第23話 ダメな物、見つけちゃったよ

 陽が落ちてしまったので、今夜はここでキャンプになった。サハギンの夜襲の可能性は残るものの、夜に馬車を走らせるのは危険だし、なにより重傷者を休ませるには建物が残るここの方が都合がいい。壁が抜けた部分には角材を打ちつけ、廃材を積んでバリケードとし、全員で遅めの夕食となった。

「しかし、なんであんな場所に新品の角材が落ちてたんだ?」

 さあ、ナンデデショウネー。

 魔物の襲撃を退け、みんなホッと一息……とはならなかった。ダダンという単独商人がずっとわめき散らしているのだ。

「くそっ、大赤字だ。お前らが無能なせいで大損だぞ。見ろ、残った商品はこれだけだ、どうしてくれるんだっ!」

 そう言いつつ手にした数本の陶器のビンを、これ見よがしに振りかざす。どうやらポーションのようなのだが、サハギンの襲撃の際に馬車ごと荷物も破壊されてしまったらしい。

「……護衛の失敗は認める。規約通り前金を倍返しする」

「そんなもので損失が埋められるものかっ。損失分も払ってもらわないと割に合わん!」

「なんだと!? そんな契約はしてないっ」

「ダダン殿、いくらなんでも横暴ではないかね。まずは町に戻ってギルドに説明するべきだろう」

 駄々っ子商人を諌めようとしたのは、馬車二台を抱える大店の商人さん。名前はたしか……。

「オーベットだよ」

 アザリーさんが耳打ちしてくれた。そうそう、オーベットさんだ。国内にいくつもの支店を持つ、大商人らしい。アザリーさん曰く「商人にとって雲の上の人」らしい。そんな人が自ら馬車を走らせているのだから、この世界の商人さんはアクティブなこと。

 しかし、そんな雲上人の言葉もダダンには届かないようだ。

「部外者は黙っていてもらおうか。これは私と護衛のハンターの問題だ!」

「だからこそ、ギルドに報告するべきだろう」

「そういう問題ではないんだっ!」

「いや、そういう問題だろう」


 HERE COMES NEW CHALLENGER!!


 同じ商人としてダダンの聞き分けのなさに腹が立ったのか、アザリーさんが参戦。

「今まで河サハギンが、こんな下流に出現したことはなかった。だから、ここの壁もこの高さでよかったんだ。あんたの馬車が壊されたのは、運悪くあんたの馬車だけが川上の壁際に停めてあったからだと聞いたよ。不運の責任をハンターに問うのはいきすぎだ。ハンターにも、あんたにも責任はない。なら、ギルドに報告すれば損害の一部は補填してもらえるだろうよ。ちゃんと上納金を払っているんだろう?」

 不運の責任を神様に問うのは、ありだと思うけどねー。

 だけど、なるほど。上納金を払っていれば保険が下りる可能性があるというわけね。最後の問いかけが嫌味っぽいのは、ダダンが上納金を払っていない可能性を指摘しているのだろう。そうでもなければ、ダダンがここまで聞き分けがないことの説明がつかない。

 さすがのダダンも嫌味を理解したんだろう。顔を真っ赤にしてなにかを言い返そうとしたけれど、うまく言葉が出てこなかったのか、それとも藪蛇になると思ったのか、憤懣やるかたないといった様子で立ち上がると自分のテントに入ってしまった。

 その場の全員が、ザマアミロと思ったに違いない。とにかくダダンは態度が悪かったからね。私がヨナの主だと知った時など、

「ガキが奴隷を持つなど生意気だ。儂が上手く使ってやるから安く譲れ。なんなら、お前ごと買ってやってもいいのだぞ?」

 なんて言いやがったのだ。好色な目で私の胸を凝視しながら。誰がお前みたいなスケベ親父の話に乗るか。

 ダダンが去って、とりあえず静かになったものの、場の空気は和まない。そこに、さらに重い空気を背負った女性がやってきた。乗り合い馬車の乗客で、火傷を負った重傷者の手当てをしていた薬師のセシリーさんだ。

「薬が足りません。どなたか薬草を持っていませんか?」

 その場の全員が申し訳なさそうに視線を逸らす。薬草は鮮度が落ちると効果が薄れる物が多い。薬草を持ち歩くくらいなら薬を持っていくのが普通だ。ただ、傷薬は大抵の人が持っていたけれど、火傷に利く軟膏は少なかった。

 ファンタジーな世界だけあってポーションという手もあるのだけれど、ポーションは即効性があるため、先の戦闘でハンターたちは使い切っていた。

 え? 商人なら売り物のポーションを持ってないのかって? もちろん、持っていた商人はいたよ。……ダダンだけどね。

 オーベットさんもアザリーさんも、手持ちのポーションは重傷者の治療に渡したのだけれどダダンは違った。損害が大きかったせいもあるのだろうけど、ひとビンを金貨二枚で売ろうとしやがったのだ。当たり前だがふっかけすぎだ。お陰で重傷者の手当てが中途半端なことになっている。

 ん~、薬草なら【マイホーム】の倉庫にあったなあ。ヨナと山を歩きながら採取しまくってたし、あそこは時間が止まるから、鮮度を保ったままのが結構な量あったはず。

「ちょっとお花を摘んできますね」

 ヨナを連れて、壁際にある天然の水洗トイレに。ヨナに見張りを任せて壁に【マイホーム】を張りつける。【マイホーム】内の物品は自由に動かせるので、手だけ突っ込んで薬草をイメージすれば簡単に取り出せる。種類がいくつかあるけれど、全種類を均等に用意すればいいか。量は……両手で抱えるくらいあればいいだろう。

「マイ様、どこに持っていたんだって言われますよ、それは」

「わかってるよ。でも、出し惜しみして最悪の結果になったら……絶対に後悔するし」

 この世界では見捨てる勇気も必要だ。それはわかってる。だけど、やらないで後悔はしたくない。……って、なんかヨナが笑顔なんだけど。

「マイ様がご主人様でよかったです」

「? ……そう」

 なんだろう、ものすごく、こっ恥ずかしい。と、とにかく、さっさとこの薬草を……。

「なんだ? このにおいは」

「……本当。嫌な臭いです」

 二人して鼻を鳴らす。風向きが変わったのか、さっきまで気がつかなかった異臭を感じた。異臭の出所は……壁際に放置された馬車。ダダンのじゃないか。

 悪いとは思ったけど中を覗かせてもらう。サハギンに踏みつけられたのか、割れた木箱と陶器のビンが散乱している。

「ポーションって、こんな嫌な臭いだっけ?」

「どうでしょう。使ったことないですし……人間だと気づかない臭いですよね」

 自分もポーションなんて手にしたことはない。だけど目の前の残骸から漂う臭いからは、微かな、だけど奇妙な刺激を感じる。割れたビンを拾ってみると、少しだけど中身が残っている。

「なんだこれっ!?」

 なんとなく【解析】を使って、思わず声をあげてしまった。

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