第33話 肉を食え

 孤児院が借金を返せず四苦八苦、というのはよくあるパターンなわけで。その場合、金が返せないなら別のもので支払えという流れがほとんどだよね。

 そしてパターンは二つある。ひとつは、孤児院にいる誰かの身体が目当ての場合。時代劇でよくある、


「なに? 借金が払えないだと。なら、この娘をもらっていくぞ」

「お父っあーん!」

「娘は、娘だけは許してくだせえっ!」


 ってやつだね。

 もう一つは、孤児院のある土地が目当て。この場合、土地になにか隠されているパターンが多いんだけど、さあどっちだろう。

「返済日はいつなんですか?」

 訊いてどうする。そう思う。厄介ごとに首を突っ込もうとしている、と。だけどなんだか捨て置けない。私も騙されて殺され、吸血姫なんかになった身だからだろうか。

「……五日後には利息だけでも払わないといけません。払えなければ、この建物を引き渡せと言われています」

 目当ては建物……いや、土地かあ。あとで確認しておくかな。

「あの、よろしければ夕食を召し上がっていきませんか? ご迷惑をおかけしたお詫びにもなりませんが」

 そう言われてヨナと顔を見合わせた。

 元孤児だからわかる。孤児院の食事はいつも最低限の量しか用意できない。利息を払うのも難しそうな現状、食費に回す余裕があるはずもない。

 お詫びだと言われて、ご馳走になる? 否、断じて否。

「マイ様のしたいようになさってください」

「まだ、なにも言ってないんだけど」

 マイ様の考えはお見通しですよ、と言わんばかりのヨナの笑顔を見ていると、なんとも背中がムズムズする。

 ……うん、わかってる。見て見ぬふりなんてできませんよ。

「じゃあ、ご一緒させていただきます。ただ、自分の分は自分で用意するので大丈夫です」

「で、ですがそれでは」

「私も孤児院で育ちました。だからわかります」

 なにがわかるのか。それは言わずとも伝わった。マヘリアさんは「お心遣いに感謝します」と言って深く頭を下げた。


         ◆


 おおおおおおおっ、と。孤児院の食堂に衝撃が走った。それはそうだろう、ちょっと自分の分の食材を持ってきます、と言って私が持ってきたのが皮を剥いだ猪一頭なのだから。

 最初、私一人で持っていこうとしたらヨナに止められた。それはそうだ、小柄な私が猪一頭を軽々と持っていったら怪しすぎる。なので棒に脚をくくりつけてヨナと一緒に担いできたけれど、実際は私ひとりで背負っているようなものだった。

 その猪を空いているテーブルの上にどかっと置いて、集まってきた孤児たちを見回す。人数は二十人、乳幼児はいない。リーダー格は……どうやらケビンか。リーダーが率先して犯罪をするんじゃないっ。

「今から、この猪を解体します」

 おおおおおっ、と期待に皆の瞳が輝く。

「ただし、働かざる者食うべからず。どんな小さな仕事でもいい、仕事をした人だけにお肉をあげます。……ケビン、スピナ」

「お、おうっ」

「なにっ?」

「みなの仕事の割り振りは任せるので」

 そう告げて、私は猪を解体していく。さすがに幼児の前で臓物びろ-んはマズイと思ったので先に抜いておいた。

 しばし、その包丁さばきに見惚れていたケビンとスピナは、ハッと我に返った。そして孤児たちに指示を飛ばし始めた。肉をさらに細かく切り分ける役、切った肉を串に刺す役、焼くための火を用意する役などなど。小さな子には食器の準備をさせるなど、役割分担は見事だ。

「ヨナは忙しい班を手伝ってあげて」

「はい、マイ様」

「マヘリアさん、働かざる者食うべからずですよ?」

「え、あ……は、はいっ」

 呆然と解体される猪を見ていたマヘリアさんも動き出した。どうやら火の用意を手伝うようだ。子供じゃ危ないしね。

 夕食はパンとスープだけだったらしい。鍋を覗けば、わずかに野菜クズが浮いているだけの塩スープだ。こんなんじゃお腹が空くでしょ、今からだけど骨をブチ込んで出汁をとることにしよう。包丁の背で骨を叩いて亀裂を入れ、ぽいぽいと放り込む。それから近くにいた子供を呼び寄せる。

「丁寧にアクを取って。残った肉の切れ端も入れちゃいなさい」

「う、うん!」

 目を輝かせて鍋をかき回す子供たち。

「……味見はほどほどにするんだよ?」

「!? わ、わかってるよっ」

 つまみ食いする気マンマンだったな。

 スープを任せて肉を焼くフォローに入る。

「薪は意外と沢山あるんですね」

「ええ、倒れた木をそのまま」

「なるほど」

 こうして、孤児院総出で夕食の準備は進められたのだった。



「肉うめええええっ!」

「こらっ、スープのおかわりはひとり一回だけ!」

「ちょっとおっ、串焼きを持ってかないでよ」

「うるせー、こっちは食べ盛りなん……いでえっ!」

「こらっ、お肉はまだあるのに、どうして人のを盗るの! 焼けるまで待てないの!?」

 その日の夕食は戦争だった。猪一頭分の肉ともなれば相当な量なのに、もう半分くらいは子供たちの胃に消えている。それだけ肉に飢えているんだろう。よくわかる。よくわかるぞ。

 しかし懐かしいな。孤児院にいた頃も、たまに肉が手に入ると争奪戦だったもんなあ。チビでトロかった私は勝ったことはないけれど。むしろ、自分の分を盗られたことすらあったっけ。……あ、思い出したらムカムカしてきた。孤児院を出る前、あのバカは殴っておけば……いや、記憶を取り戻す前の自分じゃ無理か。

「マイさまぁ、なんとかしてくださいぃ」

「相手にしないの。まだ肉はあるんだから。ほら」

 ヨナは誰かに串焼きを盗られたようだった。お肉大好きなヨナにしてみれば許せないだろう。

 まだ肉はあるのに、そして食べきれないのは目に見えているのに、自分の分を必要以上に確保したがる子供は必ずいる。そして大抵、孤児院内での力関係では上位にいるのだ。下位の子供たちはかつての私のように泣き寝入りするか、自分より弱い相手を探すしかない。奴隷のヨナは恰好のターゲットというわけだ。

 とはいえ、相手にするだけ時間とカロリーの無駄だ。幸いにして肉はまだまだ残っている。とはいえ、焼き役のマヘリアさんは自分の分を食べる暇すら無さそうだ。

「交代しますよ」

「いえ、それは」

「マヘリアさんは焼き役で働いた分、食べないと」

 半ば無理矢理に交代し、ヨナと一緒に肉を焼く。一応、私たちは客なんだけど、餓えた子供たちにはそんなの関係ない。焼きあがる先から奪うように持っていかれる。

 まあ、焼きながら自分の分を食べるのは忘れないけどね。ほら、ヨナも隙を見て食べなさい。

「マイ様、なんだか楽しそうですね」

「かもしれないね」

「ほら、あんたはもうっ!」

 後ろからスピナの声がする。自分の食事を後回しにして子供たちの間を走り回っているようだ。

 ああ、私のいた孤児院にもいたな、ああいう世話焼きな子が。いつも助けてくれたっけ。元気にしてるだろうか。

 辛かったけど大切な記憶。懐かしさを感じながら、慌ただしい夕食の時間は過ぎていった。

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