第31話 極秘の依頼

ハンターズギルドうち、確か規約で、ハンター個人の過去や能力については詮索しない、とあったと思ったのですが?」

「ああ、確かにそう決められてる。だが今回だけは、そこを曲げて頼めないか?」

 ハンターズギルドに登録した時に説明を受けた。ハンター個人の過去や能力は詮索しないこと、と。プライバシーの保護を真剣に考えてくれていると思ったけど、実際は違ったんだよね。

 かつては探検家ギルドとして世界の謎を解いてきたハンターズギルドも、今は金さえ払えば犯罪以外の大抵の仕事は受けてくれる何でも屋だ。危険も多くて死者も多いが、基本的に自己責任であるため、たとえ死んでも遺族に見舞金などでない。安価で使いやすいため、軍を動かしたくない国もよく利用しているらしい。そのため依頼が途切れることはない。

 つまり、ハンターズギルドは常に人手を欲しているのだ。だから過去の詮索はしない。履歴書や過去の犯罪歴の審査などしていたら人手不足に拍車がかかってしまうからだ。ギルドに所属した後に犯罪を犯さなければいい、そういうスタンスだ。

 まあ、犯罪歴のチェックの甘さが私の身に降りかかってきたんだけどね! まったく。

 詮索しないのは能力に対しても。個人の能力ならばいいけれど、それがアイテムによるものだと知られてしまえば、そのアイテムを奪おうとする輩も出てくる。過去にそういうトラブルが頻発したらしい。

 で、そういう事情を知っているはずのギルドマスターが薪の件で私に頭を下げてきている。それはつまり────。

「……薪の供給、ヤバイんですか?」

「ああ、かなりヤバイ」

 ギルドマスターの顔には「察しがよくて助かる」と書いてあった。

「すでに森林保護ギリギリまで木を伐採してあるんだが、それでも今年の冬を越すには心許ない。きこりも遠出して薪の確保に動いてくれているが、護衛の費用に運搬費の上乗せも考えると今以上に薪の値段は上がるだろう。無論、炭も比例して上がる。そうなれば……弱者から死ぬ」

 うぐっ。元孤児に突き刺さる言葉だよ、それは。ギルドマスターの窺うような視線は、この話題が私に効果的かどうか確認しているようにも見える。……ああ、はいはい。負けました。クリティカルだよ、まったくもう。

「……教えるのは無理ですね。ああ、正確には、教えても無理ですね」

「それは……マイにしかできな方法ということか?」

「どうなんでしょうね。私がやっているのは、錬金術みたいなものなので」

 異世界の定番、錬金術がこの世界にもある。まあ、孤児院のあった町で錬金術を使う人に会ったことはないけれど、ポーションの類は錬金術の成果だというくらいは知識として知っている。

 私の言葉にギルドマスターは首を傾げた。

「マイは錬金術ギルドの者だったのか? ギルド証を提示すれば、ハンター登録はもっと簡単だったのだが」

「え? 錬金術ギルドとか、あるんですか?」

「え?」

「え?」

 ………………。

 あったのか、錬金術ギルド! 少なくとも孤児院のあった町では名前すら聞かなかったんだけど。

 愕然としていると、ギルドマスターはなにかを察したように頷いた。

「二人とも、田舎の出身か」

「ええ、まあ」

「はい……」

「そうか。まあ、よくある話だ」

 よくあるのか、中央の情報や常識が辺境や田舎に届かないということが。

 ……まあ、それもそうか。情報伝達手段が人か手紙くらいと限られている上に、伝達速度は人の移動速度以上にはならないしね。魔法による通信はハンターズギルドには完備されていると聞いているけれど、使用できるのはギルドの職員に限定されているから、田舎の人間が情報難民になるのは仕方ないか。

 そう、仕方ないこと! 錬金術ギルドの存在を知らないのも仕方ないこと! ヨシッ!

「錬金術ギルドに所属していない者が、錬金術を用いて収入を得ると罰せられるのは知っているか?」

「ぶっ!?」

 続いて爆弾を投げられたー! 錬金術ギルドの存在を知らなかった自分が、知ってるわけないじゃないですかあっ! えっ、犯罪者? 私、犯罪者ですか!? やらかしましたか!?

 ヨナが青い顔ですがりついてきた。

「マ、マイ様、私たち捕まっちゃうんですか?」

「お、おお落ち着くんだヨナ。まだ慌てる時間じゃなないっ」

 お前が落ち着け? わかってるよ、チクショウ。罪に問われると聞かされて落ち着いてられるかっ。

 えーと、自分だけなら【霧化】とか【影渡り】でどうとでも逃げられるからヨナは【マイホーム】に待機させて……。

 逃走ルートと今後の身の振り方をシミュレーションしていると、

「くくっ……。あっはっはっはっはっ!」

 ギルドマスターが大笑いした。涙まで浮かべてまあ。そんなにオロオロする私たちが面白いのか。

 ギルドマスターは涙を拭くと、手振りで秘書さんになにか指示を出す。頷いた秘書さんが、あらかじめ用意してあったかのような感じで、なにやら紙にペンを走らせる。ヤヴァイ、告発状ですか? マジで逃げようかな。

「そんなに身構えるな。紹介状を用意させる、明日にでも錬金術ギルドに登録しに行きな。ケイモンには錬金術ギルドの出張窓口しかないが、ハンターズギルドうちの紹介なら仮登録はできる」

 ……え?

「役所に突き出す準備じゃないんですか?」

「お前、私をなんだと思ってるんだ。薪不足の解消のために、知らずに錬金術を使ったぐらいで逮捕なんかさせるか」

「ギルドマスター……」

「……それに、マイを逮捕させたら炭焼き職人に恩が売れない」

 後半、なんかボソッと変なこと言いませんでしたかー?

 ギルドマスターをジト目で見ていると、隣でヨナがへなへなと座り込んだ。

「よ……よかったあ。マイ様が捕まったら私……私……」

「あー、よしよし。大丈夫、簡単には捕まらないから」

「どこまで本気だ」

 ヨナをなでなでして安心させていると、ギルドマスターが呆れたように言った。いや、本気で逃げるつもりでいましたけどね。

 まあ、それはそれとして。薪の供給状況をぶっちゃけた以上、ギルドマスターは私になにかさせたいんだろう。話題を変えるためにもその辺りを質問すると。

「マイひとりに負担をかけるのは心苦しいが、ギルドからの依頼だ。薪の確保に協力してはくれないか?」

「大丈夫なんですか? また私が薪を大量に持ち込むようなことがあれば、確実に尾行されますよ?」

 誰だって楽してお金を稼ぎたいだろうしね。わたしがどうやって薪を確保しているのか、絶対に尾け回される。撒くことはできるだろうけど、常に尾行に気をつけないといけないのは面倒だ。

「それについては、町の外で薪の受け渡しをするようにする。口の固い職員を向かわせるから、マイは確保した薪を渡してくれればいい。報酬の支払いは少し遅れるが、そこは勘弁してくれ」

 そう言って頭を下げられれば、否とは言えなかった。まあ、孤児が死ぬかもと聞かされた時点で断るなんて、ないんだけどね。やれやれ。

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