第20話 親切な商人さんに拾ってもらいましたよ

 ヨナ曰く、住んでいた村の近くに愛と生命の女神アマスが降臨したという聖なる山があるという。その山は魔物を防ぐ結界に守られていて、ヨナの村もその恩恵にあずかっていた。私も山賊を探していた時、魔物に遭遇しなかったけれど、そういうことだったのか。

 なんでわざわざこんなことを話しているかというと。

「ヨナ、後ろのやつお願い」

「はいっ!」

 多分、その結界を抜けたんだろう。ある時からやたらと魔物に遭遇するようになった。さすがに群れだとヨナが危険なので、彼女を【マイホーム】に避難させてから私が戦った。だけど数が少ない時は、今みたいにヨナにも戦闘の空気を体験させるために一緒に迎撃している。そのお陰か、ヨナの火魔法はレベルが上がり、小さな火を飛ばすくらいはできるようになった。

 うーん、羨ましい。私、闇魔法以外はレベル0だからなあ。その闇魔法も、漫画みたいに闇の弾丸が敵を貫いたりはしない。なんかモヤッとした闇の塊が出るくらいで、特にダメージを与える様子もない。ただ、稀に視力を奪ってるような気がする。くらった敵の挙動があきらかにおかしくなるから。

 魔法やスキルに関する情報が無いのは辛いな。ヨナを奴隷から解放するお金も必要だし、やはりハンターになってお金を稼ぐのがいいかなあ。

 襲ってきたのは定番モンスターのゴブリン。数は三。群れからはぐれたのかな。後ろから襲ってきた一体はヨナに任せる。

 栄養状態が改善され、肉付きが良くなったヨナは獣人としてのポテンシャルを発揮できるようになってきた。獣人はもとより人間より身体能力に優れる種族なのだ。

「狐火!」

 踏み込みながら放たれた炎を、ゴブリンはなんとかよける。だけどその一瞬で、ヨナはもう間合いに入っている。綺麗な回し蹴りがゴブリンの首筋にめり込むと、頭部があらぬ方向に曲がる。十歳でこの威力だ。今は身体能力だけで戦っているけれど、本格的に戦い方を学んだら強くなるだろうなあ。

「マイ様、こっちは終わりました」

「お疲れ様。じゃ、こっちも終わらせるか」

 【操髪】で動きを封じられたゴブリンが地面で芋虫みたいにもがいている。首を踏みつければ、あっけなく頸椎が折れて死んだ。血を吸えば早いんだろうけど、なんかゴブリンの血は吸いたくないんだよなあ。汚れてそう。

「ゴブリンって、なにか価値ある部位があった?」

「さあ、聞いたことないですね」

 異世界ものだと大抵、素材が採れるんだけど、この世界は違うのかな。定番の魔石らしい物もないし、放置しておくか。

 その時、山肌を駆け下りてきた風が肌を刺した。記憶を取り戻したころより風が冷たくなってきている。

「冬が近いですね」

「そうだね。そろそろ山を下りるべきかな」

 冬に備えて獣を狩り、秋の味覚を可能な限り集めてきた。だけど魔物も冬に備えているのか、やたら好戦的で遭遇率も高い。雪が降れば戦闘にも支障がでるし、かといって【マイホーム】内でひと冬越せるかと言われれば難しいかもしれない。そろそろ町に出よう。

 【オートマッピング】を頼りに街道に向かって山を下っていると、端の方に川が映った。

「この辺りに大きな川とか、あった?」

「あ、ひょっとすると領地境の川かもしれません」

 ふむ、その川を越えればヨナを奴隷商人に売った領主の土地からは出られるのか。ならば一気に渡ってしまおう。

 しばらく歩いてようやく街道に出ると、二人して川の方へと歩みを進める。すると後ろから馬のいななきと車輪の音が聞こえてきた。一台の大きな馬車が私たちを追い越しかけて止まった。御者台にいた体格のいい女性が驚いたようにこちらを見た。

「おやおや、子供が二人でこんなところに。どうしたんだい?」

「王都にいる親戚を頼りに行くんです」

「はあっ? 王都までどれだけあると思ってるんだい。もうすぐ冬だってのに、歩きなんて無茶だよっ」

「残った財産がこの子だけだったので」

 そう言いながらヨナを抱き寄せる。もちろん、言っていることは全部嘘。子供だけで旅などしようものなら不審がられると思い、ヨナと一緒に設定を考えたのだ。両親を亡くした私が、唯一残った財産であるヨナを連れて親戚を頼るために旅をしている、と。まあ実際、お金持ってないしね、二人とも……。

 しばし天を仰いでいた女性は、盛大なため息をつくと手招きした。

「ああ、もう。乗りな」

「え、でも」

「いいから乗りな、次の町まで乗せていってやるから。置いていったら寝覚めが悪くなりそうだ」

 どうやらいい人らしかった。断る理由もないので乗せてもらいましょう。

 彼女はアザリーと名乗り、商人だと言った。商人と言っても店を構えて手広くやるタイプではなく、足を使って値打ち物をかき集め、高く売れるところで商売をするタイプだ。馬車には木箱が山と積まれ、端っこの空いたスペースに護衛だという女性ハンター二人が窮屈そうに乗っている。

「まったく、街道とはいえ安全とは限らないってのに」

「なんだかんだ言って、アザリーって世話焼きよね」

「前もそれで痛い目を見てませんでしたぁ?」

「エマ、フラウ、うっさい」

 エマと呼ばれた女性は、髪を短くカットしたクールな女性。フラウさんは、話し方もあってノンビリした印象だ。ヨナと一緒に挨拶をすると、ヨナを認めたエマさんの目が光った気がした。むむむっ、ヨナは私の物ですからね。

 一方、フラウさんは私を見て目を丸くした。

「あなた……すごい魔力持ちね」

「そ、そうですか? 魔法の練習とかしてないので、わかりませんけど」

「え~、もったいない。私が教えてあげるよ?」

「ほらほら、フラウは弟子をとれるような力量はないでしょ」

 エマさんが突っ込み、フラウさんが笑う。それ以上追及されることはなくなったけど、内心で汗ダラダラだった。あっさりと見抜かれてるじゃん! 魔力を抑えるのはずっと意識してきたので、【魔力隠蔽】はLv3になってる。だけど、まだ魔法職の人にはわかってしまうらしい。もっと抑えないと。

「あたしら単独商人は助け合いが不可欠。誰かを見捨てたら、いつかは自分が見捨てられるんだからね」

 言いつつアザリーさんは馬車をスタートさせる。

「御者台で我慢してくれよな」

「乗せてもらって文句は言いませんよ」

 お礼を言いつつ目が合うと、アザリーさんがギョッとした。

「あんた、その目……」

「あー、生まれつきなんですよ。なので、外を歩く時はフードが欠かせません」

 そう言ってフードをはずす。長い銀髪が風に流れる。

 ファンタジーな世界だけあって目や髪の色はバラエティーに富んでいる。だけど赤い目をしているのはアンデッドかアルビノだけだ。

 孤児の自分が知っているくらいだから、アルビノの存在は広く知られている。地球と違って、アルビノの原因が遺伝子疾患による色素の欠乏、なんてことは知られていないけれど、髪も肌も白くなり、目が赤くなって強い光に弱いと認識されている。

 肌は吸血姫になった時点で随分と白くなった(血色が悪いとも言うか)けど、自慢の黒髪だけはどうしようもない……はずだった。いやあ、まさか【操髪】で髪の色が変えられるとは思わなかったよ。一度変えたら次に変更するまでマナの消費がないのもいい。黒髪に未練はあったけど安全には代えられない。白髪はなんか嫌だったので銀髪にしたけれど、不自然ではないはずだ。そして昼間から歩き回っているのだから、アンデッドと思われることはないだろう。

「そうなのかい、大変だな。……しかし、変わった格好だな。素材は……綿か。どこで売ってた?」

「あー、家の針子に作ってもらったんですよ。もう亡くなりましたけど」

「かーっ、残念だな。王都ならその服、流行りそうなのにな」

 さすがは商人と言ったところか、服の素材を見抜かれた。【鑑定】スキルを持っているんだろう。ちなみに、この世界の鑑定は物品の真贋と価値を調べるもので、他人のステータスを見たりはできない。

 服は【クリエイトイメージ】で作ったものだけど、変わったデザインだから興味を持たれたみたいだ。なにせ私の服は某恋愛ゲームに出てきた、デザイン先行の学生服なのだ。白いシャツに、フロッキーオーバースカートコルセットとでも言うべき胸まであるスカート。白い上着の丈は腋の下までしかない。一応、革で作ったフードつきコートをさらに羽織っているのだけど、服全体を隠せるはずもない。

 変わっているといえばヨナの服だ。なんたって巫女服だから! 足はさすがにブーツだけど、この世界にないデザインのはずだ。商人なら興味をもって当然かな。

 え、どうして巫女服なのかって? そんなの趣味! 狐っ娘は巫女服が似合うと思いませんか? 私は思います。

 隣に腰掛けているヨナを愛でていると、アザリーさんから思わぬ言葉が飛び出した。

「その服、予備はないのかい? あったら買わせてくれないか」

「私とヨナの服、どちらを?」

「できれば両方」

 ふむ、売れるのか、このデザイン。下着も服もいくつか作ってはある。大量の木々の犠牲を無駄にしないためにもね。二着くらいなら売っても構わないだろうか。臨時収入は正直助かるし。

「ちなみに、いくらくらいで?」

「そうだなあ……。二着で銀貨二枚でどうだろう」

 ほほう。一般的な服ならばセットで大銅貨三~五枚で揃えられる。そう考えれば、なかなかいい値をつけてもらえたと言ってもいい。とはいえ、アザリーさんは商人。銀貨二枚を投資と考えれば……。

「アザリーさんがこの服を知り合いの服飾店に持ち込んで量産したとして、私たちはデザイン料とかもらえるんですか?」

「おいおい、デザイン料を払うとすれば針子さんだろう?」

「彼女はもう亡くなっています。なので、私がこの服を渡さなければ構造を調べることもできませんよ」

「……しまった、値段交渉してから乗せればよかった」

 アザリーさんがボヤき、護衛の二人が大笑いする。

 その後、値下げ交渉ならぬデザイン料交渉が始まったのだけど、現物を手にいれなければならないアザリーさんの方が不利だった。結局、アザリーさんはデザイン料の支払いを承諾、町に着いたら商業ギルドで手続きをすることになった。

 そうこうするうちに、領地境の川が見えてきた。

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