第24話 南に向かうよ
鼻をくすぐるするいい匂いに意識がゆっくりと浮上する。そして優しく身体を揺すられて目が覚めた。
「おはようございます、マイ様」
「おはよう、ヨナ」
恐れていたサハギンの夜襲もなく、穏やかな朝だ。どうやらもう、朝食が食べられるらしい。そろそろ起きるか。
マントを羽織り、フードを目深にかぶってテントを出る。ちなみにテントはアザリーさんが貸してくれた。ありがたいけれど、やはり寝心地は【マイホーム】のベッドがいいなあ。それに、テントだとヨナとイチャイチャできないし。
休憩所の中心では、釣った魚と保存食を活用した鍋が煮えている。すでに大半の人は集まっていて、ヨナに連れられた私に気づいた人たちが挨拶をくれた。
「おはよう、マイ。よく眠れたかい?」
「おはようございます。ちょっと寝坊しちゃいました」
「おはよう。いいんですよ、マイさんは昨夜、忙しかったんですから」
「いえ、ハンターの皆さんほどじゃないですよ」
そう、昨夜は大変だったのだ。主にダダンのせいでね!
あの後、私が大量の薬草を持っていったら、そりゃもう大騒ぎなわけで。案の定、アザリーさんに出所を問われた。
「……どこに隠し持ってたんだい?」
「まあ、いいじゃないですか」
「いや、よくは────」
「ありがとうございます! これで治療ができますっ!」
感激したセシリーさんがアザリーさんの発言を遮り、私の両手をとってブンブンと激しく振りながら何度もお礼を言った。それを見て、さすがに追及するのは野暮だと思ったのか、アザリーさんはそれ以上なにも言わなかった。
火傷用の軟膏は普通に作れるが、魔力を注ぎ込むと効果が上昇するというので、魔法を使える人が作業を手伝うことになった。もちろん、私も手伝うことにした。作り方を知っておけば、いつか調薬のスキルを覚えられるかもしれないしね。
ヨナも手伝いたがっていたけれど、明日の朝食の準備を任せるという理由をつけて先に休ませた。……どうしてみんなの視線が、微笑ましいものを見るようだったんですかね?
まあ、そういうわけで。私は日付けが変わってもしばらく軟膏作りを手伝っていたので、いくらか寝不足なのだ。いや、まあ、昨夜は大半の人が寝不足だったかもしれないんだけども。なぜかといえば、ダダンを捕まえるために大捕り物が繰り広げられたからだ。
キッカケは私が解析したダダンの商品。割れたビンの底に残っていたのはポーションではなく、ご禁制の違法薬物だったんですよ!
いやあ、解析結果で『中毒性アリ』『幻覚作用アリ』『精神高揚効果アリ』とか表示された時は変な声が出たわ。
アザリーさんは【鑑定】が使える。残っていた薬物を鑑定してもらったら、それが違法薬物だと確定。ダダンを起こして問い詰めようということになったんだけど、たまたまトイレに起きてきたダダンがその話を聞いて逃走、橋を渡って森の中に逃げ込んだ。
「野郎っ、犯罪の片棒を担がせようとしやがって!」
「絶対に許さねえ!」
護衛していたハンターたち、怒りの追跡。
ハンターたちが戻ってきたのは夜半過ぎ。ロープでグルグル巻きにされたダダンの顔にはいくつもアザがあったけれど、治療されることはなかった。
ダダンが捕まったお陰で、昨夜よりは穏やかな食事が始まった。
「はい、マイ様。熱いですから気をつけてくださいね。お水はこっちです」
「ありがとう、ヨナ。ちゃんと自分も食べなよ?」
鍋の具をよそい、水の入ったコップを用意してくれる。嬉しいけど、このままだと自分が食べるのを忘れそうで怖いよ。無理矢理、隣に座らせて食事をさせる。……だからどうして、みなさんはホッコリしてるんですか。特にオーベット夫婦。
「ああ、すまない。悪気はないんだ。なんというか……微笑ましくてね」
「微笑ましい、ですか?」
「ああ。うちの店にも奴隷はいるし、奴隷を連れている人を何人も見てきたが、君たちは主従というより、姉妹のように見えてね」
「孫がちょうど、あなたたちくらいかしらね。だから微笑ましくてね」
なるほど、孫と年齢が近いから私とヨナを見て癒されてたのか。他の人たちもウンウン頷いている。私とヨナは癒し系小動物かなにかか。まあ、警戒されるよりはいいけども。
「姉妹……」
なんかヨナがショックを受けてる。あ、そういえば、人前では主従関係をハッキリさせるべきだって言ってたもんね。頑張って私に仕えているアピールしてたのに、それを微笑ましく見守られてはショックではあるか。だけど、ごめん。私は姉妹の方がいいんだ。
「よしよし」
「ど、どうして頭を撫でるんですかっ」
「いや、なんとなく?」
「ダメですよお、私は奴隷なのにぃ」
そう言いつつ、黙って撫でられるヨナは可愛い。うん、後で存分にモフらせろ。あと、自分も撫でたいオーラを隠せないでいるエマさん、ちゃんと口にしないと撫でさせてあげませんからね。
食事を済ませ、後片付けも終えると出発だ。オーベットさんと、他の商人は北に向かうというのでここでお別れだ。
「マイ君、きみが薬草を用意してくれなければ、うちの従業員の命はなかったかもしれない。それに、ダダンの違法薬物の件もある。どれほどお礼を言っても足りないよ」
「お役に立てたなら良かったです」
「それはそうと……」
オーベットさんが商人の目になった。
「君の服はとても変わっているね。もしよければ────」
「おおっと、オーベット殿、そこまでです。彼女の服は試作品で、流通用の品は私が懇意にしている服飾店で製造しますので」
「おや、そうなのかい。ちなみに店の名を聞いても?」
「もちろん、販売開始した時には製品を持って
はっはっはっはっ。
いや、怖いんですけどその笑顔。アザリーさんもオーベットさんも目が笑ってないし。
しばらくお互いの腹を探り合うような会話が続いたけれど、出発の時間が迫ってきたのでオーベットさんが矛を収めた。
「もし困ったことがあれば、いつでも店に来てほしい。力になるよ」
そう言うと、手を振って馬車に戻っていった。お、おお。いいのかな。大商人さんとコネができちゃったよ。あ、アザリーさんがすっごく羨ましそうにこっちを見てる。やめて、そんな目で見ないでっ。
「というか、アザリーさんだってオーベットさんと縁が結べたじゃないですか。たった今」
「いや、まあ、そうなんだけどさあ……」
それだけじゃない。ダダンは馬車に余裕があるオーベットさんが連れていってくれることになった。次の町でギルドに突き出し、ダダンの違法行為を訴えるそうだ。当たり前だけど、こういった違法行為の証言は多い方がいい。なのでアザリーさんも、ダダンの違法行為を訴えるための書類を昨夜のうちに作成し、そこにオーベットさんがサインしている。当然、逆も然り。オーベットさんの書類にはアザリーさんのサインがある。服の件もあるし、かなり太いパイプができたんじゃないかな。まあ、頑張って維持してほしい。
さて、私たちも出発だ。南に向かうのはアザリーさんの馬車と乗り合い馬車。火傷を負った乗り合い馬車の乗客と、徹夜で看病していたセシリーさんはアザリーさんの馬車に寝かせることになった。フラウさんが入れ替わりで乗り合い馬車に乗り、エマさんはアザリーさんの指示でダダンの馬車の馬に乗ることになった。あのまま休憩所に放置するわけにもいかないし、野生に帰してもこれから冬だしね。
「いや、ダダンにはもう必要ないし、訓練された馬は高く売れるんだよ」
うわあ、思いっきり打算的な理由だった。
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