第13話 ケモ耳娘は無条件で助けるべきだと思わないかね?

 しかし大きい妖狐だ。狐っ娘との対比からして、体長十メートルはあるかも。

 狐っ娘は恐怖でガタガタと震えている。耳は垂れ、尻尾も丸くなっている。そんな女の子に妖狐は頭を近づけ、臭いを嗅ぐと、やがて鋭い牙の生えそろった大きな口を開け────。

「させるかぁっ!」

 ケモ耳っ娘は無条件で保護されるべきだと思いませんか? 私は思います。なので考えるまでもなく飛び出した。

 え? 戦闘経験はあるのかって? ないっ。

 勝算はあるのか? わからんっ。

 無謀だって? わかってるよ、コンチクショウ! ただ、見殺しにはできないだけなんだよ。

 もう飛び出してしまったのだから後には退けない。人間をはるかに超える敏捷に、EXスキル【加速・減速】も併用して駆ける。

 このスキル、Lv1では目に見えるほどの効果はないんだけれど、無いよりはマシなはず。幸い、こちらは風下。臭いで気づかれることもなく、妖狐が私に気づいた時にはもう、やつの頭部が目前に迫っていた。

「てりゃああああっ!」

「ギャイン!?」

 なにも考えずにキーック! 突撃したスピードそのままに鼻先にドロップキックを見舞う。体重差がありすぎてこちらが跳ね返されたけど、弱点の鼻先を蹴られたのは効いたらしい。妖狐は数歩、後退した。

 よし、今のうちに狐っ娘を逃がし……ああ、ダメだ。彼女の首にはゴツイ首輪がつけられている。奴隷の首輪だ。主が戻れと命じなければ動くこともできないはずだ。

「ガァウッ!」

「あぶなっ!」

 体勢を立て直した妖狐の前脚が、自分がいた場所の地面を抉る。飛び散る土がその破壊力を物語る。まともに喰らったら再生するまで動けないかもしれない。

 逃がせないとなると、どうするか。転生前は合気道とかはかじっていたけど、合気道でどうにかできる相手じゃない。本格的な戦闘の初戦がこれとか、いきなりハードモードすぎる。勝てるとすれば、身体能力だけか。

 攻撃をかわし、カウンターで手刀を叩き込んでみる。が、体毛が切れ飛んだくらいだ。猪ぐらいだったら倒せてるのに。

 やはり大きいだけあって毛皮の厚さと体毛の強さがそこいらの獣とは比べ物にならない。となると、柔らかい腹を狙うしかないか。

 次々と繰り出される攻撃をかわす度、妖狐のイライラが増していくのがなんとなくわかる。いいぞ、そのまま大ぶりの攻撃を繰り出して────って、魔力の膨張を感じる! 妖狐の周辺に五つの火球が出現した。

「ガアァウゥッ!」

「ひゃあっ!」

 連続発射された火球をかろうじてかわす。着弾地点で爆発し、死体がいくつか火葬される。この辺りだけ葡萄の樹が倒されていてよかったー。でないと農園が火事になるところだった。

 魔法を使った後、妖狐の動きが一瞬、止まった。今だ、【操髪】発動! 逃げながら伸ばしておいた無数の髪が一斉に妖狐に絡みつき、動きを封じる。マナをつぎ込んで硬度を上げた髪は、いくらこのデカブツでも簡単にちぎることはできないはずだ。

「もらったっ!」

 妖狐の下に滑り込み、弱点の腹を狙う。って、なんか魔力が膨れ上がってる!?

 妖狐が燃え上がった。嫌な臭いとともに髪が焼け落ちていく。って、そんな技を持ってたのか! ……あ。

 気をつけよう、滑り込みは急に止まれない。急いで離脱しようとした時、脇腹に妖狐の後ろ足がめり込んだ。

「いやあああぁぁっ!」

 狐っ娘の悲鳴が聞こえた。

 炎をまとった足の一撃はたやすく私の皮膚を焼き、引き裂き、肉を抉り取った。大量の血をまき散らしながら地面に叩きつけられ、何度もバウンドしてようやく止まった。くうっ、痛てぇ。

 すぐに脇腹は再生が始まるけれど、炎に焼かれたせいか再生が遅い。マナもごっそりもってかれたし、これは少々マズイかもしんない。

 這いつくばったまま妖狐に目を向けると、炎は消えていた。全身から煙が出ているので自爆技だったのかもしれない。奴は目を細め、動けない私に向かって悠然と歩き出した。

 これは……やるしかないな。どれくらいマナをつぎ込めばいいのかわからないけれど、なにもしなければこのまま死ぬだけだ。なら、限界ギリギリまでマナを注ぎ込んでやる。

 勝ちを確信してるんだろう、妖狐はことさらゆっくりと歩を進めてきた。ありがとう、お陰で準備はできたよ。妖狐が私の血だまりを跨いだ瞬間、それを発動させる。

「血針!」

 血が沸騰し、やがて巨大な血の針と化す。種族スキル【血液操作】だ。それが妖狐の腹に突き刺さる。貫通しなくてもいい、血管にさえ届いてくれればっ。

 願う私の前で妖狐は多少よろめいたものの、すぐに歩みを再開して……突然、ビクリと身体を震わせた。ボコボコとやつの下腹部が不気味に蠢き……。

「ギャオオオオンッ!?」

 大量の血を吐いて倒れ、そのまま動かなくなった。よかったー、効いた。

 『血針』には非常にいやらしい特徴がある。それは対象の血液に血針が触れると、対象の血液を血針に変えるのだ。その量は注ぎ込んだマナに比例する。体内で増殖した血針は、やがて対象を内側から引き裂く。実験で猪に使ったら爆散した。あれは怖かったなあ。今回は妖狐が大きかったので爆散まではいかなかったけれど、内臓をズタズタにしたはずだ。

 脇腹の再生が終わって、ようやく立ち上がる。というか、炎の蹴りのせいで服が燃えてしまった。また作り直しかあ。でも、服は作り直せるけれど、命はそうはいかないし、狐っ娘を守れただけでもよしとしよう。

 私は呆然と座り込んでいる狐っ娘に歩み寄る。少し返り血を浴びているけれど外傷はなさそうだ。あ~、失禁したのか、少し臭うけど、指摘しないのが優しさ!

「大丈夫だった?」

「っ!?」

 声をかけると、見開かれた目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、やがて彼女は私に縋りつくようにして大声で泣き出した。

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