第38話 砂糖を作りたいよね

 薪を創る合間にギルドの資料室で魔法やスキルについて調べ、ヨナに文字を教えているうちに月が変わった。

 当たり前だけどこの世界にも暦はある。ざっと書き出してみると、


・白の月(春)新年

・桃の月(春)

・橙の月(春)

・緑の月(夏)

・碧の月(夏)

・赤の月(夏)

・青の月(秋)

・黄の月(秋)

・金の月(秋)

・銀の月(冬)

・黒の月(冬)

・灰の月(冬)


 新年は春で、一ヶ月は三十五日。一年は四百二十日。地球より公転周期が少し長いんだな、この星は。……星だよね?

 月の色はどうやって決めたのかと思うだろうけど、地球で言うところの北極星を中心とした『神の御坐』と呼ばれる星座の中に、季節に合わせて違う色の星が入ってくるのだ。その色に合わせた月の呼び方になっている。

 しかし、星の色は温度によって変わるはずなので、緑とか銀とか、普通ならありえないんだけどなあ。さすがは異世界だ。

 今は黒の月。冬真っただ中。大雪ではないものの、ほぼ毎日のように雪が降るようになり、森へ出かけるのも危険がつきまとうようになったので、さすがに孤児たちに薪集めを手伝ってもらうのはやめた。商人の罪が暴かれて借金がチャラになったので、孤児院の経済状況はかなり改善された。危険を冒してまでお金を稼がなくても、この冬は越せるだろうという話だ。

「ヨナ、少し休憩しよう」

「はい、マイ様」

 両手を息で温めているヨナに声をかけ、二人でテントに入る。今日は雪は降っていないけれど、枯れ枝を集めるためには雪をかき分けなきゃいけないので手袋をしていても手が冷える。

 薪の供給はいくらか改善されたけど、まだまだ不安があるので引き続き薪創りは続けている。町周辺の枯れ枝を駆逐する勢いだ。お陰で収入がかなりの額になっている。領主様からの褒賞もあったし。とはいえ、色々と買い物をしているので、ヨナを解放するのはまだまだ先だけども。

 広いテントの中、ヨナが魔法で創った炎で暖をとる。煙も出ないし、宙に浮いているので火鉢なども不要。素晴らしいね。まあ、酸素は消費するようなので適度な換気は必要なんだけど。

 魔法といえば、この世界の魔法のあまりのファジーさに呆れてしまった。資料室の本によれば、魔法を使えるようになるには本人の魔法適性の有無が最低ラインなんだそうだけど、魔法を覚えるつもりがなくても使えるようになってしまうことがあるらしい。

 例えば、火魔法の適性がある人が鍛冶仕事をしているうちに、不意に使えるようになったりとか。その属性に触れる時間が長ければ長いほど、覚える可能性が高くなり、レベルが上がることもあるらしい。私が【クリエイトイメージ】で水と氷の魔法のレベルが0から1に上がったのはそういうことだ。

 だから、この世界には中途半端に魔法を使える人がかなりいる。もっとも、そんな運頼みで魔法を覚えるわけにもいかないし、独学での魔法はマナの消費が激しい。なので魔法学園なんかでは瞑想や補助的な魔法具を使って魔法取得の効率を上げ、印や詠唱を教えてマナの消費を少なくする方法を教えている。

 ヨナはといえば、料理のために火を点けている最中に、不意に使えることに気づいたそうだ。妖狐が火の魔法を使っていたように、狐の獣人のヨナは火魔法との相性が良かったんだろう。今ではレベルも3になり、他の属性も練習したいと言いだした。意欲があるのはいいことだね!

 ヨナの適性は火、風、そして意外にも氷らしい。火以外はレベル0なので、まずは1にしないと始まらない。とりあえず水から熱を奪うイメージで練習してみれば? とアドバイスしてみた。火魔法なら熱を操れるはずだから、運が良ければ氷魔法に指が届くかもしれない。

 私はといえば、火、風、雷の魔法を取得することに成功した。火はヨナに教えてもらいながらだけど、風と雷は【クリエイトイメージ】を使った裏技で。水を電気分解して水素と酸素を発生させるたのだ。その水素と酸素を結合させて水に戻せば水魔法も上がるというわけだよ。

 え? 電気はどうしたのかって? 人間は生体電流で動くんだから探す必要もないよ。


 クゥ~。


 身体が温まってきたら小腹が空いてきた。【マイホーム】を使うと、心得たとばかりにヨナは食べ物を取りにいく。

 なら、最初から【マイホーム】内で休憩すればいいじゃん、と言われるだろうけど、テントを張ってると猟師とかが暖を求めて訪問することがあるからなんだよね。【マイホーム】内では【索敵】が使えないのだ。

 戻ってきたヨナの手には、肉、野菜を挟んだパンがあった。受け取って笑ってしまう。

「ヨナ、これ気に入ったんだね」

「だって、美味しいんですもん」

 ヨナが気に入ったもの。それは具に塗られた黄色っぽいソース。異世界物では定番のマヨネーズだ。予算に余裕がでてきたので、調味料や食材、調理器具なんかを揃えた。このパンだって、小麦粉から作ったものだ。ヨナは料理が上手だし、これからどんどんメニューが豊富になると思う。楽しみだ。いずれ味噌や醤油を作ってみたいね。

「毎日食べたいけれど、卵が高いですからね」

「そうだね。養鶏とかないのかな」

「よう……けい?」

「なんでもないよ」

 そう、予想はしてたけど砂糖と卵が高いのだ。マヨネーズの作り方を教えるために卵をいくつか買ったけど、気軽に買える値段じゃなかった。いつか鶏でも飼育しようか。

 砂糖は南方でしか採れないため、輸送費も上乗せされてかなり高いと商業ギルドで聞いた。ということはサトウキビかな。まあ、地球にはなかったものから採取してるかもだけど。

「お砂糖も高いですよね。蜂蜜も簡単には採れないし。こんな北の方では砂糖は無理なんでしょうか」

 ヨナがしみじみと呟く。一度、砂糖と同じものを【クリエイトイメージ】で創れないか試したことはあるんだけど、主成分であるスクロースと同じ成分を含む食材を用意できなくて危うくマナが枯渇するところだった。今の季節じゃ果物もないしなあ。冬の野菜は凍結を防ぐために糖を溜め込むけれど、果物ほどの甘さはないし。

 ……いや、待てよ。

「あるかもしれない」

「え?」

 【索敵】を使う。指定するものは甜菜。砂糖大根だ!


 ピコーン!


 あるじゃん! まばらにだけどいくつか自生してる。

「ヨナ、ちょっと待ってて」

 そう言ってテントを飛び出す。そして反応のあった場所を探すと、あった。葉が落ちて雪に埋もれていたので見つけにくかったけれど、なんとか発見。野生の物なので小ぶりだけど、とりあえず何本か確保。

 ……まてよ。甜菜だけを手に入れても後が続かない。今後のことを考えると……。

 改めて【索敵】。対象は……。よし、あった。回収してテントに戻る。

「マイ様、それは?」

「砂糖になるかもしれない物」

「本当ですかっ!」

 ああ、ヨナの瞳がキラキラしてる。誰だって甘い物は好きだよねえ。

「とはいえ、作るには時間がかかるから町に戻ってからね。その前に薪を渡しに行こう」

「わかりました」

 甜菜を【マイホーム】の倉庫に放り込み、テントを畳んで待ち合わせの場所に移動する。さすがに雪が積もった森の中に馬車が入るのは危ない。

 街はずれにテントを張り直し、到着した商業ギルドの人に薪を渡す。

「お陰さまで薪不足も解消されてきました。ですので、申し上げにくいのですが、買い取り金額が下がります」

「供給が増えれば値は下がる、当然ですよ。私は弱者が凍死しなければ、それでいいです」

「欲がありませんな。我がギルドに登録されている割には」

「必要に迫られてですしー」

 受取人は小さく笑う。何度も会っているから、ちょっとだけ打ち解けて来たなあ。最初は本当に事務的だったもん。

 そんな彼を見送ってから町へ戻る。午後の最後の乗り合い馬車が、ちょうど門から出て来たところだった。

「待ってくれ! 俺も乗せてくれっ!」

 その馬車を追って慌てて町から飛び出してきたのは、なんと初心者いじめのおじさんだ。だけど、おじさんは私たちには目もくれず……というか、見えてない? ともかく、止まった馬車にいささか乱暴に乗り込んだ。

 一体、なにをそんなに慌てているのか。理由がわかるのは、事が起きてからだった。

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