第28話 新人イジメは魅了で回避
おはようございます、マイです。今日から本格的にハンターとして活動を開始……しようと思っていたけれど、まずはギルドの資料室に行こうと思う。だって、吸血姫のこと知りたいじゃない。
昨日とは逆のルートで町に戻り、なに食わぬ顔で大通りに出る。冷たい風が吹き抜ける通りを、人々が足早に行き交っている。
「……なにげに凄いことしてますよね、私たち」
「本当だねえ」
ヨナの言う通り、吸血鬼にとっては町の防壁なんて意味がないんだなあ。その気になれば一夜にして町をグールで埋め尽くすこともできるんじゃないだろうか。いや、やらないけど。
そういえば、アザリーさんはもう出発したのかな。寝るのが遅かったので起きたのも遅く、今は早朝とは言えない時間だけれど、別れた時にはアザリーさんは酒を追加してたし、二日酔いでまだ寝てるとかいうオチだったら笑えるなあ。
他愛のないことをお喋りしながら、やってきましたハンターズギルド。ひっきりなしに人が出入りし、依頼掲示板の前には人だかり。本日も盛況ですね。ハンターが忙しいのは、いいのか悪いのか。
「あら、いらっしゃい。……ああっ、距離をとらないでぇっ!」
資料室の利用は自由だと聞いていたけれど、一応、許可をとろうと思ったら受付にいたのは昨日のお姉さんだった。思わず距離をとったら泣きそうな顔をされた。
……まあ、昨日の今日で同じ過ちは繰り返さないだろう。そう考え直して受付に行くと頭を下げられた。
「昨日はごめんなさいね。私、ハンターズギルドの成り立ちの話が大好きなもので、つい……」
「定期的に同じことをやらかしてるそうですね」
「て、定期的ってヒドイッ。たまーによ、たまーに……」
目をそらすな、目を。
たまにで、エマさんたちがごく自然に距離をとるようになるとは思えないんだけどなあ……。思わずジト目で見てしまうと、お姉さんは慌てて話題を変えた。
「そ、それで、今日はどうしたのかしら。仕事ならまず、常設依頼を受けてみたらどうかしら。初心者は大抵、そこから始めるものだしね」
常設依頼というのは、多分に説明の必要がないとは思うけれど、常に依頼状態にある依頼のことだ。大抵が「薬草採取」や「毒草採取」といった収集系で、個別に依頼を受けずに依頼品をギルドに納めれば報酬が支払われる。お姉さんに言われるまま依頼掲示板に目を向けると……。
「なんだか薬草の買い取り金額が高くないですか?」
「あ、気づいた? もう冬だからね、薬草自体が少ないのよ」
なるほど、それもそうか。薬草といえども普通の植物だ。まあ、土地の魔力で成長や薬効に違いが出たりはするそうだけど、冬になれば枯れ、種や球根で冬を越すものがほとんどだ。冬に採れる薬草もあるけれど、寒さと量の少なさが難易度を上げてくれる。孤児院時代にも、薬草を採りに無理に雪山に入り、死んだ子がいたっけなあ。
昔を思い出していると、別の依頼が目に入った。
「薪?」
「ああ、炭焼き職人からの依頼ね。もう冬なのに薪が不足してるらしくて、炭が少ないのよ」
「森なら町の周囲にありますよね?」
「そうね。だけど数年前に大規模な山火事があってね、今は町周辺の木の伐採が領主様から制限されてるの」
そう言いながら、お姉さんは掲示板横にある地図を指差した。ケイモンの町周辺の地図は一部が赤く塗られており、そこが伐採制限区域なのだそうだ。自由に伐採できる場所は……ああ、随分と遠いな。
「なるほど。伐採できる場所は遠いし日数もかかる。量を持ち帰るには荷馬車がいる。薪1キロに対して報酬が大銅貨一枚じゃ、苦労の割には……」
「そうなのよねー。町周辺で確保できるなら、薪1キロで大銅貨一枚は破格なんだけどね。困ったものだわ」
お姉さんのボヤきを聞きつつ地図に目を戻すと、町の東に剣のマークがあるのに気づいた。
「あの剣のマークはなんです?」
「ああ、あれね。その昔、英雄がこの辺りを支配していた吸血鬼を倒したって伝説があるのよ。その場所が、あの剣のマークのところなの。石碑があるから、見に行くのもいいわよ」
「へ、へぇー……」
吸血鬼と聞いて、自分のことではないのに汗が出てきた。だ、大丈夫、バレてない。バレてないからっ。
必死に動揺を抑えつけていると、ふと、ヨナに袖を引かれた。どうしたの?
「炭って、マイ様の家にある、アレですよね」
「そうだよ。ああ、ヨナの村では薪が主流だったんだっけ」
そう言うとヨナはコクコクと頷く。ヨナが暮らしていた村では炭焼き職人がいなかったらしい。なので【マイホーム】で炭が長持ちすることにすごく驚いていたのだ。
「そんなに薪がいるんですか?」
「そうだね……。大体、炭1キロを作るのに薪が10キロ必要かな」
「そんなにっ!?」
そう、そんなに。実際、中世ヨーロッパでは炭を作るために森林破壊が起きたこともある。そのせいか、炭は必要とされるのに、炭焼き職人は忌み嫌われたらしい。
私は【クリエイトイメージ】でさくっと創っちゃうので、ヨナにはその苦労がわからなかったんだろう。
とと、いかんいかん。本題はこれじゃなかった。
「仕事の前に調べものがしたくて。資料室を使いたいんです」
「あら、そうなの。資料室は二階、あの階段を上がって突き当りよ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、教えてもらった階段に向かう……と、目の前に肉の壁が現れた。なんなの?
ついっと見上げると、革の鎧を着たマッチョなおじさんが私たちを見下ろしていた。デカイなあ、二メートルは超えてるぞ。
「はっ、こんなガキがハンターってか。登録したばかりなのに依頼にも行かず、優雅に読書か。ハンターはガキの遊びじゃねえんだぞ」
新人イジメキターッ! いやあ、お約束をありがとう。登録したてなのを知っているってことは、昨夜のお姉さん独演ショーを見ていたのかもしれない。その時に絡んでくればいいものを。
「ああ、エマさんとフラウさんがいたからかな」
「ああっ!? なにか言ったか?」
「いえ、別に」
大声にヨナが怯えて私にしがみついてきた。ヨナを背にかばいつつギルド内を見回すけれど、受付のお姉さんは肩をすくめただけで何も言わない。どうやら新人が絡まれるのは珍しくないらしい。周囲のハンターたちも特に関心を示していない。ああ、立ちはだかったおじさんの仲間らしい者たちだけは苦笑しながら見ているけれど。
「おいおい、怯えてるじゃねーか。ほどほどにしてやれよ」
「なにが、ほどほどだ。奴隷持ちのガキがハンターだぁ? どうせ金持ちの道楽だろ、遊び半分でハンターを名乗られちゃ迷惑だろうが」
おじさんの言い分に、背後のヨナがビクリと震えた。絡まれた理由が自分にあると思ったのだろうか。そんなことないのにね。
しかし、どうしたものか。多分、やりあっても負けないとは思うけど荒事は避けたい。かといって話し合いで素直に引き下がってくれるとは思えない。……いや、あれを使ってみよう。
少しフードを持ち上げておじさんを見上げる。それに気づいたおじさんが私を見て、目が合うとギョッとした。よし、その心の動揺を使わせてもらおう。種族スキル【魅了】!
次の瞬間、おじさんの目が虚ろになって全身から力が抜けたのがわかった。よしよし。
「私は資料室で調べ物をしなきゃいけないんです。邪魔しないでもらえますか」
「あ……ああ」
「わかったら、仲間のところに戻って、真面目に依頼をこなしてください」
「ああ、わかった……」
言われるまま、おじさんはふらふらと仲間の元に戻っていく。それを見たハンターたちがギョッとしているけれど、あとは知らない。ヨナの手を取り、そのまま階段を上がって資料室に直行する。
追いかけてくる視線が少しだけ鬱陶しかった。
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