第34話 護衛はイケメン

 結局、後片付けやらなにやらしていたら夜も更けてしまったので、マヘリアさんが一泊を勧めてくれた。多分、お詫びらしいことをしていない上に肉までご馳走になったことを気にしてなんだろう。

 ケビンたちには、みなの前で土下座謝罪してもらったので、もうこの件は気にしなくてもいいのだけれど、割り切れるものでもないんだろうな。

 加えて、子供たちまでもが一泊を勧めてきた。明らかに「面白い話を聞かせてほしい」という期待が大きかったけれど、娯楽に飢える気持ちはよくわかる。なので、断るという選択肢はもう無くなっていた。

「えっ!? マイって私と同い年なの? 同い年でその胸……」

「スピナ、見比べるんじゃないのっ」

「お姉ちゃんすごーい、お乳でる?」

「出ないよっ。ていうか触るなぁっ、ひやあっ!?」

「ずるーい! 次わたしー」

「やめろおおっ。きゃああっ!」

 孤児院に風呂などない。沸かした湯を大きな桶に入れて、男女に別れて身体を拭くくらいだ。

 そしてその場で、私は無邪気なセクハラに遭っていた。幼い子って遠慮がないもんなあ。私と同い年だと判明したスピナは胸囲の格差社会に落ち込んでいて、子供たちを止めてくれない。ああ、もうっ、触るな、揉むな。変な気分になるじゃないかっ。

「ヨナ、助けてっ」

「私もマイ様くらい欲しいなあ……(遠い目)」

 ヨナも戻ってきてーっ!

 なぜ、リラックスするための身体拭きタイムで疲れなければいけないんだ……。


         ◆


「……ねむ」

 みなさん、おはようございます。夜明けと同時に起きました。なんて健康的な吸血姫でしょうね。

 昨夜は大部屋に布団を持ち込んでお喋りコース。幼い子供たちに旅の話をねだられたので、日本の昔話をそれっぽくアレンジして話してあげたら大好評だった。

 好評すぎて夜更かしコースに突入しかけたけれど、お腹がふくれたせいで早々に寝落ちてくれて助かった。夜更かしはお肌に悪いからね。

 え? 吸精の時は夜更かししてないのか? し、してるわけないじゃないかー。はっはっは。

 はしゃぎ疲れたのか誰も起きていない。抱きついて眠っているヨナの手をそっと外すと、みんなを起こさないよう、静かに外に出た。

 冬の朝の空気は冷たく、寝ぼけた頭を覚醒させるにはちょうど良かった。そのままぶらりと敷地内を散歩する。ふむ、ふむ……なるほどねえ。

「マイ様っ!」

「ああ、おはようヨナ……おうふっ」

 敷地内をぐるりと一周した時、玄関から駆け寄ってきたヨナに、そのままタックルされた。み、鳩尾……。

「起きたら姿が見えないので捜しましたよおっ!」

「あ、ああ。ごめんね」

 どうやら心配させてしまったらしい。頭をなでなでして落ち着かせてあげると、へにょんと垂れていた耳が、少しずつ戻ってくる。ややあって、ちょっとむくれた顔で私を見上げた。

 やだ、むくれた顔も可愛い。

「なに笑ってるんですかぁ。すっごく心配したんですよ」

「ごめんごめん。ヨナが可愛いから、つい」

「そ、そんなこと言っても誤魔化されません」

 顔を真っ赤にして、プイッと横を向く。ああ、いかん、これ以上機嫌を損ねるのはマズイな。ヨナの頬に手をあててこちらを向かせる。

「本当に可愛いんだけどな。信じてくれないんだ?」

「し、信じるとかそういう話……んむうっ!?」

 反論させない方法はこれが一番早い。素早く、だけど優しく唇を重ねる。ヨナはしばらくジタバタ暴れたけれど、すぐに大人しくなった。ふふふ、毎日のようにしてるからヨナがどんな口づけに弱いか把握しているのだよ。それ以前にヨナって、かなりキスに弱いんだけども。

 ……さて、これ以上はマズイかな。

 柔らかい唇を堪能し、ヨナが限界を迎える前に離れると、お互いの唇の間につうっと唾液の橋がかかる。うん、なんかエッチだ。

「信じてくれた?」

「……ズルイです」

 真っ赤になったヨナが可愛くて、愛でるように頭をなでる。

 ……ん? なにか視線が。……あ。

 孤児院の入り口にスピナがいた。口元に手をあてて目を見開いている。バッチリと目が合った。

「マイ様?」

「いや、なんでもない。戻ろうか」

 ヨナの手を引いて孤児院に戻る。スピナの姿はもう見えなかったけれど、顔が真っ赤だったなあ。とりあえず言いふらさないでくれよ。

 その後、残った肉で朝食を済ませると、私はケビンら年長者男子四人を連れて孤児院を後にした。また来てね、と手を振る子供たちに応え、人が多くなってきた通りを進む。

「なんかスピナの様子がおかしかったな」

 ケビンの呟きに男の子たちが頷く。まあ、ボーっとしてたと思ったら急に真っ赤になり、意味不明なことを呟きながらひとりで悶えるんだもの。あそこまで露骨に挙動不審だとフォローもできない。

「女の子の日か?」

 ケビンよ、本人にそれを訊くんじゃないぞ?

 そういえば、吸血姫になってから女の子の日が来てないな。もう二度とこない……のかな。普通の身体じゃないしなあ。

 そんなことを考えながらもハンターズギルドに到着。ケビンたちを外で待たせると、受付に行って、こっそりとギルドマスターへの面会を求めた。普通ならばFランクのハンターが面会できるはずもないのだけれど、薪集めの件があるので問題なく面会は叶った。

「おはようございます、ギルドマスター」

「おはよう、マイ。今日から頼むぞ」

「はい。それで、ひとつ相談があるんですが、護衛を雇えませんか?」

「どういうことだ?」

「ちょっと、孤児たちを手伝いとして雇ったもので」

 そう、昨夜のうちに年長者に話を持ちかけたのだ。薪集めの仕事を手伝わないか、と。

 知ってしまった以上、不当に孤児院を奪われるのは防ぎたい。だけど借金を肩代わりできるほどのお金は持っていないし、持っていたとしてもするべきじゃないと思う。孤児たち自身が働いて稼いだお金で利子だけでも払わないと、助けてもらうのが当たり前になってしまう。それじゃダメだ。

 なので、今日の薪集めの仕事を手伝ってもらうことにした。労働の対価は報酬から払えばいい。ただ、町の近くの森とはいえ、魔物に遭遇する可能性はゼロじゃない。私は枝を薪に加工する仕事があるから動けないし、ヨナはまだ護衛ができるほどの強さはない。なので、孤児たちを守れる人が必要なのだ。

「まあ、自分の取り分が減っても構わないのならば、護衛を雇ってもいいだろう。ただ、口が堅くて信用できるやつしかダメだな……」

 ギルドマスターが腕を組んで唸る。

 今回の薪集めは大っぴらにできない仕事だし、私が枝を薪に加工するのを見ても知らんふりしてくれる人じゃないといけない。ギルドマスターのお墨付きのハンターじゃないとダメなのだ。

 しばし黙考したギルドマスターは秘書さんにあるハンターを呼ぶように指示した。秘書さんが出ていくと、ギルドマスターは私に向き直って苦笑した。

「孤児院か。厄介ごとに首を突っ込んでるな?」

「ご存じなので?」

「ああ、情報は入ってきている。だが、依頼があったわけでもなく、ハンターズギルドの出る幕じゃない。……で、薪集めの稼ぎ、全部を孤児院に寄付する気か?」

「それは、ないです。施しに慣れてしまうと、社会に出てから苦労するだけですから」

 私の返答にギルドマスターは満足げに頷いた。生きるためには自分で稼げ。それを地で行くハンターズギルドの長だからこそ、働いて稼ぐことの重要さを知っているからだろう。

 その時、ノックがあった。ギルドマスターが応じると、秘書さんに連れられた一人のハンターが入室してきた。

「あっ」

「やあ、また会ったね」

 ヨナが反応し、私たちを認めたハンターは軽く手をあげた。くうっ、ただそれだけなのに絵になるイッケメエエエエエエンめ。

 ギルドマスターが護衛に推薦してくれたのは、昨日、私たちを助けてくれたライラックさんだった。

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