第32話 子供のスリが現れた! ▷捕まえる
その後、細かい打ち合わせをしてからギルドマスターの前を辞した。外に出るとすっかり暗くなっていた。通りに人は少なく、風の冷たさもあって寂しさすら感じる。
「お~い、急げ急げ」
「待てよ、このっ」
わ~っと歓声をあげながら男の子二人が私たちを追い抜いていく。一瞬遅れて、
「うわっ、と」
「わわっ!?」
二人を追いかけていたであろう男の子に背後からぶつかられた。転びこそしなかったけれど、どちらも大きくよろけた。
「ったく、気をつけろよな」
「ど、どっちがっ」
ヨナが注意しようにも、男の子は走り去ってしまう。うん、なかなかの逃げ足だ。まあ、逃がさないけど。
「待ちなよ、きみ」
「ぎゃあっ! な、なんだよこれえっ!?」
なにもない所で思いっきり転倒する男の子。立ち上がろうにも脚が動かず、その表情には困惑の色が滲んでいる。
ふふふ、店の窓から明かりがもれているとはいえ、街灯など無いこの世界。暗い夜道じゃ、一本だけ黒くした髪の毛が脚に絡みついていてもわかるまい。
慌てる男の子────といっても私やヨナと歳は近そうだ────にゆっくりと近寄り、その手をねじりあげる。ポロリと手からこぼれたのは、私の財布だ。
「これ、マイ様の!?」
「まあまあ素早かったよ。でも、相手が悪かったね」
子供にしては素早かったけれど、吸血姫となった私からしたらアクビが出るほど遅かった。
先に行った仲間らしい子供たちは路地への入り口からこちらを窺ってオロオロしている。助けに入るかどうか迷っているみたいだ。スッた張本人は逃げようと必死にもがいているけれど、そもそも力で私に勝てるはずもない。
「くそっ、放せよ! って、なんて馬鹿力なんだこのチビ!」
誰がチビだ、誰がっ。気にしてるのに。ギリギリギリ……。
「いでででっ! 腕が折れるっ!」
「……マイ様、どうするんですか?」
「どうしようかねえ……」
普通なら衛兵に突き出して終わりだ。だけど、その一歩を踏み出せないのは、この子たちの恰好に既視感があるからだ。ツギハギだらけの、何日も洗っていないような服は少し前までの私と同じ。過去の自分とダブッて見えてしまい、どうにも冷徹になりきれない。
とりあえず、野次馬が集まる前になんとかしないと……。
「あーっ、いたあ!」
うん? 突然の女の子の声。振り向けば、私たちと同年代と思える女の子がこちらに向かって走ってくる。その後ろでは年配の女性が息を切らしている。
女の子は一目で状況を把握したらしい。アチャーっとばかりに目頭を押さえると、駆け寄ってきて私が取り押さえている男の子を睨みつける。
「ケビンのバカッ! だから考え直せって言ったでしょっ!」
「うるせえっ、スピナ。すぐにでも金がいるんだろ!」
「それで自分より小さな女の子に捕まってるわけ? 情けなくないの?」
「はっ! ピーマンを食べられない奴に言われたくはないな」
「今は関係ないでしょ!? そういうケビンだって六歳までオネショしてたでしょ!」
「それは関係ないだろうっ!」
「関係ない話を持ち出したのはケビンでしょっ!」
「なにおう!」
「なによっ!」
おもいっきり脱線してるな、おい。
ヨナが私の服を引っ張る。
「マイ様、どこから突っ込みましょう」
「いや、しなくていいから」
そこにようやく、息を切らせた年配の女性が到着した。
「はぁはぁ……。私は孤児院の院長でマヘリアと申します。……も、申し訳ありません、うちのケビンがなにか失礼をしたようで」
うわあ、やっぱり孤児院の子供たちだったか。すぐ衛兵に突き出さなくてよかった。……いや、まあ、スリは犯罪だけどさ。気分の問題だよ。
「いえ、被害はなかったですが……。とりあえず、場所を変えません?」
いくら人通りが少ないとはいえ、子供が言い争っていれば注目を集める。まあ、ケビンとスピナの言い争いが、お互いの黒歴史の暴露大会になってきているので、スリを取り押さえた現場とは思われていないのが幸いだろうか。
マヘリアさんは素早くケビンとスピナの頭を軽く叩いて黙らせると、
「大したもてなしはできませんが、よろしければ
と言った。
ケイモンの町は平坦ではない。一段高い土地があり、孤児院はその外れに建っていた。
うわあ、なんだこの孤児院は。私が生活していた孤児院とは雲泥の差だぞ。年数が経っているせいかあちこちが痛んでいて、明らかに素人仕事で補修がしてあるものの、元の造りがいい。敷地は広くて建物も大きい。痛んでいなければそれなりの身分の者のお屋敷に見える。
「ずいぶんと良い建物ですね」
「もとは豪商の別荘だったそうですよ。そこの主人がお亡くなりになると経営が厳しくなり、手放したと聞いています。領主様の計らいで孤児院として使わせていただけるようになったのです」
どうりで。故郷の孤児院の方も、いい物件があったら領主が手回ししてくれないかな……って、あそこの領主はヨナを奴隷にしたやつじゃないか。期待できないか。
孤児院の出入口には、子供たちが出迎えにきていた。心配だったんだろう、見るからにホッとしているのがわかる。
子供たちの好奇の視線を受けながら、私とヨナは院長室に通された。事の顛末を説明すると、マヘリアさんは深々と頭を下げた。
「大金を手にした子供のハンターがいると知ったケビンたちが、そのお金を盗もうとしている。そう、スピナから聞いた時は信じられませんでしたが……私の監督不行き届きで、本当に申し訳ありません」
う~ん、薪を持ち込んだのを見られてたのか。油断できないなあ。
「まあ、未遂で終わったのでいいのですが……。ところで、そんなに経営が苦しいんですか?」
つい、訊かなくてもいいことを訊いてしまった。
マヘリアさんは少し迷ったものの、やがて恥じ入るように口を開いた。
「先月のことになりますか、北風の強い日の夜、敷地内の木が強風で倒れまして。幸い、寝室に被害はなかったのですが台所が壊れてしまいました。生活に直結する場所だけにすぐにでも直したかったのですが、手元にあった寄付金は建物の修繕に使ってしまっていて、直そうにも直せなかったのです。
そんな時、ある商人様が修繕費を肩代わりすると話を持ちかけてくれたのです。返済期間も長く利息も低い、とても良い条件で」
「それ、ものすごく胡散臭いんですけど」
「はい。今から思えば美味しい話すぎました。ですが、あの時は建物と台所を直すことで頭がいっぱいでしたし、寄付のアテがあったため、返済はすぐに終わるだろうと思い、契約書にサインしたのです。……騙されたと気づいたのは後日、高い利息と短い返済期間の契約書を見せられた時です。どういうわけか、契約書の文章が変わっていたのです」
ガクリとうなだれるマヘリアさん。ご愁傷様としか言えない。
私の隣ではヨナが辛そうな表情をしている。ヨナも騙されて奴隷にされたようなものだから、自分と重なって見えているのかもしれない。優しくナデナデしてあげる。
「最初から騙すつもりだった、としか思えないですね」
「そうかもしれません。それでも、貴族様からの寄付金のアテがありましたから、まだなんとかなると思っていたのです。ですがその寄付金も急に打ち切られてしまって……」
うん? なにか聞いたことがある話がでてきたけど。
「失礼、その貴族の名はもしかして、ペンゼル伯爵では?」
「まあ、よくご存じですね」
あいつかー。そりゃあ、打ち切られるわけだ。だってペンゼル伯爵が孤児院に寄付していたのはセーラ嬢に似た孤児を探すためのパイプ作りだもの。私が騙されてセーラ嬢の身代わりを果たしてしまった今、孤児院に寄付を続ける理由はないもんね。
でも、あー、そうか。私にも責任の一端はあるのか。やれやれだなあ。
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