第14話 なんだか奴隷の主になってしまったよ

 狐っ娘が泣き止むころ、ようやく様子を窺っていた村人たちがやってきた。とはいえ、ビクビクと警戒しながら。まあ、当然か、あの妖狐を倒しちゃったんだもんね、私。

 ……よく勝てたな! 思い出したら震えが……ないな。そういえば恐怖を感じてなかった気もする。もしかして吸血姫になったから? えぇ~。

 とりあえず狐っ娘────名をヨナといった────をなだめながら話を聞くと、彼らはこの葡萄畑を管理している村人と村長だった。

 彼らが語るには十日ほど前、よくてオークくらいしか出没しなかったこの葡萄畑に、突如あの妖狐が現れた。

 ……十日前? 私が吸血姫になったのがその辺りじゃなかったかな。……関係ない……よね?

 さて、妖狐は葡萄の樹をなぎ倒し、たまたま作業していた村人数人を食い殺した。今まで村の周辺にあんな強力な魔物が出現したことはなく、また、対処できるだけのハンターを雇うような金もなかった。

 妖狐が村まで来ることはなかったものの葡萄畑に居座ってしまった。これでは作業が進まない。そこで村人は、たまたま・・・・村に帰ってきていた凄腕 (笑)のハンターたちに妖狐の退治を依頼した。村の危機だから頑張れ、と。まあ、他のハンターはともかく、山賊二人が凄腕なわけもない。多分、ホラを吹いていたんだろう。結果は先の通りだ。

 村が誇る凄腕 (笑)ハンターが為すすべなく敗北。困り果てた村人が次にとった手は、妖狐に生贄を捧げることだった。

 妖狐襲来はすぐに領主に報告されていたのだけれど、なんとその領主が生贄に奴隷を安く譲ってくれた。それがヨナだった。私はヨナが生贄に捧げられたところに乱入し、彼女を助けたわけだ。

「村を救っていただいてなんですが、報酬を払えるほどの蓄えはありませんのじゃ」

「まあ、それは別にいいよ。お礼目的じゃないし」

「その代わりと言ってはなんですが、ヨナをお譲りしましょう」

 ……は?

「いやいや、そんなに簡単に所有権を移譲できないでしょ」

 そりゃあ、二次元の世界にしかいなかった狐っ娘が目の前にいるんだもの。満足するまでモフモフしたいけどさ、お土産じゃないんだから。

「大丈夫です、村には領主様から紹介された奴隷商人がまだおりますので、手続きはすぐにでも可能です」

「そんなことで胸を張らないでください。もともとはあなたたちがヨナを買ったんでしょ。じゃあ、ヨナを最後まで面倒見る責任があるでしょ」

「いえ、その娘は妖狐への生贄のために用意したのです。ならば、その妖狐を倒したあなたに権利を譲るのが筋です」

 なにが筋だ、なにが。

 それからしばらく、ヨナの所有権を巡って話は続いたけれど、村人に折れる気配はまるでなかった。というか、村長や村人はヨナを手放したがっているようにも見える。いくら出したかは知らないけれど、安くはない奴隷を手放すとか……やましいことでもあるのか?

 交渉中、ヨナは私の腕にしがみついたまま震えている。内心までは窺えないけれど、簡単に自分を譲る話を聞いていて気分がいいはずもないだろう。

 さて、どう論破してやろうかな。そう考えていたら、村長がヨナに話を投げた。

「ヨナ、命令だ。お前はどうしたいか、正直に言いなさい」

 するとヨナは私の手をとった。いくら私が命の恩人だからといっても、その動きにはまったくためらいがなかった。どうやらヨナも、村人から離れたいらしい。彼女はなにも言わないけれど、泣きそうな、不安を隠さない表情を見ていると……断れるわけないじゃん! 私にはケモ耳っ娘を泣かせるなんてできないっ!

「……わかったよ。ヨナは私がもらう。早く手続きして」

「それはよかった。では早速、村に戻って手続きをしましょう」

「あと、服もちょうだい。素っ裸で村に行かせる気か」

 交渉中、村人は一度もこちらを見なかった。



 村に到着するころには夜もだいぶ更けていた。だというのに結構な村人が起きていて、帰ってきた村長たちを出迎えた。生贄がうまくいったか不安だったらしい。村長が、もう妖狐の危険はないと宣言すると歓声があがった。

 まあ、あのデカブツの死体処理をどうするかは、明日からでも悩んでくれたまえ。血はいただいておいたから。げふー。

 私とヨナは村の外れにいる。生贄のヨナが生きていると知られるといろいろと面倒だし、ヨナも村人を避けている様子がある。なにか理由がありそうだけれど、わざわざ聞き出す必要もないか。

 村の喧騒はやがて静かになり、しばらくして村長がこっそりと奴隷商人を連れてきた。全身に火傷痕がある私を見ても顔色ひとつ変えないあたり、なかなかのやり手かもしれない。

 所有権の移譲を行う前に、奴隷商人のギルド証を確認させてもらう。この世界は国が奴隷の販売を許可し、奴隷商ギルドが奴隷の売買を管理している。当然、ギルドに所属していない裏の奴隷商もあるわけで、この商人が非合法だった場合、後々面倒なことになるからね。

 幸い、ギルドに所属している奴隷商人だった。まあ、領主が紹介するくらいだし大丈夫だとは思ったけど、元日本人としては奴隷に接する機会もなかったしね、不安じゃん。

 ヨナの所有権移譲は、割と簡単に終わった。村長が所有権を移譲する書類にサインし、ヨナの首輪に手をあてる。すると首輪と書類が微かに光った。これで所有権が無くなったらしい。次に私がヨナの所有権を得る契約書にサインし、ヨナの首輪に手をあてて登録完了。これで正式に、ヨナは私の奴隷になった。

「契約書は無くさないよう管理をお願いします。他になにか聞きたいことはございますか?」

「……ヨナは何奴隷?」

「借金奴隷ですな」

 予想通りの答えが返ってきた。

 奴隷にも種類がある。借金のために身を売った「借金奴隷」。戦争で捕虜になり、奴隷にされた「戦争奴隷」。犯罪者が罰として奴隷に堕とされる「犯罪奴隷」など。ヨナは借金奴隷だというのは予想していた。なので、最後にこっそりと訊いた。

「ヨナを解放するにはいくら必要?」

 借金奴隷と戦争奴隷は、金さえ積めば奴隷の身分から解放される。これは以前、町で聞いた話だ。奴隷として売られる子供は、どこの孤児院でも珍しくはないので。

 奴隷商人は少し計算して、

「彼女の年齢、性別、購入した時の値段。そして将来性。それらを加味して計算しますと……金貨五枚ですな」

 金貨五枚か、ふっかけてきたな。ハンターを雇うこともできなかった村が、生贄のために金貨を用意できたとは思えないけど、相手がそう言うならそれで納得するしかないのだ。しかし、ヨナを奴隷から解放しようとなると、お金を稼ぐことを考えないといけないなあ。

「そうか、解放か……」

 山賊への復讐でここまで来たけれど、復讐すべき相手の大半は死んで、生き残った二人も厳罰が確定した。正直、これからどうしたものかと思っていたけれど、ヨナという新しい家族のために頑張るというのも悪くないと思った。少なくとも、鎮火した復讐の炎を再燃させるよりはマシなはずだよね。

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