第22話 サハギンをぶっ飛ばそう!

 壁の上から魚のような頭部が顔を出した。だけど敵はあの一体だけじゃない。【索敵】でわかるけど、まだ何匹も壁をよじ登っている途中だ。川上から奇襲をかけて非戦闘員を川下の壁際に集め、断崖をよじ登ってきた別働隊が襲う。魔物ながらよく考えた作戦じゃないですか。どうしてジャンプしてこないのかは謎だけど。

 護衛が戻る余裕はない。私からも距離がありすぎる。【影渡り】を使えば簡単に壁際に行けるけれど、そうなったら言い訳に困る。かといって、乱戦の中をすり抜けるのも難しい。

 いや、抜けようと思えば抜けられるよ? 魔物と護衛をぶっ飛ばしながらだけど。言い訳できないレベルだわ。

「きゃあああああっ!」

「うわあああっ!」

 悲鳴が重なる。

 なにか。なにか、ないか? 人々を助けて、尚且つ自分の異常さがわからないなにか……。そうだっ!

 壁は支柱を地面に打ち込み、支柱と支柱の間に板を打ちつけてある。だったら支柱を無くせばいい。てりゃあ、【クリエイトイメージ】! 材料は木材、支柱限定!

 次の瞬間、私の足元に無数の角材が現れた。そして同時に、魔物がよじ登っている壁だけが傾く。支柱を失った壁は、魔物の重さで簡単に外側へと倒れ込む。

「ゲロオオオッ!?」

 蛙のような叫び声とともに魔物たちが壁ごと落下していく。一瞬遅れて下方から水音と、バキベキッと壁が壊れる音が響く。うまくいった!

 予想外の展開に護衛も魔物も一瞬、動きが止まった。誰も私を見ていない? ……いないね、よし!

 進路上の敵の膝裏に角材を投げつけて膝カックン! 転倒させて、その隙に壁際へと、ちょっと全力で走った。きっと一陣の風が吹いたと思われただろう。

「はい、ちょっと失礼」

「え、あ? どこから子供が……」

 壁際にいた人を押しのけて、壁が無くなった部分から下を見ると、やつらがジャンプしてこない理由がわかった。障害物が多すぎるのだ。無数の岩が水面下に存在し、十分に加速できないんだろう。

 壁の残骸と一緒に漂う同胞を見た魔物は怒りの声をあげているように見える。やつらはしばらくこちらを睨みつけたあと、水に潜って距離を取りだした。マズイ、壁がなくなったからジャンプで届くようになったかもしれない。

 どうする? 対抗できるのは多分、私だけだ。……ああ、これはあれだ。異世界転生もので主人公がチート能力でやらかすパターンだ。やりすぎて怪しまれるという典型的な、あれ。

 だけど……うん、わかってる。このまま人々を見殺しになんてできないよねっ。自分、元日本人だし。しょうがない、やってやるよっ!

「氷!」

 氷魔法なんて使えない。だけどこう言っておけば勘違いしてくれるだろう。

 眼下の水を材料に【クリエイトイメージ】で上空に氷を作る。川の水がゴッソリと消滅し、消滅した場所に周囲の水が一気に流れ込む。魔物も流れに呑まれて一ヵ所に集まってくる。うん、いい感じ。上空に出現させた氷の塊を、魔物の上に叩き落とす。


 ドッパア━━━━━━━ンッッ!!


 巨大な水柱が立つ。飛沫と一緒にバラバラになった魔物の腕やら脚やらが降ってきて、何人かが気絶したようだけど私は悪くない。ないったらない。

 衝撃に荒れ狂う水面は真っ赤に染まったけれど、やがて下流へと氷の破片と一緒に、薄まりながら流れていった。

「ゲブッ、グゲゲッ」

「ゲロロッ! ゲゴオッ!」

 魔物の動揺した声が聞こえる。降り注ぐ仲間の肉体の欠片は戦意を喪失させるには十分すぎたようだ。一体が背を向けると、もう止まらない。魔物は雪崩を打って逃げ始めた。

 もちろん護衛たちは、みすみす逃がすようなことはしない。追いかけ、背を突き刺し、壁から引きずり下ろしてトドメを刺す。地上では自慢のジャンプもできない魔物は一方的に蹂躙されていく。残酷なようだけど、一体でも逃がしたら仲間を呼んでくるかもしれないからね。

 やがて、魔物は殲滅された。



 魔物を退けても、それで終わりじゃない。建物の消火、怪我人の手当て、魔物の死体処理。やることはいっぱいある。

「マイ、あんた魔法が使えたんだね」

「黙っててすみません」

「いや、いいさ。正直助かったし」

 アザリーさんと一緒に私は魔物────サハギンというらしい────の鱗を剥いでいる。関節部分や腹部以外の鱗は硬く、鎧の素材にも使えるらしい。あと、魔物はまれに魔結晶という魔力の塊を体内に宿していることがあるらしい。かなり高く売れるということで、もれなく全部の死体の腹を裂くことになった。……正直、気持ち悪い。ヨナなんかは貧血を起こして倒れてしまった。

「しかしこいつら、本来はもっと上流にいるはずなのに、なんでこんなに川を下ってきたんだ?」

「……この小島が欲しかったんでしょうかね」

 サハギンには淡水に棲む河サハギンと、海に棲む海サハギンがいるらしい。そして河サハギンは水の綺麗な渓流を好むのだそうな。そして、この川の上流は隣国との国境にもなっている険しい山脈で、魔物が多く棲んでいると言われている。

「サハギンが島を手に入れても意味がないと思うが……。あの山脈で異変でも起きてるのかねえ……」

 多分、起きてると思います。だって、やつら、逃げる時にこう話してたもの。

『だめだ、逃げるぞ』

『しかし、手柄もなく帰ることなど……』

 って。

 EXスキル【自動翻訳】の恩恵だと気づくまで少し時間がかかった。手柄云々と言っていたということは、今回の襲撃も意味があるのだと思うんだけど、誰にも言えない。つ、辛い。

 とりあえず、しばらくは警戒が必要かも、と言うのがせいぜいだった。

 鱗剥ぎが終わるころには陽が落ちそうになっていた。アザリーさんは腰を伸ばしながら、抜け落ちた壁をしげしげと見つめて言った。

「まったく、手抜き工事もいいところだな。町に着いたら役所に苦情を入れてやらないと」

 えーと、役所のみなさん、ごめんなさい。

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