第37話 豪商の過去
草木も眠る丑三つ時────。
深夜になって急速に冷え込んだ空気はケイモンの町に初めての雪をもたらした。ちらり、ちらりと風花のごとく舞い落ちる雪は美しいが、その冷たさと時間もあって、風流に夜空を見上げる者などいなかった。
そんな時間に、二つの影が音も立てずに裏道を駆けていく。ランタンを手にしているものの、シャッターを下ろして灯りが漏れないようにした彼らがたどり着いたのは孤児院だ。静かに門を開け、音も立てずに迷うことなく目的の場所へと歩みを進める。建物横の、まだ新しい切り株にたどり着く。
一人が複雑な印を結び、小声で魔法を発動させる。指差された地面が音もなく窪み、次第にその範囲を拡げていく。不自然なまでに真っ直ぐな縦穴がそこに出現した。二人は穴を覗き込む。暗くてよく見えないが、闇に慣らした二人の目は、自然のものではない石の板を底に確認した。
先ほどの男が再び魔法を発動させる。石の板に亀裂が走り、砕け、人ひとりが通れるほどの穴が開いた。土魔法の前には頑丈な石の板でも障害にはならない。
切り株にロープを結び、もう一人の男が縦穴を下りていく。しばらくして男が戻ってきた時、小さな宝箱を抱えていた。
鍵のかかっていない宝箱を開け、微かにランタンのシャッターを開けて中身を確認した二人は満足げに頷き合うと、魔法で穴を戻して孤児院を後にしようとした。
◆
「はい、そこまで」
黒ずくめの男二人の前に立ちふさがったのはライラックさん。剣は抜いていないけれど、多分、抜かなくても盗人二人ぐらいに負けはしないと思う。それくらいの実力差が横から見ていても感じられるのだ。当事者はすぐに理解しただろう。
男たちは一瞬、たじろいだけれど、箱を抱えた男が素早くナイフを投擲した。もう一人は魔法の準備に入っている。援護の必要は……ああ、ないな。ライラックさんの余裕の笑みは、手伝いが必要なさそうだ。
ギンッ! ギンッ!
「ぎゃあああっ!」
魔法を準備していた男が悲鳴をあげた。その肩口に、仲間が投擲したナイフが刺さっている。なにが起こったか理解できていないだろう。
ライラックさんは抜刀し、素早く二回振った。ナイフを下から弾いて回転させ、切っ先が敵を向いたタイミングでナイフを弾いて飛ばしたのだ。すごい技量だ。
投擲した男が状況を把握する前にライラックさんは踏み込んでいた。あっという間に間合いを詰め、柄で殴って二人の意識を刈り取る。めっちゃ速いな。
おっと、感心している場合じゃない。駆け寄ってヨナと手分けして男たちを縛り上げる。
「マイちゃんの予想した通り、掘りにきたね」
「明日、いや、もう今日ですか。掘り返すと聞けば、夜のうちになんらかのアプローチがあるとは思ってましたが」
朝、散歩しながら敷地内を【スキャン】して見つけた不自然な空洞。そこに保管されている物が、孤児院を乗っ取ろうとしている商人の目的の物だと予想して罠を張った。【索敵】で、孤児院を監視している者の存在は把握していたので、わざわざ聞こえるように掘り返す話をしたのだ。
結果はこのとおり。予想を裏切らずに侵入してきてくれた。これで来てくれなかったら、ライラックさんに払った銀貨が無駄になるところだった。寒い中待機してもらったのに。
いや、私だけでもこの二人を取り押さえることはできたと思うけど、衛兵への報告となれば、ランクの高いライラックさんの方が信用あるしね。
「じゃあ、ひとっ走り行ってくるよ」
「ライラックさんだけ働かせてしまいますが」
「なに、これも銀貨一枚分の仕事さ」
そう言って颯爽と夜道を駆けていくライラックさん。くそう、様になるなあイケメン! ああ、ヨナがポーッとした顔で見送っている。惚れたな?
「そこにいるのは……マイさんですか? え、なんですか、この状況は!?」
悲鳴を聞いてかマヘリアさんが起きてきた。手にしたロウソクの灯りに浮かび上がる光景────縛られた男二人────に驚きを隠せないでいる。
「賊ですよ。多分、借金している商人の手の者です」
「ど、どういうことですか?」
「まあ、詳しいことは衛兵が取り調べてくれますよ」
話している間に、ライラックさんが衛兵を連れて戻ってきた。
え、私たちにも事情を聴きたい? まあ、そうだよね。これは徹夜かなあ。
心配そうなマヘリアさんに見送られながら、私たちは衛兵の詰め所へと向かった。
◆
あれから二日経った。先送りになっていた錬金術ギルドへの仮登録も済ませ、変わらず薪を創って過ごしていたけれど、ハンターズギルドに顔を出すとギルドマスターに呼び出された。
「今回は大活躍だったな」
「なにがです?」
主語もなく、いきなり大活躍とか言われても困る。
「孤児院に侵入した賊を捕まえただろう。奴らが盗もうとした物から、それはもう面白い情報がぞくぞく出てきてな、領主様もお喜びだ。ついては、手柄をあげたハンターに褒賞を出すそうだ」
「捕まえたのはライラックさんですよ」
「過ぎた謙遜は嫌味だぞ。マイが賊を誘導したって、ライラックから報告を受けている。素直に貰っておけ」
まあ、そこまで言われれば貰わないわけにもいかないか。領主を怒らせても怖いし。本音を言えば、あまり有名にはなりたくないんだけどなあ。どういう人物なのか探りを入れられて正体がバレたりしても嫌だしさ。
というか、領主が褒賞を出してもいいと思えるような代物だったのか、あの宝箱の中身は。
その疑問を口にすると、ギルドマスターは「口外無用だぞ」と言ってから説明してくれた。
発端は孤児院の建物の元所有者の豪商。彼は裏でヤヴァイ仕事に手を染めてたらしい。うん、ありがちー。
赤字に苦しむ同業者を支援すると言ってヤヴァイ仕事の片棒を担がせ、仲間を増やしつつ、かなりの勢力を誇ったらしい。
だけど豪商も病には勝てなかった。豪商の死後、裏の組織は解散。ほとんどの商人はまっとうな仕事に戻った。しかし、豪商は裏切り者が出ることを警戒して、悪事に荷担した商人のリストと証拠を残していた。結局、それを使うことなく死んでしまったんだけど、残された証拠が第三者に発見される可能性が残った。
それを知った元仲間たちは血眼で残された証拠を探し回った。孤児院に金を貸した商人も、その一人。ちなみにダダンも一味だったらしい。納得だわ。
さて、その商人は、悪事の証拠が孤児院にあることを突き止めた。しかし、具体的な場所まではわからない。孤児院の経営権を買い取ってしまえばよかったのだけれど、当人に孤児院を運営する気はさらさらない。そこで、借金の
こうして、建物を差し押さえてからゆっくりと証拠を探そうとしていた商人だけれど、私が孤児たちに場所を教えて掘り返すことになったので慌てて部下を派遣、証拠の回収に動いたというわけだ。私たちが阻止したけれど。
で、その証拠は領主様に送り届けられたそうな。領主からすれば、悪事に手を染めていた、または現在進行形で悪事を行っている不届き者を一掃できるチャンスなわけで、気前よく褒賞を出すくらいには国への貢献が大きいんだろう。
「腕のいいハンターがいてくれて、私も鼻が高いよ」
ギルドマスターはご機嫌だ。多分、領主に恩を売りまくったと思うけれど、まあ、言わないでおこうか。
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