第30話 取り調べですか? え、違う?

「いい加減にしたらどうだい。みっともないよ」

 おじさんと私たちの間に割って入ったのは赤い髪の……お、おおおっ、イッケメエエエエン!

 背を向けているので横顔がちらっと見えただけだけど、かなりの美男子だ。金属製の胸甲に腰の剣、戦士系だと思うけどマッチョではなく、どちらかと言えば細身の身体。おじさんに比べると頭一つ以上背が低いけれど、臆せず立ちはだかる姿は実に凛々しい。ギルドのあちこちから「きゃああっ」と黄色い声が聞こえる。

「ふわあ……」

 ヨナも頬を赤らめて見惚れている。まあ、わからなくもない。世が世ならアイドルとして売り出せるくらいの美男子だもんね。……あれ? 美男子? ……おやあ?

「ライラック、てめえ……どういうつもりだ」

 ギリギリと歯ぎしりしながら、おじさんが言葉を吐き出す。おや、明らかにおじさんが自分より小柄な相手にひるんでいる。ライラックと呼ばれた戦士は、そんなに強いんだろうか。

 そのライラックさんはちらりと私たちを肩越しに見、おじさんに向き直る。

「目の前で新人が大きな収入を得て悔しいのはわかるけど、言いがかりはみっともないよ」

「んなっ!? 悔しいわけないだろうっ。ただ、不正があっただろうと言ってるだけだっ」

「へえ、証拠は?」

「証拠……。そ、それを調べるのはギルドの仕事だろうっ。この短時間で薪をあれだけ用意できるわけねえ、不正があったに決まってる!」

「なるほど。つまり君は、ギルドの犯罪歴照合に不備があり、証拠はないが彼女たちが不正をしていたのは間違いないと、そう主張するんだね? そして、ギルドにそれを調査しろと」

 やけに芝居がかった仕草で話すライラックさんに視線が集中している。本当にアイドルみたいだなあ。まあ、わざと視線を集めているんだろうけど。だって……。

「と、当然だろう。明らかにおかしい!」

「……だ、そうだよ、ギルドマスター。どうするんだい?」

 そう言いながらカウンターに視線を向けるライラックさん。遅れて全員の視線がカウンターに向かうと、いつの間にか奥から出てきていたギルドマスターがそこにいた。そう、ライラックさんが視線を集めている間に静かにドアを開けて出てきていたのだ。私は気配でわかったけどね。ちなみにギルドマスターは、思わず姉御! と呼びたくなるようなガタイのいいお姉さんだ。先日、受付のお姉さんにキレのあるツッコミを入れたのは記憶に新しい。

 ライラックさんに話を振られたギルドマスターは私たちがいるカウンターまで、殊更時間をかけて歩いてくる。ギルドマスターが近寄ってくるのに比例するように、おじさんの顔色がどんどん悪くなっていく。まさかギルドマスターが聞いているとは思ってなかったんだろうか。いや、どのみちギルドマスターに報告はいっただろうし、時間の問題だと思うけれど。

 ギルドマスターは受付のお姉さんの隣に立ち、カウンターに置いてある水晶を軽く叩いた。ギルド登録や犯罪歴の照合に使われる水晶だ。

「ギルドマスターとしては聞き捨てならない話だな。法の神の加護を受けた水晶に不備があると言われれば調査しないわけにはいかない。本当に不正があったかも、だ。というわけで、新人二人は別室で呼ばれるまで待機。お前は私の部屋に来い」

 指名されたおじさんは明らかに狼狽えた。

「お、俺もか?」

「当たり前だ。なにせこれから、のギルドの水晶を調べなきゃならなくなるかもしれないんだぞ。各地のギルドマスターを納得させるだけの根拠が必要だ。それをじっくりと聞かせてもらわないとな」

 おじさんの顔色はもはや蒼白だ。言いがかりがここまで大事になるとは思ってなかったんだろう。

 ギルドマスターが指示すると、ギルドの職員がおじさんを三階にあるギルドマスターの部屋へと案内案内していく。

「余計なお世話だったかな?」

「いいえ。ありがとうございます」

 ライラックさんが私たちに向き直り、頭をかきながら言う。胸元のプレートを見ると、おおっ、Cランクだ。なるほど、おじさんが怯むわけだ。おじさんはDランクだったしね。

 私もライラックさんのように話をすることはできただろうけど、腹がたっていたので無駄に煽っていたかもしれない。それに、新人とライラックさんでは発言力に違いがありすぎる。正直助かった。

 そこに受付のお姉さんがやってきた。

「ごめんなさいね。そういうわけだから、こっちに来て」

「不正をしていないなら、堂々としていればいい」

「はい。それでは」

 ライラックさんに見送られ、私とヨナは二階の部屋へと案内された。ヨナはまだボンヤリしている。

「ヨナって、ああいう人が好みなんだ?」

「っ!? い、いいえっ。私が好きなのはマイ様ですからっ!」

 そんなに慌てなくてもいいのに。まあ、好きと言われて悪い気はしないけど。

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、帰ったら証明してもらおうかな」

 意地悪にそう囁けば、ボンッと音がしそうなぐらいに真っ赤になるヨナ。可愛いなあ。

「真っ赤になっちゃって。なにを想像したのかな」

「~~っ! マイ様のいじわるぅっ」

「ごめんごめん」

 なでくりなでくり。

 そんな私たちを見て、受付のお姉さんはホッコリしているようだった。



 別室で待機するのは、それほど長くはなかった。呼び出され、初めて入ったギルドマスターの部屋は実に殺風景だった。窓際に立派な執務机があり、あとは棚がいくつか。壁際にある机には秘書らしき人が腰かけていて、忙しくペンを走らせている。一応、来客用のテーブルはあるけれど、私たちは客じゃないからギルドマスターの前に立った。

 ん? ギルドマスターの机の上にある水晶球、受付にあるのとなにか違うな。ちょっと【解析】……って、うわあ。


『水晶』『法の神リブラの加護』『真偽判定機能』


 嘘発見器じゃーん!

「待たせたな。まあ、楽にしてくれ」

 無理でっす! たとえ無実でも、嘘発見器にかけられるってだけで人間は鼓動が速くなるんですからっ。

 ヨナはわかっていないから、緊張はしているようだけど私よりは平然としているようだった。くそう、解析するんじゃなかったよ。

「そんなに身構えるな。なにもとって食おうというわけじゃない。なに、簡単な質問だ、あの薪は違法行為によって手に入れた物かどうかだけ答えてくれ」

 こちらの緊張が伝わったのか、ギルドマスターが苦笑しながら用件を切り出した。うん、少し言葉を選びながら答えないと……。

「伐採制限がかかっている場所で、勝手に木を切った事実はありません」

「……まあ、そうだろうな。しっかり乾燥されていたし」

 ギルドマスターはちらりと水晶に目をやってから頷いた。少なくとも犯罪歴照合に引っかからなかったのだから、最初から疑っていたわけじゃないんだろう。あくまで確認のためか。

 ホッとする私の前で、ギルドマスターはなにかを言おうとして首をひねっている。

「えーと……」

「マイです。奴隷の獣人はヨナ」

「ああ、それな」

 秘書さんの言葉にポンと手を打つギルドマスター。名前を思い出せなかったのか。まあ、ギルドマスターともなればハンターひとりひとりの名前なんか覚えていないだろうけど。

「それで、だ。マイ、君がどうやって短時間で薪を集めたかは知らないが……その方法、教えてはもらえないか?」

 …………はい?

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