第27話 はじめての町の夜はふけて

「なぜ、私は商業ギルドに登録しようとしているんでしょう」

「しょうがないだろう。あたしからデザイン料を振り込ませる口座は商業ギルドでしか登録できないんだから。ほらほら、早く書く」

 商業ギルドに到着するころには夜もふけていて、待たされたアザリーさんに文句を言われた。予定より大幅に遅れたのだから仕方がないとは思う。エマさんとフラウさんが受付お姉さんの独演ショーを説明してくれたので、なんとか怒りを収めてくれたけど、どうか苦情はハンターズギルドの受付のお姉さんにお願いします。

「あの性格、直ってないのな」

 そう呟いたところからするに、受付のお姉さんの独演ショーはよくあるらしい……。

 そして私は、ロクに説明もなく、商業ギルド登録用紙に必要事項を書き込みさせられている。商業ギルドは身元のわからない者には登録させない決まりになっている。そのため、先に私にハンター登録させたらしい。なるほど。

 登録しても商売をする気なんて無いのだけれど、デザイン料を受け取るために必要と言われれば従うしかない。とはいえ、早く終わらないかなあ。

「それではこれから、商業ギルドの規約を説明させていただきますね」

 誰か助けて…。



「お腹すいた……」

 一通り説明が終わり、解放された時には夜中だった。ヨナなんか半分寝てるよ。商業ギルドに登録したのは私だけなのでヨナまで説明を聞く必要はなかったんだけど、頑張って一緒に耳を傾けてくれた。なんて可愛いんだ、この狐っ娘は。あとでたっぷりと可愛がってあげないとね。

「まだ酒場はやってるだろう。軽く食べていくか。……奢るぞ?」

「利子はどれくらいですか?」

「ちょ、お前っ、あたしがそんな守銭奴に見えるか!?」

「冗談ですよ」

 アザリーさんが守銭奴だなんて思わない。もしそうなら、ポーションの代金をちゃんと回収していたはずだ。

 多分、アザリーさんは困っている人を捨て置けない女性ひとなんだと思う。それで苦労したことがあると、馬車に乗せてもらった時にフラウさんが言っていたし。なので、ここは遠慮せずに奢られよう。

「ヨナ、アザリーさんが奢ってくれるって。なにが食べたい?」

「……お肉」

 眠気でふわふわしながらも、ハッキリと肉が食べたいと主張するヨナ。夜中にガッツリお肉は胃に悪そうだけどなあ。獣人だからかな? まあ、いい。

「アザリーさん、遠慮せずにご馳走になります♪」

「ったく……。次からは本当に利子つけるからな」

 私たちのやり取りを見て、エマさんとフラウさんが笑った。


         ◆


「おう、アザリーじゃねえか。遅かったな」

「ちょっと報告や手続きが多くてね。……なんか適当に五人前、あと酒」

 深夜までやっている酒場に五人で入る。アザリーさんの馴染みの店らしく、カウンターにいた髭のおじさんが気さくに声をかけてきた。適当、で通じるあたりが付き合いの長さを感じさせるね。聞いてみれば、この町を通る時には必ず食べているらしい。

「マスターはあんな顔だけど、料理は美味いぞ」

「あんな顔は余計だっ!」

 厨房からおじさんが怒鳴る。耳はいいらしい。

 時間が時間なので、私たち以外にはカウンターで酔いつぶれている男女が一組と、テーブル席で会話に花を咲かせているグループがいるだけ。

 五人で適当なテーブルについた。

 最初、ヨナは席に座るのを拒否した。奴隷は主人の後ろで控えるか、床に座るのが一般的らしい。だけど私はヨナを立たせたまま食事なんてしたくないし、休憩所でも一緒に食事してたんだから今さらだ。無理矢理、席につかせた。

 ようやくヨナが席に座ると、見計らったように食事が運ばれてきた。ウェイトレスは帰ったのか、おじさん自ら。

 出てきたのはパンと野菜スープ、そして焼き鳥。あと、キツイ匂いのお酒がひと瓶。どういうわけか、おじさんも椅子を持ってきてテーブルについた。店はいいのか、おい。

 おじさんは私がヨナを席に座らせているのを見て、少しだけ眉を上げたけれど、見なかったことにしたようだった。いい人じゃん。

 代わりにアザリーさんに話しかける。

「聞いたぜ、休憩所でひと騒動あったらしいじゃねえか」

「ああ、大変だったよ。着いたら火の手があがってるじゃないか」

 当たり前のようにおじさんにも酌をして、これまでの出来事を話し始めるアザリーさん。どうやら毎度のことのようで、エマさんとフラウさんはアザリーさんを置いて食事を始める。私たちにも「二人はほっといて食べていいよ」とのジェスチャー。なるほど、酔っ払いは相手にしない方がいいもんね。

 しかし、パンも久しぶりだなあ。吸血姫になってから血と肉、野草だけだったものね。

 手でちぎってみる……おお、柔らかい。孤児院で食べてたパンは硬かったからなあ。スープを染み込ませて一口……うん、美味しい。小麦の味がしっかりしてるし、スープも野菜の味がよく出ている。

 横を見ると、ヨナが一心に焼き鳥を齧っている。なんだか見ているだけでホッコリするなあ。あ、エマさんのスイッチが入りそうだ。あげませんからねっ。

「ヨナ、私の分も食べていいよ」

「えっ!? で、でもっ」

「夜中に肉はお腹に重いんだよね。だから、残すくらいなら食べてほしいな。私はあとで、ヨナからもらうから」

「~~~~~っ!」

 意味がわかったんだろう、真っ赤になるヨナ。うん、可愛い。だから、エマさんにはあげません。


         ◆


 食事が終わっても、アザリーさんとおじさんの酒盛りは終わらなかった。当たり前のように酒瓶も増えている。なので先に失礼することにする。

「アザリーさん、ごちそうさまでした。先に失礼します」

「うん? ……そうか。あたしは朝になったら出発するよ。知り合いの服飾屋に、早くあんたからもらった服を渡さないとならないからね」

「そうですか。じゃあ、ここでお別れですね。本当にありがとうございました。道中の無事を祈ってます」

「ああ。あんたたちも頑張りな」

「最初は雑用が多いだろうけど、真面目にやれば評価されるからね」

「二人とも、身体に気をつけてね~」

 アザリーさん、エマさん、フラウさんに見送られながら酒場を出る。

 さて、手持ちのお金で泊まれる宿を探す……わけがない。【索敵】で人気のない場所を探し、そこに【マイホーム】を設置。

 当たり前だけど、人気がないからといって人がこないわけじゃない。町中に【マイホーム】を設置するのは危険だ。

 なのでヨナと一緒に中に入り、自分は服を脱ぐとすぐに外に出る。いや、そういう趣味はない、断じて!

「さて、【霧化】」

 【マイホーム】を解除し、種族スキル【霧化】を使用する。一瞬で身体が輪郭を失い、不自然な霧が漂うだけになる。そのまま壁を越えて堀の水面近くを移動していく。

 【霧化】は【影渡り】同様、少しずつマナを消費していく。移動力は【影渡り】に劣るが周囲は認識できるし、【索敵】や【オートマッピング】も併用できるのがいい。ただ、大きな問題がひとつ。服を霧化できないのだ。使用の度に脱がなくてはいけないのが辛い。

 だから趣味ではない!

 橋の下まで移動し、堀の壁面に【マイホーム】を設置。ここなら人はこない、見えないだろう。

「ただいま」

「おかえりなさい。今、お風呂沸かしてますから」

 さて、明日から仕事を探さないとなあ。

 ヨナとお喋りしながら、明日の予定を考えた。



「マイ様、服着てください」

「いいじゃん、すぐお風呂なんだから。ヨナも今のうちに脱いでおきなさい」

「え、ちょっ、マイ様!? あ~~れ~~!」

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