提出された物を見て職員が目を丸くした。そのまま別室に通されて材料、製法を細かく尋ねられる。栽培方法など、知っている限りの情報を伝えると職員はため息をついた。

「野生動物が掘り起こして食べているのは確認されていました。ただ、カブや大根に比べて地下部が小さいので食用とはされていなかったのですが……まさか、こんな身近に砂糖があるとは」

「本格的に栽培するなら人手も土地も必要です。それをどうするかはギルドに任せますが、栽培するとしたら種をどうしますか?」

 職員がハッとする。種まき時期は春だけど、甜菜は二年目の夏に花を咲かせる作物だ。このままだと年明け早々に栽培するのは無理だ。

 悩む職員に、私は懐から取り出した小さな袋を見せる。

「ここに種があるんですが、買いません?」

 甜菜を確保したあとに【索敵】で探した種だ。普通なら見つけることもできなさそうな種でも【索敵】なら見つけられる。ちなみに確保したのは二十粒ほど。

「自分なら雪の下で春を待つ種を探せますけど……どうします?」

「……最初から、そのつもりで?」

 私の狙いに気づいた職員が苦笑する。だけどすぐに反撃してきた。

「この種全てが、この作物の種という保証はありますか? 今後、集めてくれる種も。なにせ栽培するのは初めてになりますし」

「なるほど、全部の種が正しく砂糖を採れるものなら買ってもいいが、別種が混ざっていたらむしろ賠償ものだと、そう言うんですね?」

「いやいや賠償などと。ただ、確証が欲しいだけですよ」

 定番の異世界転生ものなら、ここで鑑定スキルの出番なんだろうけど、この世界じゃ無理だしなあ。【解析】だと甜菜の種だとわかるけど、そんなスキルが使える人がいるならとっくに呼ばれているはずだし。

「ふむ。じゃあ、種代は結構です」

「え?」

「その代わり、無事に砂糖が採れたら、売り上げの一部を頂けますか? 初回だけでいいです」

「そ、それは……少しお時間を頂きたく」

「わかりました。では、明日にでも」

 砂糖の売り上げの一部なんて、とんでもない額になる。簡単にハイとは言えないよね。まあ、私も商業ギルドと揉めたいわけでもなく、適当な落とし処があればそれでいいかな。

 明日の昼過ぎに来訪の約束をして商業ギルドをあとにした。ちなみに作業スペースの使用料は戻ってきた。

「マイ様、このテンサイという作物、私たちで育てられませんか?」

 通りを歩きながら、ヨナがそんなことを言う。自分たちが自由に使える砂糖を手に入れたい気持ちは、よくわかる。だけど。

「土地、人手、どちらも足りないよ」

 家庭菜園レベルでいいなら【マイホーム】内で栽培できるだろうけど、すぐに無くなってしまうだろう。安定して砂糖を手に入れたいなら、やはり規模の大きな栽培をしなくちゃならない。だけど……。

「たとえ栽培がうまくいったとしても、間違いなく商業ギルドが介入してくるよ」

 商業ギルドが砂糖の確保に動かないわけがない。何らかの方法で甜菜栽培が成功したとしたら、栽培実績、及び栽培方法のノウハウを商業ギルドが入手し、大規模に栽培を始めるだろう。

 自分は砂糖で商売したいわけじゃない。ただ、甜菜栽培が広まれば、この地域で砂糖の入手が容易になる。みなが甘味を味わえればいいな、と思ってるだけだ。だから、商業ギルドには前向きな返事を期待している。

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