第29話 面倒くさいおじさんにロックオンされたようです
資料室は、古本屋を思わせる古紙の匂いに満ちていた。そこにインクの匂いが加わり、なんともいえない独特の空間になっている。
「マイ様、あのっ」
「ヨナは悪くない」
ヨナがなにを言おうとしているのか想像がついていたので、先回りして謝罪を遮る。先手を打たれたヨナがオロオロするけれど、ヨナが責任を感じることなんて何もないんだから。
「誰が何と言おうと、私はヨナの味方。いい?」
「……はい」
頭をなでなでしながら安心させてあげると、ヨナは少しだけ涙ぐんで頷いてくれた。よしよし、それでいい。可愛い子の涙は見たくないからね。
さて、改めて資料室内を見回すと、本棚、本棚、本棚、本棚……。予想以上にすごい蔵書の数だ。ここから目的の本を探すのか……。
「マイ様?」
「よし、司書さんを探そう」
諦めが肝心な時もあるのだ。
◆
司書さんはすぐに見つかった。魔物と薬草関連の本を探していると伝えたところ、微妙な顔をされた。Fランクがいきなり魔物を調べてどうする、と言わんばかりの表情だったけど、礼儀正しくなにも言わずに本の場所を教えてくれた。
魔物の本は種族別になっているようで、アンデッド関連の本を手にしてヨナと並んで閲覧席に腰を下ろした。さて、吸血姫、吸血姫と……。
【吸血姫】
知名度: 極低
脅威度: 極大 (?)
出現数: 単体
遭遇頻度:まず無い
知能 : 極めて高い(?)
反応 : 不明
吸血鬼の亜種と思われるアンデッド(?)。基本的な特徴は吸血鬼に準ずると思われるが、過去、二度の目撃例しかないため詳細は不明。
「マイ様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
あまりの情報量の少なさに、思わず机に突っ伏してしまった。いや、少ないと言うより、なにもわかっていないレベルだ。影に潜るとか、魔力で身体ができているとか書き込みたくなる。
いや、落ち着け。自分の情報を晒してどうするんだ。深呼吸、深呼吸。スーハー。
ちなみに、吸血鬼を調べてみたら、こっちは知名度が抜群に高かった。情報も多く、六ページも使っている。過去に吸血鬼が王国を築いていたという情報もあった。
なんだろう、この情報量の差は。負けた気がする……いや、そもそも勝負にすらなってない。別に勝負しているわけじゃないけど……はあ。
……ともかく、吸血姫が広く知られていない以上、なにかあったら私は吸血鬼に間違われる可能性が高いということだ。注意しないとなあ。
なんかテンション下がったけれど、せっかくだから薬草関係の本も読んでおこう。
「葉に……薬効……?」
「そうそう。この字が根、こっちが花」
ヨナに文字を教えながら本を読む。各薬草の収穫適期に生育に適した環境、薬効のある部分の説明にイラストまでついていて、読みやすい上に情報も多い。ヨナが読み書きできるようになればできることも増えるし、知識が増えれば今後の役にも立つ。他にスキル関係の本もあるようだし、時間を見つけて時々来るようにした方がいいな。
ああ、でも。こうやってヨナに教えていると孤児院時代を思い出すなあ。年下に数の数えかたとか、簡単な計算を教えていたものだ。
懐かしさを感じつつ、正午の鐘が鳴るまで二人で資料室にこもっていた。
◆
午後からは仕事に出ることにした。だけど、うん、明日からは仕事には午前中から出よう。陽が落ちるのが早いから、午後からだと時間がない。そんなわけで、近くの森にやってきた。
「な、なに……が。あった……んです、か……」
木にもたれかかってヨナが青い顔をしている。うん、ごめんよ。
実はギルドを出た時から尾行されていたのだ。【索敵】にバッチリ反応してたからね。さりげなく背後を窺えば、なんのことはない、【魅了】で追い払ったおじさんと仲間だった。仕事もせずに私たちが出てくるのを待っていたのか? 暇人め。
こっそり後を
ちなみに、私の全力疾走は馬よりも速い。ヨナが青い顔をするのも当然だ。
いや、だからごめんって。
あ、そうそう。【索敵】だけど、色々試していたら指定対象の色を変えることが可能だった。これならばその都度、指定対象を変更しなくて済む。今は魔物は赤、人間と亜人は青、動物は黄色、薬草は緑色に指定してある。
落ちている枯れ枝を拾い、指定対象に追加する。枯れ枝は茶色でいいや、変更はいつでもできるし……って、うわっ。指定した瞬間、索敵範囲に大量の茶色の光点が出現した。脳裏がチカチカするぅ。
「……なにをするんですか?」
「うん? こうする」
枯れ枝を集めるのが不思議だったらしい。ヨナの質問に、私は目の前で集めた枯れ枝を材料にして【クリエイトイメージ】で薪を創る。同じ木材だからマナの消費も少なくて済む。ポンッと。
これなら木を切ることもなく、それなりの薪を用意できる。だって、周辺の木はギリギリまで枝を払ってあるから、これ以上は無理だしね。
もはや【クリエイトイメージ】に驚かなくなったヨナは、ふらふらしながらも枯れ枝を集めだした。
こうして薪を創り続けたところ、かなりの量が確保できた。とはいえ、一度に持っていくと怪しまれるだろうから半分は【マイホーム】に保管。残りを蔓草で縛って背負い、暗くなる前に町へと戻る。門番が大量の薪を背負う私たちを見て驚いたのは、違法に木を伐採したと思ったからだろう。
ギルドに持ち込むと、当然のようにギルド証で犯罪歴を調べられたけど問題なし。薪は全部で10キロはあった。しめて銀貨一枚なり。うはうはである。
「驚いた。どうやってこんなに確保できたの?」
「それはヒミツです」
「……それもそうね」
受付のお姉さんに訊かれたけれど教えられるはずもない。振り返れば視線をそらす人が何人も。聞き耳をたてている人の多さに、お姉さんはいい具合に勘違いしてくれた。
とはいえ、明日からは薪収集を控えた方がいいだろう。どうやって薪を集めてきたのか、絶対に尾行される。いや、堂々とついてくるかもしれない。面倒くさい輩に絡まれるのはゴメンだ。
「おいおい、どうやってこんなに薪を集めて来たんだぁ? おい、犯罪歴はちゃんと調べたんだろうな」
面倒くさいのキターッ。例のおじさんじゃないか、なんでそんなに絡んでくるのかっ。
おじさんの言いがかりに受付のお姉さんはムッとした。ギルドの仕事に文句をつけているんだから当然だよね。
「犯罪歴は確認しました。違法行為はありません」
「冗談じゃねえ、こいつらが町を出たのは午後からだぞ。この短時間でこれだけの薪を用意できるわけがねえ、きっとどこかで不正をしているに違いない。……おいっ、悪いことをしてるなら正直に言った方がいいぞ」
ウザッ! なんなのこのおじさん、本当にウザイんですけどっ。
どう対処すればいいんだ、これ。また【魅了】で追い払っても一時しのぎにしかならない。じゃあ、絡む気が起きないくらい徹底的に叩きのめしてやればいいだろうか。……いや、それだとこっちが罪に問われるかもしれない。あー、もう、どうしたらいいんだ。
「おい、黙ってないでなんとか言ったらどうなんだ」
おじさんが手を伸ばして頭を掴もうとする。
これはもう、払いのけるしかないな。そう思った時、私とおじさんの間に割って入った背中が見えた。
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